05-03: 記者会見~戦争継続のメソッド

 つまらなくて沈鬱な正月が過ぎ、待ちに待った四日が来た。昼前にレオナが部屋に姿を見せた時は思わず抱きついてしまった。


「へぇへぇ、おアツいこって」


 アルマがジト目で私たちを見ていた。その隣ではレニーがニコニコと笑っている。


「あたしだってマリーを狙ってたのに、まったくこうも歯牙にもかけられないってのはなぁ」


 ぶすっとして言うアルマに、レオナが片目を瞑ってみせた。


人間じんかん万事ばんじ塞翁さいおうが馬って言葉があるでしょ」

「なんだよそれ」

「目の前の恋に敗れても、それがアルマにとって本当に不幸なのかどうかはわからないよってこと。もっと良い恋に巡り合うかもしれないし、あるいはマリーが実はひどい悪女なのかもしれないよ」

「そ、そんなことないよ!」


 私は間髪入れずに否定した。


「わかってるよ」


 アルマが苦笑する。そしてその三色の髪を掻き回す。イライラしている証拠だ。


「マリーはそんなに器用に振る舞えるほど人間的キャパは大きくないからね」

「悪口言われた気がする」


 なんとなくそういうのはわかる。私はアルマとは別のソファに座る。レオナは私の隣に座った。レニーは立ち上がってキッチンに向かった。


「レオナはコーヒーでいいわよね」

「あ、はい。ありがとうございます」

「他人行儀にしなくていいわよ。あ、そうだ。ところでレオナのルームメイトは寂しがっているんじゃない?」

「あ、そのへんは大丈夫です」

「そうなの?」


 曰く、そのルームメイトの子は独りでいることが好きらしく、レオナとしては逆に居場所がないそうだ。授業で見かけたことはあるが、ごく普通の、というより、私よりもいくらか社交的なようにも見えた。


