01-03: 妖精との対面

 私は孤児だ。親も親戚もみんな二〇八四年に起きた八都市空襲に巻き込まれて死んだ。私は四歳だったから、その時の状況はあまり覚えていない。ただアレミアという都市が地図から消えたことだけは、なぜか理解できていた。


 そこからは今に至るまで施設で過ごしている。わけもわからぬままにお母さんとお父さん、お兄ちゃんも失った私は、平和とも豊かとも言えない日々を送っていた。


 私の中の世界が変わったのは、私が八歳の時だ。


 ヴェーラ・グリエールとレベッカ・アーメリングという二人の歌姫がヤーグベルテに突如現れた。人々は圧倒的な歌声を持つ二人を「ディーヴァ」と呼んだ。しかし二人はではなかった。


 というシステムを操り、超巨大戦艦を操る能力を有する歌姫セイレーン――それが二人の正体だった。その時一世紀半ぶりに現れたがセイレーンEMイーエム-AZエイズィ、および、ウラニアだった。そしてヴェーラとレベッカは、たったの二人で、アーシュオンの三個艦隊を壊滅させたのだ。


「すごい」


 施設のテレビにかじり付くようにして、私たちはその中継映像を見つめていた。ヤーグベルテの国民にとって、戦闘のライブ映像というのはすなわ娯楽番組エンターテインメントだった。おぞましい殺し合いなのに。


 しかしそうと分かっていても、私はこの戦闘だけは目をらすことができなかった。薄緑色オーロラグリーンに輝く白銀の戦艦は、それほどまでに美しかったからだ。


 しかし敵は百五十隻にも上る大艦隊。こちらは超巨大戦艦とはいえ、たったの二隻。圧倒的に不利なのは、八歳の私にも理解できた。戦いは、数なのだ。小学生時分の私だって、そのくらい知っていた。


 敵の艦載機が雲霞うんかのごとく押し寄せてくる。だが、そのほとんどが不可視の盾によってはばまれた。防御を突破した数発のミサイルも、艦に備え付けられた迎撃装置によって叩き落されてしまう。……相手になっていなかった。


 艦載機のほとんどを撃破してしまった二隻の戦艦は、無慈悲にもそれぞれの艦首装備、雷霆ケラウノスアダマスの鎌ハルパーを照射し、アーシュオンの艦艇百隻以上を蒸発させてしまった。


「こんなことができるなんて」


 アーシュオンには超兵器オーパーツと呼ばれる兵器が、大別して三種ある。超高機動戦闘機ナイトゴーント、変形誘導爆弾インスマウス、強襲潜水艦ナイアーラトテップ、だ。ヤーグベルテはそれらに全く手も足も出なかった。


 しかし、今回のこの戦いを見ていると、もしかするとそれら超兵器オーパーツの撃退すら叶うのではないかとさえ思えた。


 その姿に、周りの大人達は、いや、私も。みな、熱狂した。


 何しろ私たちは八都市空襲の以前からアーシュオンの本土爆撃に苦しめられてきたからだ。決定打となったのは八都市空襲。それ以来、ヤーグベルテの旗色は一瞬にして急激に悪化し、国家全体に厭戦えんせんムードがただよい始めた。


 だが、そこにきてこの二隻の戦艦のお披露目ひろめ作戦だ。


 完膚無きまでの打撃。圧倒的な勝利。そこには国民の誰もが諦めかけていたというものがあった。八都市空襲から四年。ヤーグベルテはようやく国家国民を守り得る盾を、剣を、手に入れた。


 これでやっと、アーシュオンにができる。


 そう考えたのは幼い私だけではなかった。


 海軍への入隊者が爆発的に増えたのもこの時期だった。そして同時にリリースされたのが、このAPアルス・パウリナというゲームだ。


 そして二〇九五年の現在、私は士官学校への入学を前に、APにて最後の調を行った。それが先程のアルマ、そしてレオナとの共同作戦だ。これにより、私たちの士官学校での待遇が決まると言っても良い……らしい。


 筐体きょうたいから降りた私を待っていたのは、クラスメートたちと教師、そして――。


 とも呼ばれている士官学校三年、歌姫養成科第一期生、エディタ・レスコだった。秋には重巡洋艦アルデバランを与えられ、正式に艦隊に配属になる……それは誰もが知っている情報だった。


