03-03: vs ナイアーラトテップ
力を落とす、か――。
「それもそうか」
なんでそこに気付かなかったんだろう、私たち。
『でも力の制御なんてやったことないぞ、マリー』
「確かに」
そもそも私だってランクが低かった頃に幾度かコーラスを使ったっきりだ。
アルマが言う。
「じゃぁさ、レオナが
『
レオナの重巡洋艦が後退する。私が右前、アルマが左前。きれいな正三角形の隊形を取る。
クラゲとの距離は二千。もうすぐに射程に入ってしまう。私は二人の艦を振り返りつつ、叫ぶ。
「全速後退しつつコーラス展開!」
『うぃ、全速後退』
アルマが即座に応じる。レオナも同様だ。私たちは隊形を完全に維持しつつ下がる。この辺の呼吸の合い具合は三年間に及ぶAP協力プレイの
レオナの歌を待って、それから私とアルマがそれに同調する。そういう作戦だ。
『きたっ!』
アルマの声が聞こえる。レオナの艦から歌と呼ばれる音の波が届いた。歌と言っても歌詞が乗っているわけではない。搭乗者の意識がセイレネスによって音に変換され、それが様々な奇跡のような効果を生み出すのだが、その音のことを私たちは歌と呼ぶ。セイレーンの歌は船を沈めるからだ。
私はその歌の持つ様々な数値に意識を向ける。私の知っているAPにはこんな数値の群れは表示されていなかった。もっと感覚的にやっていた。だから個々の数値の意味がわからない。何のラベルも付けられていないからだ。
ひとまず気にせずにいこう。
私はレオナの歌に意識を集中する。これにうまく乗ればいい。
「アルマ、行くよ」
『
クラゲとの距離、一千五百。
「セイレネス
この無防備になる瞬間が一番危険だ。残されたチャンスはこの一回だ。
セイレネスが
422Hz。
430Hz。
435Hz。
440Hz。
そして、442Hz――ここだ。
覚醒。
私の視界が明るく塗り潰される。コーラスが発動される時に起きる現象だ。
いけたか!?
アルマからの歌も検知できる。レオナからの歌も
それぞれのピッチには寸分の狂いもない、はずだ。
クラゲとの距離、一千!
「触手、来る!」
『マリー、アルマ、私には余力がない。防御頼む』
「わかった」
そう、私とアルマにはまだ余裕がある。レオナとのセイレネスの力の差分が、そのまま余力となって残っている。
クラゲが不気味な姿を海面に現した。その基部から生えている触手が音速以上の速度で
私とアルマはレオナを
コーラスの乗った触手攻撃だ。だが、一隻目からの攻撃は私が弾き返した。二隻目からはアルマだ。だが、消耗はかなり大きかった。せっかく構築したコーラスが揺らぐ。
私はすぐに決断する。
「コーラスを敵のコーラスにぶつけて粉砕する」
『いいねぇ』
「私とクラゲが互角くらいだから勝機はある」
私が言うと、アルマが「おけ」と反応する。
『あたしのコーラスを全開にする!』
『ちょっと待って。そしたら私がついていけない!』
「それでいい」
私は鋭い声で言った。
「敵のコーラスを弱めた隙をついて、私とアルマが一体を
『わかるけど、それは
「失敗しても死ぬわけじゃないし」
私が言うと、レオナは渋々といった様子で「了解」と言ってくれた。
『なるほど、マリー提督。こっちの全力で敵の
「だいたい正解」
『よし、やろうぜ、マリー提督』
私たちのコーラスがピッチを上げた。AaugからC
私たちの歌が強烈な
三体のクラゲの動きがピタリと止まる。
今だ!
私は最も近くにいた一体の直上に意識を移動させる。能面のような基部が私を見ている。
「モジュール・ゲイボルグ、
私の
私はそのエネルギーを捕まえて歌の力で
「当たれぇっ!」
しかし、強烈なセイレネスの障壁に阻まれて思ったような打撃になってくれない。
「アルマ!」
『いま、行く!』
そこにアルマの
『艦首
アルマの勝ち誇ったような声が聞こえた。
クラゲに突き刺さったかのような格好で放たれた大出力の粒子ビームが、クラゲの艦体を貫いた。誰がどう見ても勝負ありだった。
クラゲは大爆発を起こし、あっという間に沈んでいく。
『はい、お疲れさま』
暗転したかと思ったら、ブルクハルト教官の声が聞こえてきた。
『十分過ぎるほどのデータを取ることができた。感謝するよ』
私たちは
「マリー、素晴らしい指揮とアクションだったと思うわ」
レベッカはそう言って目を細めた。私の胸は高鳴った。血圧が急上昇したに違いない。
「アルマの肉薄攻撃も、私では思いつきもしないものでした。ヒヤッとはしましたが、おそらくあれが最適解。さもなくばレオナの艦が残った二隻にやられていたでしょう」
「しかし、艦は中破しました」
「あの戦場の戦術的勝利を決めたのもその中破と引き換えです。差し引きプラスです。問題ありません」
レベッカはアルマの肩を軽く叩いた。うわ、羨ましい……。
「レオナはあの状況でも常に冷静でした。マリーとアルマを強く信頼しているのが伝わってきました」
「自分に出来ることはそれだけでした」
「そうと分かっていても、仲間を信じ切るというのはそうそう出来ることではないのです。実戦となるとまた違うかもしれませんが、あの場においてはお見事でした」
レベッカはそう言ってから、ブルクハルト教官を振り返る。
「今回はちょっと私たちの想定とは違ったけれど、新たな戦術としてエディタたちにも取り入れさせましょう。ブルクハルト教官、どうですか?」
「僕は戦術や戦略に関して、君ほどの知見はないよ。
「お願いします、教官」
レベッカは小さく頭を下げた。階級的にはレベッカの方が圧倒的に上だったが、ブルクハルト教官はレベッカやヴェーラの命の恩人でもあることを私は知っていた。レベッカたちが士官候補生だった頃――今から十一年ばかり前、そして私が戦災孤児になった八都市空襲と同年――に士官学校がアーシュオンの特殊部隊に急襲され、多くの死者を出した。その時に二人の
「そろそろお昼ね。ランチでも、とは思ったのですが、残念ながらこれからすぐに参謀部との会議があって」
「お昼休みも無しですか」
レオナが
「あなたたちのAPを見ていて、少し気が
「お疲れさま、ベッキー」
ブルクハルト教官がいつの間にか持ってきていたマグカップをレベッカに手渡した。
「教官?」
「コーヒーの一杯も飲む余裕がない組織なんて、ろくなもんじゃないさ」
「それも、そうですね」
レベッカは微笑んだ。
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