02-02: スタンピード!

 他の国ではどうかはわからない。でも、ヤーグベルテでは大きな戦闘はほとんど生中継されていた。ヴェーラたち歌姫セイレーンが登場する以前で特に人気があったのが四風飛行隊による空戦だ。


 生中継ということは負け戦もまた白日のもとさらされる。だがしかし、多くの人々はまるで他人事ひとごとのように、まるで野球中継でも見ているかのようにいた。


 今戦闘を実況しているアナウンサーやコメンテーターもまた、何かの試合を見ているかのような興奮した口ぶりだった。


 当該の海域は薄暮はくぼの頃、立体映像投影装置テレビのテロップを信じるなら、午後四時半だ。


「アルデバラン、レグルス、ウェズン、クー・シー……」


 立体映像投影装置テレビと、私の携帯端末モバイルと連動させる。これにより、今映し出されている艦艇のカタログスペックが私の携帯端末モバイルに投影表示されてくる。憧れの「92年カルテット」が操る巡洋艦だ。その性能を理解しておくことは必須だった。


 アルマとレニーも同じように携帯端末モバイル立体映像投影装置テレビの間で視線を行ったり来たりさせている。


『エディタ座乗、重巡アルデバランによる対空砲火が上がります。これは凄まじい! 第二艦隊旗艦ウラニアに勝るとも劣らない!』


 アナウンサーの言う通りだ。目も覚めるほどの対空兵器が打ち上げられる。周囲の駆逐艦や小型砲撃艦フリゲートたちも呼応して発光榴散弾を打ち上げている。藍色の空はたちまち閃光に染まる。


『重巡レグルス、トリーネ隊が前に出ました。指揮下の小型雷撃艇コルベット隊とともに先制の雷撃! 敵艦隊までの距離は約三十キロ。これは当たらないのではないでしょうか』

「いや……」


 レニーが呟いた。その目は鋭く映像をにらんでいる。


「当たる」


 偵察用ドローンスカウターによって映し出されている敵艦隊は早くも回避行動を取っていた。確かに常識的に考えて、不意打ちでもしなければこんな距離からの雷撃は当たらない。


「当たるの?」


 アルマが驚いたように尋ねる。レニーは確信を持って頷いた。


「見て。ウラニア」


 レニーが立体映像投影装置テレビの映像をぐるりと回すと、そのほとんど最後尾にD級歌姫ディーヴァ、レベッカ・アーメリングの座乗する超巨大戦艦ウラニアがたたずんでいた。


 敵の艦載機や自律誘導爆弾のたぐいは重巡アルデバランたちによって封殺されていた。通常兵器はエディタたちにはあまりにも無力だった。


『軽巡洋艦ウェズンとクー・シーは動きません。しかしどうやら主力として温存している様子!』


 だろうな。私は同意する。私も提督の立場なら、二隻の高機動艦とその配下の部隊には、同じ役割を与えただろう。防空、先制、そして打撃。その打撃には旗艦も加わるだろう。


 アルマと目が合う。アルマは頷いた。私も頷き返す。


 その時、インターフォンが鳴った。


「誰かしら」


 レニーが真っ先に立ち上がろうとした。が、私のほうが反応が早かった。


「見てきます」

「お願い」


 レニーの返事を聞きながら、私は早足で扉の前へと移動した。カメラに写っているのはかなりの爽やかイケメンだった。いや、女子以外がいるはずはないから、女性なのだろうけど。


「は、はい?」

『その声はマリーだね!』

「レオナ?」

『イエス、レオノール・ヴェガ。君とアルマに一刻も早く会いたくて』


 私はアルマとレニーを振り返ったが、二人は立体映像投影装置テレビかじりついていて特に反応を返してくれなかった。


「入って」


 私はドアを開けた。そこに立っていたのは百八十センチにも迫りそうなほどの長身の女子だった。ほんのり水色のワイシャツを着崩し、黒いファッションタイを着用していた。下は森林迷彩柄のワイドパンツだった。その緩やかに揃えられた栗色の髪と、同色の切れ長の瞳を有する中性的な顔立ちは、どこをどう取り上げても恐ろしくハンサムだった。そして――。


