04-02: あなたたちは、そこにいるだけでいい。

 しかし、事態は悪化の一途を辿る。


 対空戦闘に苦戦していた所に、ナイアーラトテップクラゲから射出されたナイトゴーントが十数機加わった。こうなってくると空域はぐちゃぐちゃだ。ものの数分で制空権を完全に掌握されてしまい、エディタたちは窮地きゅうちおちいっていた。


「レベッカ……どうして助けないの」


 助けられる命を助けないの?


 トリーネ班の小型雷撃艇コルベットが、ナイトゴーントによる攻撃で一隻大破した。直後、コーラスが崩壊した隙を突かれて、攻撃機の亜音速魚雷SSTが二隻を破壊した。三隻とももう戦闘能力がないのは明らかだ。


 カタログスペックを信じるなら、駆逐艦以下の艦艇でも、通常の対艦ミサイルや機関砲ではそう簡単に沈まない。しかし、最新鋭通常兵器である亜音速魚雷SSTは別だ。容易にセイレネスの防御を突破してくる。V級歌姫ヴォーカリストでもギリギリ迎撃できるような代物だ――というのはAPで得た知識だ。


『エディタ班、輪形陣を崩すな! ナイトゴーントを追い回せ!』


 ナイアーラトテップクラゲ探知サーチできている範囲で二隻。クララ班とテレサ班がそれぞれに噛みついている。しかし、決定打が出せていない。


『トリーネ班、このまま突っ切る! 旗艦を狙う!』


 それしかない。勢いのままに突っ込んで旗艦を一撃するしかない。


「どうする、どうなるんだ……」


 アルマがイライラと三色の髪の毛を掻き回している。私たちは揃って祈る。


 立体映像投影装置テレビの中のアナウンサーや評論家たちが、明らかに動揺している。これまで通りの圧倒的な勝利を確信していたからだ。いつも通り、レベッカのとエディタたちのを手に入れ、享楽のために使うのだと。


 歌姫セイレーンが戦闘時に発するには、脳に作用する効果がある。簡単に言えば、麻薬的な陶酔トランス作用と依存性があることが証明されている。だから――。


 敵は二個艦隊、総計九十隻超。こちらは全部で四十隻超。セイレネスによる防御力がなければあっという間に終わっているところだ。


「レベッカ、お願い……!」


 祈るしかない。レベッカが歌ってくれるのを。


 その時だ。


 私の視界から色が消えた。


 触れ合ったレオナの体温がなければ、私は気絶していたかもしれない。


 頭の中で弾けて頭蓋内をずたずたに引き裂いていった波。


 立体映像投影装置テレビの中で大爆発が発生していた。


 トリーネ班の大破艦がトドメを刺されたのだとアルマは言った。アルマも苦しそうに頭を抱えていた。レオナは目を閉じて歯を食いしばっている。


だ」

「断末魔?」

「理論的にこういうことが起きるという論文が出ているんだって、父さんに聞いた」


 レオナは苦しげに息を吐く。


歌姫セイレーンがセイレネスを発動アトラクトしている状態で死ぬと、特殊な波長のを放つんだって。それには……なんかより圧倒的な依存性を持つ可能性がある、だったかな……」

に強い依存性だって?」


 アルマが顔を上げた。まるで徹夜明けのような表情だ。


「そんなむごい話があってたまるもんか」

「真偽のほどはこの戦いが終わったらわかると思う……」


 レオナはまた私のふとももに倒れ込んだ。頭痛に耐えるように歯を食いしばるレオナを見て、私の胸が熱くなる。


「レオナ、ベッドで寝た方が」

「そうはいくものか」


 レオナは強い口調で否定した。


「みんな必死でやってる。レニーやハンナ先輩だってきっと今、青くなりながら必死でやってる。そんな中で、寝てなんていられない」

「でも、熱が」

「そろそろ解熱剤を使える。飲めば二時間くらいは落ち着く」


 強い意志と責任感を感じて、私はそれ以上何も言えなかった。レオナが持参してきた解熱剤と水を用意して、レオナに飲ませる。


 その時、私たちはまた強烈な頭痛を立て続けに感じた。


 トリーネ班の大破艦残り二隻も轟沈させられたのだ。


 その後、エディタの配下の一隻が亜音速魚雷SSTの直撃を食らって爆砕され、クララ班の二隻、テレサ班の一隻がナイアーラトテップクラゲによって粉砕されてしまった。


『第二艦隊――』


 唐突に、レベッカの無機質な声が響き渡った。


『ご苦労さまでした。後は私が始末をつけます』


 その直後、立体映像投影装置テレビの中の映像が薄緑色オーロラグリーンの閃光で塗りつぶされた。


 その数秒後に映像が回復した時には、あれだけ上空を好き放題にしていたアーシュオンの攻撃機たちが壊滅していた。空に黒い染みを残して、その過半が叩き落とされていた。


『モジュール・ゲイボルグ、発動アトラクト!』


 ウラニアの主砲が二度、斉射された。その砲弾はまっすぐにナイアーラトテップクラゲの直上まで放物線を描いて飛び、落下した。猛烈な運動エネルギーに加えて、レベッカの――D級歌姫ディーヴァの――セイレネスの力が乗った一撃。それに耐えられるものなどいない。


