03-07: 唐突な提案
私たち三人とレニーは、重たい足取りで寮へと帰った。レオナは一度自室に戻ってから遊びに来るということで一度別れた。
「まさか、いきなりデータ解析の手伝いとはねぇ」
アルマがソファに仰向けに転がっている。私とレニーは別のソファに隣り合って座っていた。私は寝息を立て始めたアルマを気遣って小声で尋ねた。
「レニーはいつもあんなことを?」
「ええ。でもさすがにデータ解析は一年後期からだったわ」
レニーは立ち上がると、冷蔵庫からスポーツドリンクのボトルを取り出して、グラス二つにそれぞれ注いだ。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「マリーは礼儀正しいわ。施設が厳しかったの?」
「厳しいというより、私たちに無関心でした」
「そうなんだ」
レニーは難しい顔をする。
「去年慈善活動で施設を回ったりしたけど、職員や代表は本当にそれぞれだなって」
「ですよね」
私はどちらかというとハズレを引いたのだと思っている。
「APは結構やらせてもらえてたんだっけ?」
「私が
「莫大なお金が動くものね。動いた分のお金が私たちの広報活動から天引きされるんだけど、ね」
うっ、闇だ。
私の顔はひきつったかもしれない。
「ルフェーブル大佐が生きておられればあるいは何か変わっていたかもしれないけど。そもそも歌姫養成科だって無かったかもしれない」
ルフェーブル大佐というのは、私たちの監督部署、参謀部第六課の統括を務めていた人物で、撤退戦の天才と言われ、「逃がし屋」の異名を持っていた人物だ。私の記憶にもその数々の偉業は残っている。
そして何より、ヴェーラやレベッカの直属の上司でもあった。だが、二〇九一年、歌姫養成科が設立される前年に凶弾に倒れてしまったのだが。
それ以後、カワセ大佐なる人物が
「カワセ大佐はどういう?」
「良い方よ。人使いが荒い他は」
レニーは苦笑してスポーツドリンクを飲んだ。
「ものすごく頭の回転が早くて、時々何を考えているかわからない恐ろしさも感じる。けど、大佐の仰ることを聞いていれば大丈夫だっていう安心感もある」
「そうなんですね」
実は大佐の日程が合わず、私たち新入生はまだ大佐と遭遇したことがない。
幸せそうな顔で眠っているアルマを見てから、私は「そうだ」とレニーに視線を移す。
「さっきから作業していて思ったんですけど、データ解析なんてAIに……それこそジークフリートとか、第六課のアレスに任せてしまえば早かったのでは」
「ごもっとも」
レニーは小さく笑った。
「実はさっきのデータ解析。解析されたデータそれ自体に意味はほとんどないのよ。数値化されたデータなんて、あなたの言った通り、ジークフリートやアレスに投げてしまえば完璧に処理されてしまうから」
「……ではなぜ?」
「実戦訓練よ」
「あれが、ですか?」
「あれも、よ。トリーネ先輩からの受け売りだけど、実際の戦闘では膨大なデータに埋もれることになる。その時にそんなところで面食らわなくなるために、今こういう作業を経験しておくのは意味があるらしいわ」
「索敵支援でも、ですか?」
「そうね。というより、索敵支援には敵を探す以外にも流れ込んでくるいろいろなデータを解析する後方支援の役割もあるのよ」
「大変だ……」
さっきの画面びっしりに表示されていた文字列を思い出して、私はげんなりだ。レニーは真剣な表情を見せる。
「的確な支援は、前線維持には不可欠。アーメリング提督お一人でもそれはできるけれど、私は提督のご負担を少しでも減らしたい。もちろん、エディタ先輩たちのもね。私たちが後ろで頑張ったら、その分エディタ先輩たちだって敵に専念できる」
「なるほど。私、がんばります」
「うん、頼りにしているわ、マリー」
ちょうどその時、インターホンが鳴った。レオナがやってきたのだ。
ラフな私服に着替えたレオナを迎え入れ、レオナにアルマをベッドまで運んでもらってから、私たちはまたソファに戻った。そしてなぜか、レオナは私のふとももを枕にしている。
「あの、レオナさん?」
「んー! マリー成分補充中!」
私の言葉など聞いてはいない。レオナは私の太ももの間に顔を埋めていた。
「恥ずかしいんですけど……」
「私、女で良かったよぉ」
レオナはモゴモゴと言う。
「男だったらこんな気楽に女の子のふともも成分を補充したりできないしね」
「いや、普通は女の子でも許可制だと思うんだけど」
「許可して!」
「あっ、はい……」
勢いに押されてしまった。レオナは無邪気に喜ぶと、私の腰をホールドして匂いを嗅ぎ始める。立派な変態の所業だ。
「急に距離が近づいたね」
レニーが珍しく声を上げて笑っている。レオナがガバっと顔を上げる。
「私、マリーと結婚するんです」
「え、ちょっ、何言ってるの」
「女同士じゃイヤ?」
「いや、そういうのはないんだけど」
基本的にそういうことは男女間でするものだとは思っている。けど、私の中では特にこだわりがない――というより、結婚ってなんだろうっていう気持ちのほうが強い。
「じゃぁ、私以上の物件があったりする?」
「うっ……。うーん、いや、でも、私まだ十五歳だし、レオナだって十六歳だし、こういうのもうちょっと考えてからでも」
「じゃぁ、お試し結婚しようよ」
「お試し結婚?」
やばい、ペースに引きずり込まれている。
わかっていながらも、やりとりを止められない。レオナと私では役者が違うのだと痛感させられる。
「おおい、ちょっと待った」
寝室からゆらりと現れたのはアルマだ。少し寝ぼけた顔をしているが、その剣呑な目はレオナを見ていた。
「あたしだってマリーを狙ってたんだぞ。お試し結婚なんて許さないからなー!」
「いや、ちょっと待って二人とも。どうどう」
「ああ、そうだ」
レニーがアルマとレオナの間に鮮やかに割って入った。
「三人でお風呂行ってきたら?」
と、唐突な提案! レニーは時々一足飛びの言動をすることがある。
「いいね」
アルマが指を鳴らす。士官学校に入ってから間もなくニヶ月が経過するが、実は私は未だにアルマやレオナとお風呂に入ったことはなかった。
「で、でも、なんか恥ずかしい」
私が言うと、レオナが私の肩を抱いた。
「身体の相性も大事だからさ」
「いや、それはしないだろ、レオナ」
「しないの?」
「風呂をなんだと思ってるんだ」
アルマはその三色頭をぐるぐると掻き回した。それは彼女がイライラしている時の癖だということを最近知った。
私は右手の親指の爪を唇に押し当てる。
「レニーは行かないの?」
「私は軽くシャワーを浴びて寝たいわ」
部屋の浴室を指さすレニー。私は頷いた。
レオナが私とアルマの首を両腕で捕まえた。
「なれば我ら、いざ風呂へ行かん」
私の貞操、大丈夫かな……。
私は一抹の不安を抱えながらも、お風呂の準備をするために寝室へと向かった。
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