02: ガールミーツガールズ

02-01: ルームメイト

 私がエディタと出会った二日後に起きた、ヴェーラ・グリエールの未遂事件。ヴェーラは同居していたレベッカ不在の隙をついて、邸宅に火を放ったのだ。ヴェーラ自身は救出されたものの、現在意識不明の重体だということだ。


 国家は揺らいだ。ヴェーラとレベッカ、誰が何と言おうと、この二人によってこのヤーグベルテという連合国家は守られていたからだ。その双璧の片方が崩れた今、その全ての負担はレベッカに向かう。


 その好機をアーシュオンが逃すはずはなかった。


 アーシュオンは同時多発的な波状攻撃をヤーグベルテの広大な領土に仕掛けてきた。優先順位プライオリティをつけて対応しようにも、防衛体制がレベッカ一人頼みでは、レベッカは統合首都から離れることはできない。もはや国家防衛のシナリオは破綻していた。エウロス飛行隊を初めとする超エース部隊である四風シフウ飛行隊――すなわち、ノトス、ボレアス、ゼピュロス、そしてエウロス――も八面六臂はちめんろっぴの活躍を見せていたが、それでも超兵器オーパーツが出てくると戦況は一転不利になってしまった。


 そんな危機的な状況ではあったが、ヤーグベルテ統合首都の士官学校に私は入学した。


 夏の終わり、秋の始まりの頃合い。寒くもなく暑くもない、とても快適な気候だった。飛行機から降りてまずはそれに安心した。


 士官学校に隣接する学生寮のロビーで説明会オリエンテーションを受けた私たちは、それぞれに部屋のカードキーを受け取ってから部屋に向かった。私の部屋の間取りを見るに三人部屋だが、他の部屋に比べてかなり大きかった。私の待遇はかなり上級で、それはヴェーラやレベッカが位置づけられているD級ディーヴァに次ぐ、S級ソリストの階級に準じたものだった。


 部屋に入るとそこにはすでに荷解にほどきをしている人がいた。


「よっ、マリー! 待ってた!」


 見事なストロベリーブロンドの髪に、黒と青のメッシュを入れた活動的な服装の女子が私に抱きついてきた。そのほとんど金色の明褐色の瞳は、吸い込まれそうなほどキラキラしている。そしてその肌の露出度に私は少し引いた。胸は谷間がバッチリ見えていたし、丈の短いシャツからはおへそが見えている。ローライズな上に短いジーンズからは生足がこれみよがしに自己主張していた。


「もしかして、アルマ?」

「うんうん、あのアルマ様だよ、マリー!」


 わぁ、私と正反対の属性かもしれない、この子。根暗系な私に対して、アルマはまるで太陽のようだ。


「マリーに会えるのが楽しみで、ほんっと昼以外眠れなかったよ!」

「むしろたくさん寝れてるじゃん……」

「そういうボケっとしたツッコミもゲームのまんま! いやー、会えて嬉しいよ、マリー」

「よろしく、アルマ。私、マリオン・シン・ブラックっていうんだ」

「マリオンか! でもマリーでいいよね」

「うん」


 アルマは私の手を握って離さない。スキンシップに慣れていない私は、少なからずドキドキしている。


「いやぁ、カワイイねぇ、マリーってめっちゃかわいい」

「え、いや、そんなことない」

「そゆとこもさぁ、こう、守ってあげたくなっちゃう」

「もー」


 アルマの性格はなんとなく把握できていたが、正直ここまで距離が近いとは思っていなかった。


「あらあら、ようこそ、マリー」


 奥から姿を見せたのは、士官学校二年生にして――つまり人々に知られるようになってまだわずか一年にして、エディタと早くも人気を二分しているとも言われている歌姫セイレーン、レネ・グリーグだった。もちろんよく知っている顔だ。立体映像投影装置テレビで見ない日はないくらい、レネの人気はすごかった。


 明茶色の髪と茶褐色の瞳は、室内灯あかりを受けて透き通らんばかりだった。全体に儚げな印象の彼女は薄緑色のTシャツと黒いジーンズというラフな格好で、アルマの荷解にほどきを手伝っていた。


「私はレネ・グリーグ。レニーでいいよ。今日から同室。よろしくね」


 レネはそう言って手を差し出してくる。私はそれを握り返しながら言った。


「何回かAPでご一緒したことがありました」

「覚えているわ。あの頃からあなたの力は凄いものがあったわ。アルマもね」

「でも、あなたの」

「レニーと呼んでね?」

「あ、えと、レニーの能力が高すぎて、運営が慌ててレベルキャップを解放したって噂もあります」

「それは嘘よ」


 レニーは上品に笑った。レニーは「金の美姫」という二つ名で呼ばれることもある。士官学校に入って一年目の時点でもう恐ろしく有名人だった。それは初のS級歌姫ソリストだったからという理由だけではない。


