02-04: 衣服や髪型が人を育てることもあるんだよ

 レオナは何でも知っていた。私とアルマが圧倒的に世間知らずなだけかもしれないけど、とにかくレオナはヤーグベルテに関することのみならず、世界に関することもよく知っていた。政治家の名前も、現大統領のエドヴァルド・マサリク以外ほとんど知らない私たちに対し、レオナは大臣の名前もみんな知っていた。


「ああ、うちは政治家とのつながりもアレだからさ」


 と、レオナは言っていたが、それにしてもやはりすごい知識量だった。


 また、レオナはすでにモデルとしての仕事が決まっているとのことだった。もちろん、軍公認の仕事だ。そりゃ決まるだろうと、私とアルマは頷きあった。


「レオナは歌もうまいんだろ?」

「うん」 


 一切の躊躇ちゅうちょなく、レオナは頷いた。


「いい声してるしね」

「マリーもかわいいよ」

「そこ、いちいち口説かない」


 アルマのツッコミがえている。


「うちは一応音楽大学の家だからさ。いわゆる音楽英才教育を施されてね。歌もピアノも踊りもできるさ」

「へぇ……歌姫セイレーンになるべくしてなったって感じだね」


 私が言うと、レオナはぽりぽりと頭を掻いた。


歌姫セイレーンとしての素質は二人に劣るんだけどね」


 レオナはV級歌姫ヴォーカリストで、私たちはレネと同じくS級歌姫ソリスト。ランクが一つ違っている。とはいえ、レオナはエディタと同等かそれ以上だと分析している機関もあり、歌姫セイレーンとしてはどう考えても最上位層にいる。


「不満?」


 アルマが端的に尋ねると、レオナは「いや」と首を振った。


「私がこれ以上才能に恵まれてたら、世の中の人々の怨嗟えんさの気にあてられてしまうよ」

鋼鉄はがねのメンタルだ!」


 アルマが笑った。私もつられて笑う。


「さて、着いた着いた。私の御用達の服屋さんアパレルショップさ」

「ほわー」


 先に車から降りたアルマが奇声を発した。


 ヤーグベルテ統合首都の中心部にほど近いその場所には、所狭しと巨大なビルが立ち並んでいた。そのうちのひとつ、今目の前にあるガラス張りのビルは、最上階――十数階に至るまで全てが衣料品関係のテナントが入っているようだった。


 レオナが先に降りて、私に手を差し出してくる。今回も私はまんまとその戦術に乗せられて、その手を取ってしまう。


 道行く人達がさーっと道を開けたのがわかった。突如乗り付けてきた高級車。その中から現れる圧倒的な美しさのレオナ。人目を引くなという方が無理だった。


「美しさゆえの不自由さだよ」


 レオナは笑ってそう言い、慣れた様子でビルに入っていく。その右手には私、左手にはアルマをしっかりと捕まえている。


「レオナお嬢様、いらっしゃるなら前もって言っていただければ」


 エレベータの前に辿り着いた時、ひときわ立派な身なりの中年の女性が息を切らせてやってきた。


「ああ、サリエさん。そんなに気を使わないでっていつも言ってるじゃないですか」

「そんなわけには、お嬢様。護衛もおつけにならないで」

「ちゃんと外にいますよ。私はいま、友人におしゃれをさせるのに一生懸命なんです」


 年上の人にはちゃんと敬語を使っている。そんなところにも私は好感を持った。


「当店の者にご案内させます」

「サリエさん、私が、マリーとアルマに良いものをプレゼントするという約束なんです。お気遣いには感謝しますけど、今日のところは、ね?」


 サリエさんは私とアルマを見て、少し難しい顔をした。


「この方々は?」

「APでずっとお世話になってたS級ソリストの二人です」

「あの、マリー様とアルマ様でいらっしゃいますか?」

「そうです。黒髪ちゃんがマリーで、三色頭がアルマです」


 私たちはそれぞれにサリエさんに頭を下げた。


「そういうことでしたら、私たちからも入学のお祝いをさせてくださいませ、お嬢様」

「うん?」 

「本日のシュバリエでのお食事は全て私たちがご負担致します」

「ん、そんな。悪いですよ」 


 シュバリエってのはなんだろう。カフェかな?


「お嬢様には普段ご贔屓ひいきにしていただいていますから」

「あ、そう、ですか? ならお言葉に甘えさせていただきます」


 こういう場でも口調は徹底しているレオナ。すごくかっこいいと思った。


 サリエさんは私たちをにこやかに見送ってくれた。レオナいわく、サリエさんはこのビルのオーナーなのだという。そしてこのビルの所有者はヴェガ家、つまりレオナのお父さんなのだそうだ。


 もはや雲上人のような存在だなと私は思った。仮に八都市空襲がなかったとしても、私のブラック家は自分の一戸建てで精一杯だったと思う。


 それからレオナはお気に入りだというテナントに連れて行ってくれた。他とは違う、ワンフロアぶち抜きの店舗で、その品揃えに目が回った。そしてそれらの値段には気絶しそうになった。たまらずアルマがレオナの袖を引っ張った。