「やっと会えたね。待っていたんだ、この日をさ」


 この声だ。低くて落ち着いたこの声には、APゲームの中でも何度も助けられた。


 レオナは自分の携帯端末モバイルにちらりと視線をやった。レオナも現在の戦闘状況については承知しているようだった。


「レオナが来たよ」


 私はレオナを室内に案内する。とはいえ、玄関までのドアは開けたままだったから、レオナの位置から二人の姿は見えていただろう。


「レオナ! やぁ、初めまして」


 アルマが立ち上がる。私の後ろから「初めてって感じじゃないよね」とレオナの優しい声が響く。


「レオノール・ヴェガです。レニー、ですよね」

「そうよ、レネ・グリーグ。会えて嬉しいわ、レオナ」


 レオナは勧められるままに、私の右隣に腰を下ろした。そして持参していた肩掛けカバンから青いステンレスボトルを取り出した。


「ヴェガってことはまさか」


 レニーが顎に手をやった。


「ガーレン音楽大学の?」

「よくご存知ですね、さすが。そうです、創設者にして理事長のアウグスト・ヴェガは私の祖父です」

「ガーレン音大! あたしも知ってるよ! そこの一人娘ってわけ?」


 アルマが前のめりになった。しかし、ガーレン音大は知らない人の方が少ない。ヤーグベルテ一の音大だ。


「そういうこと。兄弟はいないから」


 レオナは立体映像投影装置テレビに目をやりながら応えた。立体映像投影装置テレビの中では確実に戦闘状況が推移している。


「さっきの魚雷は?」


 私が尋ねると、レニーが目を細めた。


「探知範囲から全部消えたわ」

「き、消えた? それじゃ……」

「いいえ、探知できないだけ。来るわ」


 レニーが呟いたその直後。


 敵艦隊を映していた映像が光った。


 敵の前衛部隊が次々と火の手を上げる。暗かった海域が明るく燃え上がっていた。


「何が起きたの?」


 私が尋ねると、アルマが首を傾げる。レニーが代わりに反応した。


「トリーネ先輩のよ」

「そんなことも出来るんですか」

「私も初見。でも、先輩方の能力ならできて当たり前だと思うわ」


 正面に展開する敵艦隊は三個だが、今の一撃で半個艦隊は物理的に潰されている。艦隊機能的に考えて、正面の一個艦隊は立ち直るのに時間がかかるだろう。


「今までヴェーラとレベッカの二人だけだったけど、これなら今後は安心だね」


 レオナはそう言いながら、私の右手に触れてくる。あまりにも自然な動作に、私は思わずその手を凝視した。


「イヤだった?」


 私に顔を近付けてくるレオナ。見れば見るほど顔が良い。うっとりしてしまうほどのハンサムさに、私は思わず首を振った。スキンシップが苦手、というか、経験値が低すぎる私が、こうまで簡単に接触を許してしまったのは初めてのことだった。


「あーっ、いきなりイチャついてる!」


 アルマが抗議の声を上げた。レオナが涼しい声で応じる。


「アルマも私の隣に来る? このソファ、おあつらえ向きに三人掛けだ」

「いや、いい」

 

 アルマは腕を組みつつ、テーブルに置かれた自分の携帯端末モバイルに目を落とした。


『レベッカ・アーメリングより、アーシュオン艦隊に告げる』


 突如聞こえてきたその声に、私たちは一様いちように姿勢を正した。国防の要にして、国民的アイドルでもある歌姫セイレーン、レベッカのリンとした声には、他人を従わせる力があった。


ただちに撤退せよ。さもなくば、我々は殲滅戦に移行する。三分で結論を出しなさい』


 これは死刑宣告だ。


 戦艦ウラニアを駆るレベッカ一人ででも、もしかしたら三個艦隊の殲滅は可能かもしれない。今や、レベッカほどではないにしても、力ある歌姫セイレーンたちが四人増えてもいる。そしてさらに多くのC級歌姫クワイアたちが揃っている。たとえアーシュオンが超兵器オーパーツを繰り出してきたとしても、負ける要素は皆無だった。


『……よろしい』


 きっちり三分待ってから、レベッカは呟いた。


『クララ、テレサ。突撃スタンピード

『軽巡ウェズン、敵右翼に突撃します。クララ班続け!』

『軽巡クー・シー、同じく右翼に集中砲火を浴びせます。テレサ班、砲雷撃戦開始!』


 待ってましたと言わんばかりに、二隻の軽巡と合計二十隻の小型艦が動き始める。


 敵の左翼はエディタとトリーネの重巡部隊が牽制し、半壊した中央部隊にはウラニアが威嚇砲撃を行っていた。


「そうか」


 私は呟いた。


「演出か」

「演出?」


 レオナが立体映像投影装置テレビから視線を外さずにいてくる。


「これ、番組だもん。それぞれに見せ場を作って、かつ、D級歌姫ディーヴァの指揮官としての力も示す。ただ勝てばいいってわけじゃない」

「なるほど」

「ひどい話だな!」


 アルマが憤然ふんぜんとした表情を見せる。腕を組んでソファに背中を預けきっている。


「みんな、それこそ敵も味方も命を賭けて戦争してるのに、演出だって?」

「そうよね」


 レニーが頷いた。


「でも、マリーの言っていることは正解。今までもD級歌姫ディーヴァのお二人はそうすることを求められてきた。もっと言うなら、四風飛行隊だってそうよ。英雄を作るためのドラマ、そのための演出なの」

「誰あろう、国民が英雄を求めているってことか」


 レオナは小さく肩をすくめた。


 それから私たちは、淡々と進む戦闘状況を無言で見つめ続けたのだった。感想も何も無い。


 ヤーグベルテの被害は駆逐艦以下の艦艇の小破が七。死者は無し。対するアーシュオン艦隊は総数百五十隻中撃沈四十五、中大破六十を超えていた。こと、三個艦隊のそれぞれの旗艦である空母は二隻轟沈、一隻大破で自力航行不能というありさまだった。


『ヤーグベルテ第二艦隊、全ての戦闘行動を終了します。敵軍負傷者の救助活動は第十八支援艦隊に任せます。皆さん、お疲れ様でした』


 作戦所要時間は、わずかに一時間だった。あまりの早さに、決戦支援に向かっていたアーシュオンの超兵器オーパーツ、ナイアーラトテップも交戦を放棄して撤退していったとのことだ。


「さて、と」


 レオナは立ち上がる。私も何故かつられて立ち上がった。


「もうちょっといたらいいのに」

「いいのかい?」


 やや食い気味にレオナがいてくる。私はのけぞりつつアルマとレニーを見た。


「話したいことは沢山あるし……。レニー、いい?」

「もちろん」


 レニーは目を細めて微笑ほほえんだ。

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