「あのゲームはそもそもD級ディーヴァが対応できるように作られているものだもの。私がどうこうなんてのはありえないよ」

「そうなんですか」


 正直、私はその噂をすっかり信じていた。だからちょっとだけガッカリした気持ちになった。


「さて、マリー。荷物片付けるぞ」

「あ、うん」 

「って、荷物少ないな! これだけ?」

「うん。施設ではほとんど私物の所持は認められなかったから」

「酷い施設!」


 アルマは憤慨する。そこにレニーが奥の荷物を親指で指し示しながら言う。


「アルマもそんなにないじゃない」

「あたしも施設育ちだからね。ま、どこも似たようなもんか」


 戦災孤児の数は今や凄まじい。戦災孤児ビジネスなんていう言葉が成り立つほどに、戦災孤児は大勢いた。そしてその結果どうなるかというと、「戦災孤児収容施設」が乱立する。サービスレベルなんて二の次、三の次の施設が。孤児を使って補助金をせしめることだけが目的の施設なんて、たぶん枚挙まいきょにいとまがないし、その数とニーズが多すぎて役所の対応も後手後手になる。


 私のいた施設も、その手の法人が運営していた。そして私たち当事者には、施設を選ぶ権利なんてなかった。


「あなたたちのベッドはここ。二段ベッドだから上下は二人で決めてね。料理とか掃除とか、私が不定期に呼び出されるから確約はできないけど、上手に三人でやっていきましょうね」


 レニーはテキパキとそう言うと、キッチンへと向かった。


「コーヒー飲める?」

「あたしブラック飲める」

「わ、私だって」


 思わず意地を張ってしまったが、そもそもコーヒーを飲んだことがない。施設で飲めたのは水と牛乳だけだ。


「インスタントしかないんだけど、ごめんね。ちょっとソファに座って待ってて」


 三人掛けのソファが二つ直角に置かれていた。両ソファの反対側の角の先に、大きな立体映像投影機テレビが置かれていた。今はワイドショーが流れていて、ヴェーラの自殺未遂のとやらについてまことしやかにしていた。

 

 私のとは別のソファにアルマが腰を下ろし、その映像を睨んでいる。


「あたしたちのヴェーラをゴシップのネタにするのが許せないよ。ねぇ、マリー」

「視聴者が求めるから、ワイドショーは見世物ショーをやるんだよ」

「お、達観してるねぇ、マリオン先生」


 アルマの言葉を聞いて私は肩をすくめる。アルマは難しい顔を私に向けて言った。


「この国は戦争さえも娯楽エンタメにしてきたからね」

「殺し合いの生中継が、何よりも視聴率を取れるってね。放送倫理審議会BPOも視聴率には勝てないのかな」

「政治だよ、マリー」


 政治、か。


 私にはわからない世界だ。


「さ、コーヒーよ。どうぞ。紙コップしかなくてごめんね」


 レニーは紙コップを私とアルマの前に置き、自身はアルマの隣にマグカップを持って腰を下ろした。


「明日から授業だっけ?」

「はい。って、ぶふっ」


 私はその液体のあまりの苦さに涙目になった。香りと味が一致していない、そのギャップにも苦しんだ。そんな私を見ながら、アルマが悠々と飲んでいる。


「マリオン提督のお口にはまだまだお早かったようで」

「そ、そんなことないもん」


 私は意を決して二口目を口に含んだ。


 苦い……。


 私はかろうじてそれを飲み込むと、紙コップをテーブルに置いた。これは飲みきれませんぞ……私は妙な口調で自分に確認する。


「砂糖とミルクを入れてみる?」

「ふ、ふぁい……」


 レニーの提案に頷く私。それはほろ苦すぎるコーヒーデビューだった。


 かろうじてコーヒー(砂糖とミルクたっぷり入り)を攻略し終わった時、ワイドショーが物々しい音を立てて、臨時ニュースに切り替わった。


『お知らせします。これより第二艦隊が戦闘に入ります。これは、92年カルテットのデビュー戦となります。従来通り、本戦は中継されます。今回からはレベッカ・アーメリングの他に、エディタ・レスコらのも聴くことができるでしょう』


 楽しみですね、と言わんばかりのそのアナウンスに、私は確かに苛立った。

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