03-04: エウロス来援

 自然にこぼれたレベッカのその笑みに、私は思い切り引き込まれた。歌姫セイレーン界隈、美しい人は多いけれど、レベッカは(私がレベッカオタクであることを差し引いても)とにかく美しかった。レベッカとヴェーラ、歌姫セイレーン始祖オリジンたる二人はやはり全てにいて別格だと言わざるを得ない。


「マリーとアルマは八都市空襲で、と聞いたけれど」

「は、はい。あの空襲で私たちは施設に」

「そう。あの頃の私たちには、みんなを守る力がなかったの。ごめんなさい」

「謝る必要なんて! だって、セイレネスが完成する前でしたよね」

「二〇八四年。あの年に全てが変わってしまった」


 レベッカは遠い目をした。眼鏡越しの瞳が少し寂しそうだった。


「無駄な後悔と知りせども、よ。その時の悔しさをもって、私は今戦場に立ち、国防をになっています。ヴェーラが倒れてしまった今、いよいよもってエディタや、あなたたちの力が必要になってしまった。私がもっと力を持っていれば、こんなことにはならなかったかもしれない」

「そんな考えをする必要はないと思います」


 アルマが珍しくきちんとした口調で言った。


「力があるから、対処できるから。そんな理由でみんなは簡単にその人を頼るけれど、それが健全だとは思いません。実際、ヴェーラがこんなことになってしまった今、そのツケが何故か全部あなたに向かっている。次あなたが動けなくなったら、誰がそれを支払うのかという話だと思います」

「そうね、アルマ。でも、私が未熟なばかりに、若いあなたたちを戦場に送り出さねばならないとも、私は考えてしまうのです」


 レベッカはコーヒーを飲み、はぅ、と天井に息を吐いた。


「指揮官は非情な立場よ。ヴェーラと二人のときは考えずにいられたその事実を、エディタたちを連れて戦場に出た時に痛感したわ。幸い今は歌姫セイレーンの死者はない。けれど、いつまでもそうは言っていられないし、そうありつづけるべきでもない。私はそう考えています」

「ありつづけるべき、でも、ない?」


 私が問うと、レベッカは頷いた。


「私が守り続ければ、これからも死傷者を抑えることはできる。けれどそれでは私が一人で守っているのと何ら違いがありません。あの子たちには、そしてあなたたちには一個の独立した戦力となってもらわなければならない。そのためには、私の盾は、庇護ひごの傘は、かえって邪魔になるのです」


 レベッカはマグカップをブルクハルトに渡し、マントをひるがえす。

 

「食堂棟まで車で送ります」


 講義棟に隣接する食堂棟までは、ここから歩いても十分少々だ。しかしここで断るのは無粋な感じがしたので、私たちは頷き合ってレベッカの後を追った。


「あの、いてもよろしいですか」


 アルマが遠慮がちに口を開いた。


「なんですか?」

「ヴェーラは、どんな状況なのですか」

「それは……答えられません」


 レベッカは前を向いたまま、硬い声で言った。


「あたしたちに出来ることなら何でもします。ですから」

「アルマ、あなた何歳?」

「じゅ、十六になったところです」

「十六、ですか」


 レベッカは速度を緩める。私たちがその周囲に群がるような格好になる。


「エディタも間もなく十九と言っていましたからね。私もそうでしたが、十代の子が当たり前のように戦地におもむくこの社会は、異常です」

「しかし、それ以外には――」


 レオナが言う。レベッカは頷いた。


「そうね。そう思いたくもなるでしょう」


 レベッカはゆるゆると首を振る。


「しかし、ここから先はあなたたち自身が考えるべきもの。私の想いは語らずにおきます」


 それから先、レベッカは車中でもほとんど無言だった。


 私たちは食堂棟に降ろされ、レベッカを乗せた参謀部の車を見送った。


「マリー」


 アルマが声をかけてくる。


「う、うん?」

「顔がだらしない」

「へ?」


 言われて私は慌てて両頬を押さえて、目を何度かしばたたかせた。


「まぁ、憧れの人とあの距離だから、仕方ないよ」


 レオナが助けてくれる。


「正直、私もガチガチだった」

「そうは見えなかったけど」


 レオナはいつでも余裕そうに見える。レオナは肩をすくめてみせる。


 その時、私たちの携帯端末モバイルが一斉に通知音を鳴らした。


「臨時ニュースだ」


 軍のチャネルからの発信だ。


「トルネリアの東部で遭遇戦……!」

「近いじゃないか」


 レオナが自分の携帯端末モバイルを確認しながら呻いた。トルネリアは統合首都ここの北方四十キロあたりのところにある都市だ。その東となれば海。敵はアーシュオンの艦隊だろう。


