05-02: みんながそれぞれに不幸になっていっているんだ。
私は恐る恐る
だが、まだ一般には情報が流されていないのか、相変わらずのお正月特番を垂れ流していた。芸人たちの脳天気なコメントや笑い声が、私たちの部屋に白々しく響く。それが私たちの神経を逆撫でする。
「消す?」
「そのまま」
レニーが硬い声で言った。私は頷いて、リモコン代わりの
「レオナだ!」
私は跳び上がってそれを拾い上げた。
「寝室使いなよ」
アルマが気を利かせてくれた。私は頷いて、早足で寝室に向かい、通話を開始する。
「レオナ、ごめん!」
『いきなりどうしたんだい、びっくりするじゃないか』
「私、連絡もしないで。どうしたらいいかわからなくて、その」
『私もだよ、マリー』
部屋のドアを閉めて、私はそのままへたり込んだ。
『ヴェーラの件。私もマリーにどんな顔を見せたら良いかわからなくて、迷った末に
「だと思った。ねぇ、レオナ。私たちどうなっちゃうのかな」
『どうもならないさ』
レオナの声は少し湿っていた。鼻声になるのをギリギリで踏みとどまっているかのようだ。対する私は遠慮なく鼻声になっている。
「大好きだったヴェーラに一目会うこともできないまま、こんなことになっちゃった」
『誰かを責めることができるならそんなに楽なことはないけど、今はみんながそれぞれに不幸になっていっているんだ』
レオナの落ち着いた声。しかし、その裏には震えがあった。私の耳は誤魔化せなかった。レオナはその声で続けた。
『レベッカだってつらいんだ。いや、今、世界で一番つらいのはレベッカで、これからも世界で一番厳しい状況に置かれるのがレベッカだ』
「そう、だよね」
『だったら私たち、どうするべきだと思う?』
静かな声に、私の心がすっと
「レベッカを助ける」
『そうだ。それが私たちにできる唯一のことだよ』
「ねぇ、レオナ」
『なんだい?』
「どうしてあなたはいつでもそんなに冷静で論理的に考えられるの?」
『冷静でも論理的でもないよ』
レオナは言う。
『ただ、好きな人の前で格好良くありたい、だけかな。
「うん……。格好良いと思う」
『ありがと』
やや沈んだトーンだった。
『本当は私も
「でも私は何もできなかった」
『できてなくったっていいじゃない。これからだよ、私たち』
レオナは私を否定しなかった。それがたまらなく嬉しかった。
「一日でも早く、レベッカやエディタたちを助けられるようになる」
『うん。私も、アルマも、レニーだって。みんな想いは一緒だよ』
ホッとしたら涙が出てきた。レオナは泣き始めた私に、何も言わない。ただ、回線を繋げてくれていた。時々聞こえてくるレオナの吐息に、私は心を預ける。
「レオナ……」
『なんだい?』
「ずっといっしょにいて」
『もちろんさ』
レオナの即答に、また胸が熱くなる。
「それと、絶対に死なないで」
『マリーが死なない限り、私は死なない』
「どうして、そう言えるの?」
『理由なんているもんか』
レオナは明快にそう言った。
「じゃぁ、約束して」
『君を独りになんてしない。約束する』
その確信めいた物言いに、私は無性におかしくなった。泣きながら笑ってしまった。
『笑うなんてひどいよ』
「ご、ごめん。でも、なんか、嬉しくて」
『それは良かったよ。でも、私は嘘なんてつかない。守れない約束もしない』
「うん、知ってる」
知らなかったけど、知っている。
『ところで今のって、プロポーズってことでいいのかな』
「えっ?」
『嬉しいなぁ、マリー。まさか付き合って一週間でプロポーズまでしてくれるなんて』
「えっと、ちょっ、えっ」
変な音を出すマシーンになってしまう私。
『プロポーズなら実質結婚したようなものだから、私はマリーを好き放題する権利を持てたってことだよね』
「あ、あの、レ、レオナさん……?」
『通い妻するからさ。よろしくね』
「通い妻って、レオナがお嫁さんってことなの?」
『私だって女だよ?』
きょとんとした声で言われて、私は少し
『ま、性別なんてどうだっていいじゃないか。私とマリーは
「その夢見る結婚の相手、私でいいの?」
『前も言ったでしょ。夢に見るほど恋い焦がれてたって。想像以上に素敵な人だよ、マリー』
「もう、すぐそういう
『そんな私も嫌いじゃないでしょ』
「……はい」
白状させられてしまう。私はレオナのそう言うところもひっくるめて、
『とにかくさ、四日には寮に戻るからさ。その時、軍がどうなってるかはわからないけど、ゆっくりお風呂にでも入って、なんか好きなことでもしようよ』
「そうだね。そうしよう。デートプラン考えておいてもらっても良い? レオナは素敵な場所を沢山知っていそうだし」
『もちろんだよ、お姫様。任せておいて』
レオナはそう言ってから一呼吸置いて、「やっぱり顔見たい」と言い出した。
私はすぐに
『うーん、マリーはどんな顔していてもかわいいなぁ』
「もう。レオナはどうしてそういうことを平気な顔で言えるの?」
『嘘じゃないから』
「もー!」
私はレオナにかっこいいとか素敵とか大好きとか言うことに、まだ気恥ずかしさを覚えている。というか、手を繋ぐのさえ恥ずかしい。あまりにも人
『あっと、出かける時間になっちゃった。また連絡するよ』
「うん、わかった。気をつけてね」
『マリーも出かける時は気をつけて。マスコミがいっぱいいるから。あと、マスコミに偽装してるもっと悪い奴らもいるらしい』
「そ、そうだね」
あのクリスマス・イヴ以後、士官学校の敷地の外には常にマスコミの車がいる。確かにその中にはもしかしたらアーシュオンの関係者がいるかもしれない。自称反戦団体の関係者もいて、暴力を振るわれたり通行を妨害されるなどした候補生や教官もいるらしい。だから私たちは学校の敷地から外に出る時には十分に注意するようにと言われていた。
『
「そうなんだ」
『ブロック安定。うっかり目に入ったとしても理解しようとしちゃいけないよ』
「わかった」
レオナはこういう面でも頼りになる。彼女は何でも知っているのだ。人生の経験値が違うと常々感じてしまっている。
『それじゃ、今夜も顔を見せてよ』
「もちろん!」
これだけでこれからの数時間が楽しいものに――少なくとも気を紛らわせることができるものに――なる。
でも、こうして通話を終えてしまうとやっぱり寂しい気持ちにもなる。
そのまま
それは速報だったから、余計な情報は付加されていなかった。あくまで、ヴェーラが亡くなったということだけが書かれていた。その下には早くも数百件のコメントがついていた。
「みんな自分のことばっかり、か」
それを非難する気にはならない。私たちだって似たようなものだからだ。
「だけど」
この胸のモヤモヤは一体なんなんだろう。
私はそっと、
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