04-03: そういうメソッドなのです

 当然ながら立体映像投影装置テレビの番組は荒れた。SNSもどこもかしこも荒れに荒れた。しかし、レベッカの殺戮に対する批判はほとんどなかったどころか、むしろ歓迎するような風潮すらできあがっていた。戦闘終結後、わずか五分のうちに、だ。


 荒れたのは、戦闘前半の話だ。貴重な歌姫セイレーンを七人も犠牲にしたことが、とりわけ大きく取り沙汰されていた。レベッカが動いていれば死なずに済んだ七人と、数多くの搭乗員の死について、レベッカと指揮権を持つ参謀部第六課への糾弾きゅうだんにつながっていた。


「ここまでする必要があったの?」


 誰にともなく私がく。アルマは無言で立ち上がって自分のマグカップにインスタントコーヒーの粉を無造作に放り込み、お湯を注いだ。私とレオナは隣り合って座り、右往左往しているコメンテーターたちを眺めている。


「味方もたくさん傷ついた。敵は大勢死んだ」


 私の言葉に、レオナがかすれた声を重ねてくる。


「レベッカが最初から動いていれば、少なくとも味方は死ななかった」

「でも、それを責めるのは違うと思う、あたし」


 キッチンに立ったまま、アルマがぽつりと言う。


「さっきも言ったけど、レベッカは……アーメリング提督は、今までのやり方にノーを突きつけたんじゃないか。軍……いや、国民へ。そして、あたしたちへ。こういう形でメッセージを送った」

「となれば参謀部、すくなくとも第六課は共犯グルだね」


 幾分顔色が良くなったレオナがソファの背もたれに頭を預けて天井を見る。


 マリア・カワセ大佐、か。


 その時、私の携帯端末モバイルが着信をしらせてきた。


「カ、カ、カワセ大佐だ」


 動揺して声が裏返る。カワセ大佐とは、まだ一度も直接会話をしたことがない。お互い顔の認識だけはできる程度の接触しかない。


 私たちは顔を見合わせたが、私の指先は素早く通信開始ボタンをOK方向にスライドさせていた。


 携帯端末モバイルをテーブルに置くと、その上にカワセ大佐のバストアップが立体映像の形で映し出された。


 私たちは揃って敬礼する。


『敬礼も、だいぶ様になってきましたね』


 柔らかい声で言ったカワセ大佐は黒髪を後ろに払い、私の方をまっすぐに見た。


『レニーたちには今説明した所だけど、あなたたちも動揺しているだろうとレニーがね。多分、アーメリング提督は何もおっしゃらないでしょうし、エディタたちはしばらく使い物にならないでしょう。ですから、私が説明するのがベストだと判断しました』

「そのようなお手間を」

『マリー。セイレネスには精神状態が強く関わります。疑義ぎぎていしたままでは戦えません』

「は、はい……」


 そうと言われては黙るしかない。


『まず最初に。本作戦については、レベッカ・アーメリング提督の危機感を受けて、参謀部が立案したものです。提督に文句を言うのは筋違いというものです。また、終盤のウラニアの動きについても、全て大統領府の承認済みのものとなります』


 大統領府……。


「捕虜を取らないというのも……」

『敵は。ゆえに、やむなく撃滅したのです』


 確かに敵は……。しかし総旗艦をやられていてはその判断もできなかったのではないか。しかし、それは言葉にできなかった。


『七名もの歌姫セイレーンが犠牲になったことは痛恨の極みですが、今は転換点なのです、マリー、アルマ、レオナ。この機会を逃せば、アーメリング提督はまた孤独な戦いをいられ続けることになる。たとえ……たとえ、グリエール提督の復帰が叶ったとしても、一人が二人になるだけでは、なんら変わりはありません』

「し、しかし」

『マリオン』 


 カワセ大佐はその暗黒の瞳を私に向けてくる。宇宙のように深い、恐ろしい目だった。


『私たちは戦争をしているのです。今までの、アーメリング提督が動けば被害がゼロ。そんな都合の良い事象ものに皆は慣れすぎた。それだけの負担を強いていることを皆、忘れていた。提督お一人を苦悩させておいて、人々は皆、提督のという享楽にふけった』

「それを正しい形にするために、ですか?」

『イエス。私たちは戦争をしている。ゆえに、人一人にそれをになわせてはならないのです』


 理路整然と語られるその言葉に、私たちは誰も反論できない。


『一年後、ハンナたち二期生が艦隊編入されるまでに、一期生がどれほど残るかはわかりません。ですが、私たちは健全な国防体制を作るためにも、こうしなくてはならなかったということです』

「しかし、ヤーグベルテの人々は納得する、のでしょうか」

『します』 


 短く鋭い断定。その力の強さに、私は思わず背筋を伸ばす。


『彼らにはというがありますから』


 ……! あの気持ちの悪いもの!