「ちょちょっ、レオナ、これはさすがにプレゼントなんてしてもらうわけには」

「え、なんで?」

「くっ、この金持ちムーヴ……!」


 なんだそんなことかと言わんばかりに、レオナは私たちを捕まえたままずんずん奥へと進んでいく。


「ブランドもんばっかりじゃん。こんなのさすがに庶民のあたしたちには」

「私が二人に似合う服を選んであげる。服とか髪型とか、そういうものが人を育てることもあるんだってさ」

「そうなの?」


 私が尋ねると、レオナは自信満々に頷いた。


「しょぼくれた服を着ていると、心もしょぼくれる。あ、でもね、値段じゃない。高けりゃいいってものじゃない。自分に似合う服を見つけてそれを着れば、自ずと自分に自信も持てるってわけ。私はたまたま、こういうお店しか知らないから。それだけ。たまたまなんだ、たまたま」

「私、そんなにしょぼくれてる?」

「あ、いやそうじゃない。けど、マリーも、もちろんアルマも、もっと輝ける衣装ってものがある」


 考えたこともなかった。施設では服はサイズだけ見て一方的に与えられるもので、選択権なんて最初からなかったし。だから今、何を買っても良いって言われても何も思いつかない。


「マリーはそのままの路線だと地味子まっしぐらだ。地味と清楚は違うからね。というわけで。ケリーさん」

「はい、レオナお嬢様」


 呼ばれてやってきたのは褐色の肌の少し小柄な若い女性だった。若いと言っても私たちよりいくつかは年上だろう。少し大きめのメガネをかけていて、髪の毛は見惚みとれてしまうほどに整然としたドレッドヘアだった。


「彼女はケリーさん。このお店の、私のスタイリストなんだ」

「いつもありがとうございます」

「今日はこの二人をお姫様にしたくて」

「お、お姫様ぁ!?」


 アルマが早速拒否反応を示すが、私としては照れくさくはあっても嫌ではなかった。


「とにかくこっちのマリーはとにかく可愛くしてほしくて、アルマはそうだな、なんとなくイケてる感じにしたいんですよね」

「何だよそのふわっとした注文は」

「アルマは露出度高いほうが好きなの?」


 私が問うと、アルマは頷いた。


「もっと際どい格好でもいいくらいさ」

「いや、そのへんで自重してよ」


 目のやり場に困るから。


「マリー様とアルマ様といえば、APの?」

「そうそう」 


 APのプレイ情報は毎日多くのサイトで配信されている。閲覧者はその情報やゲームの実況の中でを決めたりもする。私が思っている以上に、私たちは有名らしい。


「レオナお嬢様がしばしばお話になりますので」


 ケリーさんは微笑んだ。なるほど。


 レオナは私をケリーさんの方に押し出しながら言った。


「じゃ、さっそく行ってみよう。服が決まったら、シュバリエでケーキでも食べよう。ケリーさん、お手伝いお願いします」

「喜んで」


 それから私とアルマは着せ替え人形と化した。初めての体験だったし、こんなに良い生地の服なんて身に着けたことがなかった。そして何より、カーテンを開けた時のレオナの反応が嬉しかった。いちいち完璧なリアクションをしてくれるのだ。私が望んだ、いや、それ以上の反応をくれた。


 それはアルマに対しても同様で、私はレオナが本当に裏表のない人物なのだと理解した。


「マリーはスカート……がいいなって個人的には思うんだけど、士官学校の性質的に考えるとパンツスタイルがいいよね。マリーはどっちがいいってある?」

「スカートは穿いたことがないの」

「ま、まじでっ!?」


 アルマとレオナが同時に言った。施設では理由は不明だがスカートは禁止だった――というより支給されたことがない。


「だからパンツスタイルがいいな」

「うーん、マリーの生足は捨てがたいけど、今回は無難に行こうか」


 レオナはそう言うと私に着せた服のうちの一着を選んだ。


 胸の部分が少しだけ切り抜かれている薄いピンク色のニットセーターと、大きくスリットの入ったブラウンのロングスカートとキュロットのセットだ。スリットがあるせいで左足は太ももの半ばから下が完全に露出している。そして膝下まであるダークブラウンのレザーブーツが追加された。


「うむ、これからの時期にピッタリ」


 満足げなレオナである。


「このまま着ていくってできますか、ケリーさん」

「もちろん」 

「え? え?」

「おしゃれしてデート。アルマも添えて」

「添えるな添えるな」


 アルマはアルマでレオナが選んだ一着を身に着けていた。こっちは男物コーデという印象を受けた。黒いニットセーターに大きめの黒いレザージャケットを合わせ、スキニーな印象も与えてくる黒いスラックスを着用していた。露出度はないに等しいが、これはこれでアルマには似合っていた。何より上半身のだぼっとした具合に、下半身のすらりとした印象が合わさり、かつマットなレザー生地のいかついショートブーツがそれを締めていた。一言で言って格好良い。レオナのカジュアルな格好良さとはまた違う、中性的な魅力が全開だった。


「よしよし、ふたりともバッチリだ。ケリーさん、今日はありがとうございました」

「こちらこそです、レオナお嬢様。またよろしくお願いします」

「もちろんです」


 レオナはケリーさんと握手を交わすと、私たちがさっきまで身につけていた衣服の入った紙袋を受け取った。


 私たちはそれを強引に奪い取って、今度はレオナとそれぞれに腕を組んだ。


「お、距離が縮まったねぇ。嬉しいね」


 レオナは満足気にそう笑った。


 そして私たちはカフェ・シュバリエでケーキとパフェを堪能した。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る