04-04: チーズたっぷりピザ味のキスはイヤだなって、思わない?

 レオナの体調が心配でデートはできない――と言いつつも、冷蔵庫の中はほとんど空だった。今日は一日出かけて、明日買い出ししようという計画を立てていたためだ。冷凍庫を覗くと、私が買っておいた冷凍食品がいくつかあった。


「ピザがあったよ」

「いいね」 


 そのままそれを電子レンジに放り込む。レンジである程度解凍してから、シュレッドチーズをたっぷり追加してオーブンで焼く……というのが、私流の冷凍ピザの食べ方だった。ズボラなハイカロリー料理である。


 しかし、今をときめく歌姫セイレーンであるレニーもまた同じような食べ方を好んでいた。レニーはそこにコーラと、デザートとしてカップアイスをつける。私はコーラは自重していたので、水かアイスティをお供にしていた。


 いそいそとチーズを山盛りにしている私の後ろに、レオナがいつの間にか立っていた。とてもびっくりした。


「ソファで待っててよ」

「我慢出来ないんだ」


 レオナは私を後ろから抱きしめてきた。身長差がありすぎるから、振り払うこともできない。本気で振り払おうとは思わなかったけれど。


「毎日毎日毎日毎日、マリーのことばかりが頭に浮かぶんだ。寝ても覚めてもだよ」

「お、おぅ?」

「一刻も早く返事を聞けないと、頭がおかしくなってしまいそうなんだ。嫌いなら嫌いでいい。付き合うに値しないというならそれでもいい」

「そんなこと、あるわけないでしょ」


 私はピザをオーブンに放り込む。五分も焼けば、ちょうど良いくらいだ。


 私は振り返る。すぐそばにレオナの胸がある。レオナの背が高すぎるので、私の視線的にはそんなものだ。


「レオナは、どうして私がそんなに好きなの?」

「好きなことに理由なんて必要? APの時からずっとかれていて、実際に出会ってみて、その感覚が揺らがなかった。私の直感が言うんだ。マリーを愛しなさいって」

「なにそれ」


 私は笑う。だが、レオナの表情はいつになく真剣だった。


「ていうか、私なんかよりずっといい人たちがいっぱいいるじゃない? レオナの器量ならエディタだって落とせるんじゃない?」

「可能か不可能かって話なら、可能な気はするさ。だけど、私がこんなにドキドキする人は、マリー、キミ、以外にいないんだ」

「私さ」


 ピザの様子を見ながら私は言う。


「施設に入ってからは、友達もできなかった。ジュニアハイの先生からもAPが軌道に乗るまではなかなか冷たい対応をされてた。施設なんていわずもがなだよ。誰からも大切になんてされなかった。だから好きとか嫌いとかよくわかんないんだ」


 ピザを取り出して皿の上に置く。愛用のピザカッターを取り出していい感じに切り分ける。


 皿はレオナが運んでくれた。


「マリーは、私が嫌い? ていうか、うざい?」

「まさか!」


 私は首を振って、慌ててソファの所に移動した。レオナの表情が深刻に暗い。


「レオナは信じられないくらいかっこよくてスマートで、コミュ強で、誰からも好かれてるし」

「みんなに好かれても意味がないんだ。マリーに好かれなければ」

「みんなに好かれてるレオナのことが、私、好きだよ」

「なるほど」


 レオナはまた難しい顔をする。


「私は今のままでいいってこと?」

「うん、うん」

「今のままの私を、マリーは愛してくれる?」

「うん」

「ほんと?」

「うん」


 私は勇気を持って頷いた。レオナの顔がパッと輝いたように見えた。


「お付き合いOKってことでいいの?」

「うん」


 機械的な応答になってしまっているのは、私が私なりに緊張しているからだ。


「じゃぁ、キスしてもいい……ってこと?」

「キスは、どうしようかな……」


 付き合ってそんなすぐにキスってするものなんだろうか。


 そんなことを考えていると、レオナは私の顎に指を掛けた。強制的に顎を上げられて、私はレオナの瞳を見つめることになった。


「チーズたっぷりピザ味のキスはイヤだなって、思わない?」

「それは、そうかも」


 半歩レオナに近付いた。レオナの顔がゆっくりと近付いてくる。熱がまだ引ききっていいないのか、顔が少し赤い。吐息も熱かった。


「……レオナ?」

「き、緊張しすぎて。マ、マリーはなんかリラックスしてるね」

「かわいい!」


 私は思わずレオナに抱きついた。あんなに完璧に見えるレオナが、こういうシチュエーションだとこんなにポンコツだとは思わなかった。そのギャップに、私は完全に参ってしまった。


 意外と動揺していない私自身に驚いたりはしたものの、それよりもなんというかこう、優越感のようなものを覚えていた。


「ソファに座って」


 私が囁くと、レオナは大人しくソファに腰を下ろした。私はその隣に並んで座り、レオナと抱き合った。


 少し身体を離して、私はレオナの整いすぎた美貌を両手で挟む。


 手のひらに熱い体温が痛いくらいに伝わってくる。


「キスする?」

「お姫様がよろしければ」


 レオナの精一杯の強がりだ。私は思わずニヤニヤしてしまう。


「あ、悪い顔」

「悪い顔の女に惚れた女はだーれだ」


 私はそう言うと、勢いのままに、意を決して、レオナの唇にキスをした。柔らかくて温かい、不思議な感触だった。


「ファーストキスはいかがでしたか、王子様」

「悪くないね」


 レオナはすっかりいつもの調子で言った。その時、私のお腹が盛大に鳴った。


「おや、お姫様は空腹のようだ。キスの味をピザで上書きするのも乙かな」

「その後でピザ味のキスをする?」

「それも乙だ」


 レオナは立ち上がると、グラスを二つとミネラルウォーターのボトルを持って戻ってきた。もはや勝手知ったるなんとやらだ。


 グラスに水を注ぎながら、レオナは囁いた。


「今日は色々あったけど、それは明日考えよう」

「うん」

「せめてヴェーラが目を覚ましてくれれば」

「うん……」


 そうなれば、状況は変わるだろう。


 私は八等分にされたピザを眺めながら、小さくため息をついた。

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