 二隻のナイアーラトテップクラゲはあっという間に沈んだ。その際にも軽い頭痛は感じたが、友軍のそれとは比較にならないほど弱かった。


『全艦、防御態勢。被害の最小化に努めなさい。ウラニア、先頭に出ます』


 超巨大戦艦ウラニアが、エディタたちの艦船を追い抜いて前に出た。

 

 その間、ウラニアは砲撃を止めていた。彼我ひがの間に不気味な沈黙が生まれる。


 バランスが崩れたのは、残存していた超兵器オーパーツ、超高機動戦闘機ナイトゴーントが六機、ウラニアめがけて攻撃を仕掛けた時だ。


『ハルピュイア・イレイザ!』


 ――しかし、鎧袖一触がいしゅういっしょくだった。薄緑色オーロラグリーンの輝きが津波と化し、ナイトゴーントを打ちえた。ように、見えた。


 あれほど脅威となっているナイトゴーントが、たったの一撃で全滅した。今までのレベッカだったら、こうも簡単にはいかなかっただろう。今日のレベッカは明らかに何かが違った。


 先頭に躍り出た白銀のウラニアが変形を始める。艦首装甲が開き、艦体中央部の装甲が放熱板として展開する。その半球状に展開された装甲をして後光オーリーオラと表現するメディアもあったことを私たちは知っている。


アダマスの鎌ハルパー……」


 私たちは同時に呟いた。普段は艦首に隠されている、必殺の大出力ビーム砲だ。ヴェーラの戦艦セイレーンEMイーエム-AZエイズィの持つ雷霆ケラウノス、そしてこのアダマスの鎌ハルパー。使われたのは二人の戦艦デビュー戦が最初で最後だった。今から七年前、私たちが八歳の頃だ。


反射ドローンリフレクター展開、予備照射確認。艦長、ジェネレータ出力すべて回してください』


 殺戮の光が艦首砲口内に集束されていく。海面が白く輝き始める。


『目標、敵艦隊全て。一撃で撃滅します』


 と言わんばかりだ。


アダマスの鎌ハルパー、砲撃開始』


 淡々と進行するシーケンス。それを止められる者はいない。敵艦隊からの砲撃は、ウラニアの不可視の壁によって無力化される。亜音速魚雷SSTたちは明後日の方向へ流れて自爆した。


 立体映像投影装置テレビの映像が直視できないほど輝いた。真昼の室内が何倍にも明るくなったほどだ。


「一撃で……」


 知ってはいたが、改めてそれを目にして私は喉の乾きを強く覚えた。


 映像の中にあるのは一面の残骸だった。報道用ドローンが敵艦隊の上空を我が物顔で闊歩かっぽしている。


 旗艦を中心として陣を敷いていた大型艦はその尽くが破壊されていた。輪形陣の外側にいた駆逐艦たちが慌てて旗艦の方へと移動している。生存者の確認に向かっているのだ。敵の二個艦隊には、抵抗力の一つも残ってはいないのは火を見るより明らかだった。


 だが。


「ウラニアが止まらない……」


 アルマが呆然とした声を発した。


 白銀の超巨大戦艦ウラニアは、なおも前進を続けていた。損壊した駆逐艦をき潰し、逃げ惑う小型艦を掃射しながら。


『提督、生存者の救助を』


 エディタの声が聞こえた。だが、レベッカの言葉は無情だった。


『敵の旗艦はまだ沈んでいません。完全に破壊する必要があります』

『しかし、戦闘能力は――』

『エディタ、敵が残れば、次はあなたがやられる番かもしれませんよ』


 その冷たい声に、私たちは思わず顔を見合わせる。


『敵になさけも容赦も無用。ヤーグベルテに手を出すということは、これだけのリスクがあるのだということを、彼らは知らねばなりません』

『しかし! 戦えない者を殺すなんて』

『あなたたちは


 そうしている間にも、ウラニアは旗艦の救助を行っていた駆逐艦を砲撃で粉砕していた。海域には榴散弾の雨が降っていた。


『こんなことしたら、敵は私たちを恨みます。戦いは』

『戦争は私怨しえんで続くものではありません。個人の感情を前線に持ち出したら、死にます』

『しかし!』


 私の想いはエディタと同じだった。私は今でもアーシュオンを憎んでいる。敵として出てくるなら容赦なんてしないだろう。だけど、戦えないアーシュオンの兵隊を殺せるかと言われれば、否だ。人として間違っていると思う。


『あなたたちの手を汚せと言っているわけではありません。あなたたちは


 冷徹な言葉だった。


 92年カルテットの誰も、何も、言えない。


 その間にも、ウラニアによる殺戮は続いた。


 そしてそれからは、ほんの一瞬だった。

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