「今も里帰り中でいないんですよ」

「だったらこの部屋に泊まったら?」


 レニーが微笑混じりに言った。レオナは私を振り返る。が、すかさずアルマが突っ込んだ。


「レオナはソファで寝るんだよ」

「そ、そうだよね、うん、ソファだ」


 私は慌ててそう言った。レオナは「わかってるって」と笑った。


「はい、コーヒー」

「ありがとうございます」


 レオナは一つ年上のレニーに対してもキッチリしている。こういうところは本当に育ちの良い人だなと感じる。


 音量を限りなく絞られた立体映像投影装置テレビの中に、よく知っている姿が大映しになっている。ヴェーラだ。四年前のライヴの映像だった。隣にはレベッカもいる。


 私は思わず音量を上げた。


 何度聴いたかわからない音源だ。ナイト・フライト・イクシオンからの、クロックワーク・エンゲージメントだ。


「鉄板だねぇ」


 レオナがしみじみと頷いている。多分私たちは皆、ヴェーラとレベッカの歌は全て歌えるだろう。そのくらい聴き込んでいるからだ。


「なんか、切なくなっちゃうな」


 アルマが隣に座っているレニーの肩に頬を乗せていた。レニーはそんな頭をぽんぽんと叩いている。恋人……というわけではないようだ。


「レオナ、また膝枕かよ」

「へへん」


 言われて気付いた時にはすでに遅し、レオナの頭が私のふとももに乗っていた。そしていつものようにそこで大きく息を吸う。めちゃくちゃ恥ずかしい。


「それやめてよ」

「やーだー」


 レオナはそう言うと私のシャツに手を突っ込んでくる。


「こ、こらっ」

「あらあら」


 レニーが微笑んでいる。誰かレオナを止めて欲しい。


「さすがに私だって自制心ってものがあるよ」


 レオナは手を引っ込めて私の腰にぐるりと腕を回した。どこまでも密着するつもりらしい。そこで顔を上げてボソリと言った。


「報道はもうヴェーラのゴシップまみれだし、ほんとうんざりする」

「死者に人権はないって言わんばかりだからな」


 アルマはそう言ってレニーに膝枕をねだる。


「いいわよ、どうぞ」

「やった。あたし、女の子の足って大好きなんだ」


 アルマが自分の性癖を暴露する。


「うーん、すべすべ。いい匂い」

「ジーンズ越しじゃわからないでしょ」

「考えるな感じろの精神だよ、レニー」

「達人ね」


 何の達人なのかはともかく、今の言葉は適当に言ったなっていうのは私にもわかる。


「今度ミニ履こうか?」

「何ノリノリになってるの、レニー」


 思わず突っ込んでしまう私。レニーは「あははっ」と笑い、膝の上のアルマの髪を撫でた。


 立体映像投影装置テレビの中の映像がレベッカのアップに変わった。記者会見だ。


 レオナもアルマもほとんど同時に身体を起こし、座り直した。


 私たち四人の視線は立体映像投影装置テレビの映像、レベッカに集中している。その隣にはカワセ大佐も映っていた。


 軍服姿のレベッカは記者会見場に入ってきたものの、用意されていた椅子には座らなかった。無数のマイクが向けられ、メディアの人間たちが口々に何事かを怒涛どとうのように喋る。広報部担当者がそれを制止し、レベッカは一歩下がる。その表情は冷たく、感情を伺えない。


『皆さんご存知のように、ヴェーラ・グリエールは永遠に失われました』


 レベッカの声は、背筋が凍りつきそうなほど、深く冷たかった。


『軍のありようは、私たち歌姫セイレーンの立ち位置は、これを機に大きく変わるでしょう』

『それは、あのクリスマス・イヴの大損害とも関係が?』

『長期的視野にいては通らざるを得ない道だったと思っています』


 レベッカの眼鏡のレンズがギラリと輝く。


『戦闘経験わずか四度目の子どもたちを見捨てるようなこともまた戦略だったということでしょうか』

『イエス、と言えば、満足ですか』


 その言葉の力に、記者たちは明らかに圧倒された。誰も次の質問につなげられない。


『私から言えることはこれ以上はありません。ヴェーラは死んだ。数多くの若い歌姫セイレーンが死んだ。しかし、それでも戦いは続く。戦争継続の方法論メソッドは働き続ける』


 戦争継続の方法論メソッド……。


『戦争継続、というのは?』

『そういう力学があるのかもしれないという話です。私たちは一世紀以上も戦い続けているわけですから』


 レベッカは落ち着き払って言った。

 

『この異常事態を終わらせるために、我々歌姫セイレーンが現れたのだと、私は考えています』

『アーシュオンとの戦争が終わると?』

『もちろん、今日明日の話ではありません。あと四半世紀かかるかもしれません。ですが、私か、次世代か。我々歌姫セイレーンによって、必ずこの無益な戦争状態は終わらせられることでしょう』


 力強い言葉だった。だけど、その裏には「犠牲はいとわない」という強烈な決意がある。


『アーメリング提督、そろそろ』


 カワセ大佐がスッと割り込んだ。記者たちが色めき立つ。レベッカはマントをひるがえして部屋を出ていこうとする。カワセ大佐もそれに追随ついずいする。


『カワセ大佐、大佐はクリスマス・イヴの戦いをどのように評価されていますか』


 勇気ある記者がその背中に声を掛けた。カワセ大佐は立ち止まり、ゆっくりと振り返った。深淵の瞳がカメラをまっすぐに見ていた。その目は記者のことなどどうでもよく、ヤーグベルテの国民たちを見据えているかのようだ。


『参謀部第六課としての見解の話ですか? それとも、私個人の意見ですか?』

『で、では、第六課としては』

『全く問題なかったと考えています。犠牲の出ない戦など、それこそ異常なのです。先の戦の被害は幾分大きかったものの、戦略的には許容範囲におさまったというのが、参謀部第六課としての公式見解です』


 冷たく鋭い声だった。立体映像投影装置テレビ越しでも私たちは息を飲んでしまう。


『ならばカワセ大佐としての個人の意見は』

『同じです。私はアーメリング提督のお考えを尊重しています。それ以上、なにか必要ですか。ご質問なら受けますが』


 カワセ大佐のその静かな圧力を前にして、気のいた質問などできる人なんていないだろう。


『それでは、失礼致します』


 カワセ大佐はそう言うと、アーメリング提督と頷き合って、記者会見場を出て行った。

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