03-05: セイレネス・ジャマー

 試作兵器!?


 驚く私たちをよそに、大佐のエキドナから大きなミサイルが二機発射された。


 ミサイルは明後日の方向に飛んでいったかと思うと、自爆してしまった。……ように、見えた。


「なんだなんだ?」


 アルマが混乱している。私だって混乱している。


「いや、ちょっと待って?」


 レオナが周囲のどよめきに「静かに」と唇に人差し指を当ててみせた。たちまち静かになる大食堂。レオナはそれだけ目立つ。


「聞こえない?」

「……これって」

だ」


 レオナは険しい表情を見せる。私はすぐにそれに気付く。


「ヴェーラのだよ、これ」

「サンプリングか」


 簡単にいえば、ヴェーラの歌を封じ込めた何かということだ。しかしアルマだけは納得していない。


「しかし、録音でどうにかできるなら今までだって」

「いや、でも効果はあるっぽい」


 私は立体映像投影装置テレビの映像を指さした。ナイトゴーントたちがまるで見えない壁に弾かれたかのように機首を返し、東へと進路を変えたからだ。


 ……ん? 気のせい?


 一瞬だけだが、赤いエキドナが薄緑色オーロラグリーンに輝いていたかのように見えた。


 だが、気のせいだろう。大型とはいえ戦闘機にセイレネス・システムを搭載できるはずもない。かつて登場した超大型成層攻撃機テラブレイカーにですら、セイレネスは搭載できなかったのだ。そもそもメラルティン大佐がセイレネスを操れる歌姫セイレーンだなんて、聞いたこともない。


 それからは形勢逆転だった。狩られる側が狩る側に変わっていた。致命弾は出せないにしても、ナイトゴーントへの命中弾は確かに出ていた。しかも、わずかながら傷も付けることができている。これは今までにはなかったことだった。ナイトゴーントに傷を付けられるのは長らくヴェーラとレベッカだけだった。


 それができるメンバーに、ようやくエディタたち92年カルテット他、多くの歌姫セイレーンが加わった。しかし、歌姫セイレーンでもないメラルティン大佐やその配下の戦闘機乗りパイロットたちにもそれができるとなれば、この戦いの趨勢すうせいは、ガラリと変わる。


『敵機撃退を確認。セイレネス・ジャマー試作型も一定の効果を確認できた。本空域をナルキッソス隊に任せて、エンプレス隊は撤退する』


 事実上の戦闘終了だ。私たちはほっと胸を撫で下ろす。無敵のが降臨したとはいえ、やはり敵の超兵器オーパーツは恐ろしい。


 立体映像投影装置テレビの中ではアナウンサーや評論家やらがわーわー言っていたが、大食堂に集まっていたほとんど全員がそれには興味を示さなかった。それよりもお昼ご飯である。急がないとほとんど時間がない。


「そんなこともあろうかと」


 アルマが得意げに言って、いつの間にか持っていた買い物袋を広げてみせた。


「いつの間に」


 私とレオナが同時に言った。その中にはどり弁当が三人分入っていた。


「みんな放送に夢中だったからサクッと買えたよ。さすがあたしだね」

「アルマの事も好きになっちゃいそうだよ」


 レオナが遠慮なく一箱取り出して言った。アルマが私にもそれを手渡しながら唇を尖らせる。


ってなんだよ、って」

「だって私、マリー一筋だから」

「いま浮気寸前の発言してなかった?」

「うっかり胃袋を掴まれそうになっただけさ」


 そう言って、レオナは私の肩に手を回してくる。周囲の同期たちが「きゃーっ」と黄色い声を上げる。レオナの人気はすなわち私への嫉妬という形になって現れてくるのが困ったものだが、より一層困ったことに、私はそんな立場に少しだけ優越感を感じていたりもしないではない。


 そもそも私は、あの八都市空襲の後から、誰かに好意を向けられたことがなかった。決して要領が良いほうではなかった、いや、むしろ鈍臭どんくさかった私は、どちらかというと他人には邪険にされてきた。APのサービスが始まる前は教師たちからもどこか嫌われていたように思う。