 私はニュースの文字を読む。


「第十六哨戒艦隊が現在戦闘中。敵はナイトゴーントとナイアーラトテップをようする模様……」

「まずいな」


 アルマが舌打ちする。そして私たちの先頭に立って、食堂棟の中を歩き始める。目指すは大食堂の巨大な立体映像投影装置テレビだ。


 案の定、第十六哨戒艦隊は撤退を選んでいた。仕方がない、通常艦隊ではナイアーラトテップクラゲには決して勝てないからだ。しかし超高機動戦闘機ナイトゴーントはこのままだと沿岸部を空襲する。いつものパターンだ。


 艦隊が時間を稼いでいる間にレベッカが急行して殲滅することは間々あるが、レベッカは一人しかいない。この程度の小規模部隊にレベッカを派遣することは、国家にとってはリスクだ。時間差でより大規模な襲撃があった際にどうしようもなくなるからだ。


「やられるだけか」


 アルマが悔しそうに呻いた。クラゲから飛び立った八機のナイトゴーントが機動を変える。


『トルネリアまで敵艦隊から二百五十キロしかありません! しかし当該地区の防衛網は完璧です』

「なにが完璧な防空網だい」


 周囲の同期や先輩に聞こえるのも構わず、アルマが毒づいた。


 私も頷く。ナイトゴーントに通常兵器は通用しない。


 避難勧告はいいとして、軍はどうするつもりなんだ?


「ん?」

 

 レオナが声を上げた。その視線は自分の携帯端末モバイルに向けられている。


「どうしたの?」

「エウロスが出る」


 エウロス飛行隊は、言わずと知れた最強の空戦集団だ。


『エウロスです。エウロスが来ました! 先頭の赤い機体は、まごうことなきメラルティン大佐! 今回は十六機です!』


 カティ・メラルティン大佐。人類史上最強の戦闘機乗りと言われている女性で、そのクールな立ち居振る舞いからもファンが多い。写真集も飛ぶように売れる人物である。ヴェーラ、レベッカとは共に士官学校で学んだ親友であり、現在もその関係性は続いているということだ。


『エウロス現着。戦闘行動を開始する』


 凛とした低女声アルトが聞こえてくる。大食堂の中に集まっていたみんなが「わーっ」と歓声を上げる。


 ナイトゴーントをのは、エウロスを初めとした四風飛行隊だけだ。撃墜は叶わずとも、その空戦技術でナイトゴーントを消耗させることはできるということだ。空襲のための武器を使い切らせてしまえば、エウロスたちの勝ちなのだ。しかし、そのためには長時間戦闘に耐えられる体力と、超絶的な戦闘技術が求められる。敵の進路を塞ぎつつ、自らは撃墜されてはならないのだ。


 その戦闘技術において、四風飛行隊の中でも群を抜いているのが、この率いるエウロス飛行隊だった。


『二機一組で追い回せ。進路を邪魔するだけでいい』


 随伴してきているのは、エウロスの中でも更に「狂った練度」を持つと言われているエンプレス隊だ。全機黒塗りの機体だからすぐにわかる。


 これを目にしたトルネリアや沿岸部に住んでいる人々は、一様に安堵したことだろう。


 メラルティン大佐の愛機・エキドナは大きい。通常の戦闘機の五割増のスケールだ。にも関わらず動きは軽やかで、信じがたいほどの機動戦闘をこなす。大佐の機体に弾痕を刻めた敵はほとんどいない。数少ない命中弾も、戦闘に影響を与えるものであったことがない。誰がどう見ても天才戦闘機乗りパイロットなのだ。


『メラルティン大佐、相変わらず鮮やかな機動』


 アナウンサーだか軍事評論家だかが解説を加えている。まるで格闘技の試合の生中継のようだ。


 それからしばらく間を置いて、メラルティン大佐が落ち着いた声で宣言した。


『これより試作兵器の使用制限を解除する』

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