『むしろ人々は、歌姫セイレーンを求めるようになるでしょう』

「そんな!」


 私より先にアルマが反応した。


「そんなの、あたしたちに対する冒瀆ぼうとくです。侮辱です!」

『わかっています。が、さもなくば国は変わらず、アーメリング提督の離脱と共に国は終わるでしょう。私たちは今、重要な局面にいるのです。個人がどう、尊厳がどう、そう言っていられるフェイズではないのです、アルマ』


 その穏やかな声には、有無を言わせぬ圧力があった。


 腰を浮かせていたアルマが、力なくソファに戻る。


『くれぐれもアーメリング提督を責めぬよう。責めるなら、私を。糾弾きゅうだんならばいくらでも聞きます。疑義あらば、いつでも連絡してきなさい』

「わかりました」 


 レオナが言った。私はまだ納得していない。でも、これ以上何を言われてもきっと状況は変わらないことくらいは理解できていた。


「一つ、お伺いしてもよろしいですか、カワセ大佐」

『何かしら、レオナ』

「私にはアーシュオンとのこの状況が変わっていくとは思えません。なぜ、セイレネスという力が生まれてもなお、アーシュオンと我々は互角なのでしょう。そしてなぜこんな不毛な戦争継続状態が維持されているのでしょう」

『セイレネスの力でアーシュオン本土を攻撃した事があるのは、ご存知ですか』


 カワセ大佐は静かに尋ねる。私たちは頷いた。あの時、私の中では一つの希望が生まれた。これでアーシュオンに痛い目を見せられる。ただ殴られ続けるだけの日は終わったと。


 しかし、セイレネスを用いたアーシュオン本土攻撃はそのただ一度だけに終わった。ヴェーラとレベッカがかたくなに拒否したからという噂もあった。


『私たちが全力でアーシュオン本土を焦土と化していれば、アーシュオンとの戦いは終わったかも知れません。しかし、その後はどうなりますか。べオリアス、キャグネイ、ダールファハス、エル・マークヴェリア、そしてツヴェルグ。彼らが黙っていると思いますか』

「彼らを牽制けんせいするために、艦隊戦を繰り返している……そうおっしゃるのですか」

『イエス。私たちは勝ちすぎてはならない。負けすぎてもならない。延々えんえんと戦争を続けることにより、兵器開発の大義名分を得る。そしてその技術で国家を潤す。諸外国に対して有利な立場に立つ。そういう方法論メソッドです』

「まるで戦略シミュレーションゲームのようですね」

『当たらずとも遠からず』


 カワセ大佐はレオナの嫌味をサラリと流す。私はそんなレオナの握りしめられた拳を左手で包んだ。


『しかし、私たちとてあなたたちを使い捨てのコマにするつもりなど、毛頭ありません。犠牲者は最小限であるべきです』


 カワセ大佐の平坦な冷たい声に、私たちは一様に震えた。


『であるからこそ、私は今こうしてあなたたちと話をしています。このことを忘れないでください』


 カワセ大佐はもう一度私を――値踏みするかのように――見た。胃の辺りがキューッとする。


『本日の第二艦隊の作戦行動は終わりました。良いクリスマス・イヴを』


 カワセ大佐は無感情にそう言うと、通信を切った。


「……めちゃめちゃ緊張した」


 アルマが開口一番そう言った。私だってそうだ。カワセ大佐は私たち歌姫セイレーンにとっては雲上人にも等しい。レベッカやヴェーラと対等に渡り合う人物だ。ヤーグベルテ軍部の頭脳とさえ言われている将校である。世間知らずな私たちごときが口答えしたところで、痛くも痒くもないに違いないのだ。


「うーん……」


 レオナが立ち上がって伸びをした。


「だいじょうぶ?」

「うん。今の大佐とのやりとりのおかげかな。なんかスッキリして身体が軽い」


 レオナは上半身をグイグイと回してまた伸びをした。


「出かけよっか」

「レオナ、ぶり返したら困るでしょ」

「そっかぁ」


 残念そうなレオナだったが、ここで押し切ってこない辺り、まだ本調子ではないのだろう。


 そこでアルマが「あっ」とわざとらしい声を出した。


「あたし、レニーとランチに行ってくるよ。レニーも溜まってるものあるだろうし」

「そか」


 アルマの気遣いに感謝する私。そんな私の方を向いて、アルマは自分の頬を指さした。


「ん?」

「感謝のキス、してくれてもいいんだぜ」

「ぶふっ」


 妙に男前な声で言われたその言葉に、私は思わず噴いてしまった。


「そうやって笑ってるマリーがいいよ」


 アルマはそう言って、以前レオナに見繕ってもらった衣装一式を身に着け、ブラックレザーのショルダーバッグを掛けて出ていってしまった。こういうサッパリとしたところはアルマの大きな魅力だった。


「それで、マリー。今日はクリスマス・イヴなんだけれど?」


 ソファに座って、まるで子犬がおやつでも待っているかのような目をしているレオナを見て、私の血圧は急上昇した。

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