 ところが、APであっという間に一級歌姫セイレーンになり、V級ヴォーカリストS級ソリストとなるに従って、教師たちの態度は目に見えて変わっていった。そのこともまた、私の少なからずの人間不信の原因だった。というか、そもそも他人との距離がはかれない系の根暗キャラ、それが私なのだ。


 私にとって、レオナとアルマの距離感は斬新だった。ここまでプライベートゾーンに遠慮なく踏み込んで来る人がいるなんて思ってもいなかった。しかも、それが全然不快ではないのだ。


 レオナは私の左手を握ると、手近な円卓に移動した。アルマもついてくる。


「さっさと食べちゃおう」

「いただきますー」


 私は手を合わせてから箱を開ける。びっしりの揚げ鶏と照り焼きサンドイッチがセットになっている。なんていう罪深いランチだろう。


「わー、ボリューミーだね。いっただきますっ」


 レオナは驚きつつも、サンドイッチに齧り付く。


「ここの食堂は本当に美味しいよね。値段も信じられないくらい安いし」


 レオナはそう言うと携帯端末モバイルを取り出した。私も携帯端末モバイルを取り出して、アルマに「支払い」と告げた。アルマは「いいよ、今日は」と言ってくれたが、レオナが拒否した。


「こういうのはきっちりした方がいいと思うよ」

「レオナだって奢ってくれるじゃないか」

「あれは私の金持ちムーヴだから。レオナやマリーには堅実であってほしいのさ」

「そういうことをサラっと言える所にムカつく」

「まぁ、そう言わないでよ。染み付いてるんだから」


 レオナはアルマの剣呑な視線などどこ吹く風と言った具合で、ぺろりとサンドイッチを平らげてしまった。


「二人も急がないと。午後の授業でお腹鳴っちゃうよ」


 それは大変だ。私は慌てて揚げ鶏を口に入れた。


 その時、食堂がまたにわかに騒がしくなった。


「マリオン、アルマ、レオナ、どこー?」


 食堂の入口から突然名前を呼ばれてむせ返る私。報道やネットでよく聞く、私たちがよく知っている声だった。92年カルテットの一角、トリーネ・ヴィーケネス中尉だ。


「あ、いたいた」


 私たちが立ち上がるより前に、トリーネは私たちを発見して近づいてきた。私たちの顔はすでに広く知られているのかもしれない。


 トリーネは黒い髪を短めにまとめたスポーティな美女だった。褐色と言うよりは灰色の瞳に、なぜか目を引かれる。


「突然ごめんね。ちょっと招集。そのお昼ご飯持ってきていいから、ついてきて」


 トリーネは右手を上げてそう言った。私たちは一も二もなく立ち上がって、紙袋を片手についていく。


「午後の授業はサボりっていうことで。今日は午前中はアーメリング提督といたんだよね?」

「あ、はい」


 代表して私が返事をする。


「うん。聞いてるよ。君たちすっごいねぇ。プロゲーマーだ」


 ゲーマー……。


 いや、うん、そうかも知れないけど。


 先頭をいくトリーネの歩行速度は私の駆け足並だった。相当頑張らないと追いつけない。


「APはゲームだ」


 トリーネの声のピッチが一段さがった。


「あれは実戦とは全然違うよ」

「そうなんですか」


 アルマが言う。トリーネは二度頷く。


「私もまだ三度しか交戦していないけど、全然別物。実戦はから」

「人を」


 考えるまでもなく、それは当然の事だった。プログラムの中で動き回るオブジェクトとは違う。将来、私たちが撃つのはだ。


 トリーネはいくつかの角を曲がり、階段を降りた。地下である。


「ここは?」


 ドアには何も書かれていない。謎の部屋だ。トリーネはカードキーをかざしてドアを開ける。


 ドアの向こうにもう一枚ドアがあり、部屋の厳重な管理状況が伺えた。


「ここはね、今はハンナとレニーたちの仕事部屋でーす」


 トリーネは二枚目のドアを開けてその中に私たちを導いた。

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