03-02: シミュレーションバトル
レベッカに連れて行かれた部屋には初めて踏み込んだ。
いずれ使うことになるということは知っていたが、私たち一年生は原則立入禁止だったからだ。
「ブルクハルト教官」
「ああ、早かったね」
そこはセイレネス・シミュレータルームと呼ばれる巨大な部屋だった。士官学校別棟で、七階建て相当の高さを誇る巨大な直方体だ。その棟の責任者がブルクハルト教官だ。「セイレネス」に関して知らぬことはないと言われていて、セイレネス・シミュレータシステムを一から構築したという伝説的な人物だ。そしてAPのメインディレクターでもある。
「こちらがマリー、アルマ、レオナです。APでチェックされていたでしょう?」
「もちろん」
セイレネス技術責任者・ブルクハルト教官は年齢不詳の容姿をしていた。黒灰色の髪と同じ色の虹彩をしていた。二十代に見えるが、セイレネスの全てに最初から関わっているということから、もしかすると四十代なのかもしれない。とにかくヤーグベルテにおいては、大統領、そしてレベッカ、ヴェーラに並ぶ最重要人物であると言われている。
「君たちのランクを最終決定したのは他ならぬ僕だからね」
ブルクハルト教官はにこやかに言った。
「APのデータは全てこの部屋に集約されているんだ。そこから新たな戦術や技術が作られていて、リアルな艦艇の物理・論理両面から強化をしていくことになっているのさ」
ブルクハルト教官は私たちの周りをぐるりと回った。
「それで、さっそくやってみるかい?」
「何をですか?」
真っ先に状況に適応したレオナが尋ねた。さすがだな、レオナ……。
「APのテストプレイ。新しいMODを作ってみたから。うまくいくなら実装するつもりではあるんだけど」
「テストプレイ、ですか」
「うん。まだちょっと極秘のデータだから、君たちにしかね」
私はレベッカを見た。レベッカは真面目な表情で頷いた。
「入学祝いを兼ねて、です。そこのマリオンはレニーの筐体、アルマはあっちの整備中の、レオナはエディタの専用
私たちは言われるがままに、筐体に乗り込んだ。筐体は私たちが学校で使っていたものよりも遥かに大きかった。具体的に言えば縦横それぞれ二倍近い。一基で一般的な教室の半分以上は占拠するだろう。この部屋には私とアルマが使うひときわ大きな筐体が二基、レオナが使うものと同型のものが計四基あった。他にも別フロアに
筐体の中でVRヘルメットを装着し、士官学校にて新規発行されたアカウントでシステムにログインする。たちまち視界が開け、昼頃の洋上に出た。季節はわからないが、夏でも冬でもない感じだ。
ぐるりと見回すと、眼下には三隻の艦艇がいた。私とアルマが前に出て、後ろをレオナの艦が守っているような感じだ。艦の担当者は直感的にわかる。それは今までのAPと変わらない。名前が出ているわけでもないのにわかるというのは少し不思議な感じだけど、AP歴三年超となる今、そんなことはどうでもよかった。
「それで、何を試せばよいのでしょうか」
私は尋ねる。きっとモニタされているだろうから、私の言葉は聞こえているはずだ。すぐにブルクハルト教官からの
『コーラスというのは知っているね』
「三人一組で
『さすが、マリー』
ブルクハルト教官の声が気持ち弾んでいる。
『それは基本的に同程度の力の持ち主でなければ成立しない。それをわかりやすく区分したのがランクだ。
『それなら、私とマリーたちでは成立させられないのでは』
『それを確認したいんだ、レオナ。僕の考えでは、成立する確率は低いが不可能ではないというところなんだ』
『不確実なスキルならむしろ使わないほうが勝率は高いと思います』
レオナは言う。初対面の有力者にも全く腰が引けてない。
『普通ならね。でも、ここぞという時に高い確率で発動させられるとしたら、それは意味があるはずだ』
ここぞ……?
