03-06: 戦闘補助の現場
仕事部屋?
私はおずおずとその中に入る。そこはさっき初めて入ったセイレネス・シミュレータルームとよく似ていた。違いといえば天井がさほど高くないことくらいだ。
部屋の中央には四基のAP
「今、あの中でレニーとハンナがさっきの戦闘の分析と後処理をしているんだよ。セイレネス技術をレベルアップさせるためのデータ収集が主な所だけど、私たちの戦闘の時には索敵やエネルギー変換転送試験とかで頑張ってもらっているんだ」
トリーネはさっぱりとした口調でそう言った。レオナが顎に手をやって難しい表情をした。
「もう戦闘に参加しているってことですか?」
「うん、ありていにいえば。人殺しのところ以外はね」
「人殺し……」
私とアルマは顔を見合わせる。トリーネは腕を組んだ。
「数多くの敵を効率よく殺した方が勝つ。今のところ私たちの三戦は全て圧勝」
「ですよね」
レオナは大先輩のトリーネにも臆することがない。
「すごい戦果だと思います」
「でもね」
トリーネは一瞬だけ表情を険しくした。声のピッチが四分の一音程度下がる。
「私たちは、人を殺すことを覚えてしまった」
トリーネはガラスで仕切られたモニタールームの方に私たちを案内した。教室半分ほどの大きさのその部屋の中には、所狭しと様々な機材が置かれていた。ひときわ目を引いたのが、部屋の中央にあった立体投影ディスプレイだ。レネとハンナと書かれたマーカーが、空中で激しく動き回っている。
「これは何をしているんですか」
レオナが訊く。そこでアルマが手を打った。
「まさかこれ、さっきのナイトゴーントたちの動きをトレースしてるんじゃ」
「正解、アルマちゃん」
「ちゃん?」
「君かわいいもん。ちゃんだよね」
「そ、そうですか」
強引に押し切られるアルマ。アルマらしからぬとは思ったけど、トリーネには謎の勢いがある。
「セイレネス・ジャマー試作型の力で敵の動きをトレースできるようになったんだよ」
「あれ、どういう武器なんですか?」
思い切って
「あれはね、ブルクハルト教官しかわかんないよ。グリエール提督とアーメリング提督と共同で開発したものだってことは確かなんだけど」
「ほえぇ」
アルマが変な声を出す。しかし私も心の中で同じ声を出した。
「でも、あれが炸裂した空域は、そうだなぁ、三次元録画されてるみたいになるっぽいんだ。ドローンでは追えない、セイレネス的なものの干渉も記録されるんだって」
「セイレネス?」
「あ、うん。APでもクラゲどもが使うじゃない? アーシュオン版セイレネスとでも言おうかな。とにかくそういうのが今までちゃんと追えてなくて、分析ができなかったんだ」
そこで、
「ご苦労さま、ハンナ、レニー」
「お疲れ様、です、先輩」
ハンナ・ヨーツセン先輩は私たちの二つ上の
「レニー、作業は終わった?」
「はい、トリーネ先輩」
レニーは頷いて「いま、ブルクハルト教官に報告メールを出しました」と付け足した。トリーネは口笛を吹く。
「さすが、二人は仕事が早いね。戦闘でもほんとに頼りになるし」
「索敵しか、その、役に立ててないと思って、ますけど……」
「ハンナ、あのね、実働部隊が索敵にリソースを割かなくて良いってのは大きいんだよ」
トリーネはハンナの両肩に手を置いて「うんうん」と頷きながら言う。
「レニーも本当に筋が良いし、すごいよ、二人ともさ」
「ありがとうございます」
レニーは生真面目に頭を下げる。ハンナはボソボソっとお礼を言っていた。やっぱり親近感を感じる。
「後はパティとロラに引き継いでさ、ご飯食べよ。この子たちもお昼の途中で呼んできちゃったから」
「はい、お腹が空いちゃいました」
レニーはそう言うと、室内をキョロキョロと見回してから、テーブルの上に置かれていた紙袋に目をつけた。
「こっちはマリーたちのね。こっちですか?」
「そうそう。好きなの食べて」
紙袋の中にはサンドイッチがたくさん入っていた。
私たちはめいめいに腰を下ろし、それぞれの昼食を黙々と食べた。ウォーターサーバーからは、なんと紅茶も注げる仕組みになっていた。私は迷わずアイスティを選択した。
「先輩方はみんなこうして戦闘補助を?」