『というわけで今日は調整用のデータを取らせてもらう。三年後に実戦に出る時には、きっと役に立つはずだ』
「わかりました」
私たちは口々に応答した。
「アルマ、指揮権どうする?」
『システムは特に指定してないね。マリーでいいんじゃない?』
「
APは私が唯一自信を持って「得意だ」と言えるものだ。提督という立場を任されて、私のテンションは上がる。
「アルマ、
『うぃ。
彩雲というのは最新の
『ところで、レオナの
「軽巡じゃないよね。スペックは……」
全長三百五十メートル。一般的な航空母艦のサイズが三百メートルちょっとだったから、極めて大きな艦船だ。もっとも、ヴェーラのセイレーン
私は表示されている情報に目を通す。
「
聞いたことがない。そこにブルクハルト教官の声が降ってくる。
『この戦闘艦は、まだ理論上でしか存在していないんだよ。セイレネス・システムの小型化のための実験として、まずはVRの中に構築したものなんだ。間に合えば、君たちが乗ることになるかもしれないよ』
「そうなんですね。武装はどうなるんですか」
『今回は
その時、アルマの彩雲が敵を検知した。
『げ、
「まずいな」
私は右手の親指の爪を下唇に押し当てた。こうすると何故か考えがまとまりやすいのだ。
クラゲことナイアーラトテップが三隻いるということは、確実にコーラスを使ってくるはずだ。しかもクラゲはその名の通り潜水艦だ。もっと正確に言えば、近接戦闘用強襲型潜水艦。艦体全体から生えている触手で文字通りに艦艇を叩き壊したり、海に引きずり込んだりするのだ。
そしてクラゲには通常兵器が通用しない。対潜ミサイルだろうが爆雷だろうが、そのままでは通用しない。撃破する方法はただ一つ、セイレネスを使うことだ。セイレネスの力が乗った攻撃であれば、クラゲの展開する防御フィールドを貫くことができる可能性が出てくるのだ。
『クラゲがコーラスを展開する前に速攻ってのは?』
レオナが言うが、アルマが「いや」と否定する。
『もうコーラス展開しはじめてる』
『そっかぁ、残念』
レオナの重巡が対潜装備を展開し始める。
「アルマ、レオナ、セイレネス
『うぃ、セイレネス
『
これで不意打ちが飛んできても一発大破とはならなくなった。セイレネスは強力な攻撃手段であると同時に、頑強な鎧でもある。
『クラゲ潜航! 来るぞ、
アルマが鋭く言う。
私たちは隊形を変える。私を中心にクラゲに対して横一列に並ぶ。
「対潜戦闘、用意! コーラスの展開を試す!」
距離一万メートル。
クラゲの射程距離まではまだある。従来通りなら奴らの触手は最大伸長で一千メートルのはずだ。その距離に到達すると浮かび上がってきて、その触手で先制攻撃を叩き込んでくるはずだ。
逆に、そこを叩く。
しかしこちらのコーラスは不発に終わった。やはり同格三人でなければ成立しないのか。
「まずい」
コーラスを展開している相手に、セイレネスだけの力で挑むのは無謀だ。重武装の騎士相手に木刀で挑むようなものだからだ。
『どうする、マリー提督。このまま行くか?』
「ミッション的に撤退はできなさそう」
私はそう判断する。
「もう一回、コーラス発動を試みよう」
『間に合うかな』
アルマはそう言いつつ、威嚇用の対潜榴散弾を数発放った。ダメージは期待できないが、ちょっとした足止め程度にはなる。
その間に私たちは再度のコーラス発動を試みた。が――。
『ダメか!』
アルマの悔しそうな声が聞こえた。その時、レオナが沈黙を破った。
『ちょっと待って二人とも。私が足を引っ張ってるんだから、二人が私の所まで力を落としたらどう?』
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