「うん、そうだよ、黒髪ちゃん。
にわかにざわつく私たちである。戦闘の何たるかも知らないうちに、そしてまだ卒業どころか士官学校に慣れてもいないうちに、「実戦」という言葉がちらつき始めたからだ。
「基本的にはAPでやってきた経験があれば戦闘補助は大丈夫。あとは体力かな。うち、恐ろしくブラックだから。トップのアーメリング提督見ててもわかるでしょ。年中休み無しで働かされてるし」
トリーネが不満げに言うと、ハンナがおずおずとした様子で付け足した。
「グリエール提督が、ああなってしまってからは、アーメリング提督は、
「アーシュオンが休んでくれない限り、なかなか全力で休むってわけにもいきませんし」
レニーはそう言って伸びをした。目を思い切り閉じて「ん~!」とやっている姿もまた、レネ・グリーグという一人のアイドルをより魅力的に――。
「って、トリーネ先輩、何撮ってるんですか」
「いやぁ、あまりにも後輩ちゃんが可愛くってさぁ。フォトリンクにアップしよっかなって。これなんだけど、どうかな」
「それ、私の
レニーは毅然とそう言って、不満げなトリーネから写真を受け取った。データの消去まで見届けているあたり、レニーはただ優しいだけの人ではないんだなと実感させられた。対するトリーネは「ちぇー」と言いつつ、私たちの方へ椅子を寄せた。
「レニーは癒やしだよねぇ?」
「癒やし?」
「見てよし、話してよし、触ってよし。同性の私から見ても、あんなに魅力的な子はそういないよ。ま、私の一番はエディタだけどね」
レニーは確かに間違いなく魅力的な女性だ。だけど、私はレオナの方により好意を持っている。レオナは私に遠慮の一つもなく「好き」をぶつけてくる。今も私のふとももにレオナの手が置かれている。……ふともも?
「レオナ、さすがにきわどいよ?」
「なんでさ。減るものじゃないでしょ」
「
「二人っきりならいいの?」
「えっと、いやそれは……」
ゾクゾクしてしまうほど顔が良いレオナに、少し気弱そうに尋ねられて私の心はぐらりと揺れる。少しハスキーになってるその声にも、私の心臓は鼓動を早めている。
「へいへい、お二人さん。いちゃつくならホテルでどうぞ」
アルマがパンパンと手を打ち合わせながら言った。
「それもいいね。手配しよう」
「しなくて良いよ!」
本気で連れ込まれそうだと危機感を覚え、私は慌てて首を振る。
「フォトリンク、みんなはアカウント持ってないの?」
ひとしきり作業を終えたレニーが尋ねた。フォトリンクというのは、写真をメインにしたSNSだ。世界での利用者数は三十億人を超えていて、超AIジークフリートの支配下のAIたちが、日夜整備・調整をしている。
「ジークフリート」というのは、私が生まれるちょうど十年前、西暦二〇七〇年にジョルジュ・ベルリオーズという天才によって開発されたAIで、そのあまりに段違いの性能から「超AI」などと呼ばれている。
実際問題、現今の科学技術や製造業、運送業、そしてもちろん軍事――そんなふうにほとんどあらゆる場所にこの「ジークフリート」は関与している。ジークフリートは今や生活の一部であり、ジークフリートなしには社会は立ち行かないところまで来ていた。ジークフリートは自己増殖型のシステムなのだということも聞いたことがある。
で、フォトリンクだけど、実は私もアルマも持っていない――施設ではアカウント作成どころか閲覧も許可されていなかったからだ。レオナもアカウントはあるが
その事情を聞いたトリーネが、私とアルマを見て言った。
「これからの活動で必要になるから、軍のアカウントでいいから作っておいてね」
「広報って個人活動になるんですか?」
「ううん、広報経路通すと、軍のAIたちがチェックして、問題なければ公開されるって感じ」
そこでサンドイッチをひとつようやく食べ終えたハンナ先輩が、遠慮がちに口を開いた。
「それで、トリーネ先輩。一年生たちはどうしてここへ?」
「ああ、そうそう! それさ!」
トリーネは水を飲み干してから、私たちを見回した。
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