 私はエディタのあまりの美しさに一瞬目がくらんだ。立体映像投影装置テレビで見た時以上の圧倒的なオーラを受けて、私は確かにひるんだのだ。肩口に揃えられた白金の髪プラチナブロンド、そして、地球のように青い瞳。整いすぎて恐ろしいほどに美しい顔かたち、士官学校の制服の上からでもわかる均整の取れた引き締まった身体。


「君がマリオン・シン・ブラックか」


 エディタは私の前に歩いてきて手を差し出した。身長はエディタのほうが少し高い。だけど、そのスタイルのあまりにも人間離れした完璧さを前にしてしまうと、私は何も言えなかった。


「私はエディタ・レスコ。君の三つ上の先輩になる予定だな」


 私は服のすそでいそいそと手を拭いてから、エディタのその手を握った。柔らかくて温かい手だと思った。


「……ということだが、君はいいのか」

「いい、とは……?」


 もごもごと言い返す私だ。エディタは私にはまぶしすぎた。その美しさは、ヴェーラとレベッカにも並ぶと言われていたし、実際にこうして目前にしてみるとそれもそうだと納得せざるを得ない。


「このAPアルス・パウリナで優れた戦績を残した者は、士官学校に好待遇で入ることができる。君のような身寄りのない者には、おそらくそれは最も現実的な選択になる。だが、それでいいのか。君は納得しているのか」

「私は……アーシュオンから人々を守れる力が得られるのなら、そうしたい、です」

「復讐のため、ではなく?」

「それも」


 私は唾を飲み込む。


「それも、あります」

「正直でいい」


 エディタはようやくその表情をやわらげた。


「復讐心がないなんてやつを私は信用しない。だが、復讐心を満たすために何かをしようというやつも、私は信用しない」

「私は……」


 みんなを守る力が欲しいと思う。アーシュオンの脅威を退ける力が欲しいと思う。


「ヴェーラやレベッカと一緒に戦って、この国を守りたいんです。あなたのように」

「私はまだ実戦は未経験だがね」


 エディタは肩をすくめる。そんな何気ない所作しょさですら、うっとりするほどサマになっていた。エディタは遠巻きにしているクラスメートや教師を一瞥いちべつしてから、私に改めて向き直った。


「これ以上アーシュオンの好きにはさせない。私たちがその抑止力になる。そして、ヴェーラとレベッカを支えられる力になりたい。君も私たちと共に来てくれるというのなら、私は歓迎しよう」

「士官学校に行きます。許されれば、もちろん共に戦いたい」

「うん」


 エディタは頷き、私の左肩あたりを軽く叩いた。


「私は半月後には配属される。君は一月ひとつき後には士官学校一年だ。そうなったらもう、後戻りはできないぞ」

「私を止めたい……のですか?」

「いや」


 エディタは少し慌てたように首を振る。


「私は軍の依頼でここに来ていてな。君の決意のほどを確認しに来たという、ただそれだけだ」

「施設からもようやく出られます」


 私は教師たちに聞こえないように、小声で言った。エディタはまっすぐに私を見つめて、やっと微笑んでくれた。その威力たるや凄まじく、鼻血でも出てしまうのではないかというくらいに、顔面に血液が集中した。


「来月から、君の生活の一切は軍、いや、国家が保障する。何に気を使う必要もない。三年後に私と共に闘ってくれること、約束事はそれだけだ」

「はい!」


 私は頑張って声を出す。思いのほか大きな声が出てしまったが、エディタは頷いてくれた。


「これからアルマとレオナにも会ってこなければならなくてね。忙しいといったらない」

「二人にですか! 私も会いたい」

「来月には同じ寮で寝起きすることになるさ。楽しみにしているといい」


 一ヶ月もAPが出来ないのは、サービスが開始されてから初めてだった。もちろん学校教育の中でやっていたゲームだったが、夏休みや冬休みでもほとんど毎日のようにログインしていたのだ。自分の戦術力や指揮能力がリアルに評価され、伸びていくことが楽しかった。出力されるその数値は、どれほどの人を守れるのかを表しているように、私は感じていた。


 そしてその数値が大きければ、ヴェーラやレベッカ――誰もが憧れる歌姫ディーヴァ――と並び立てるかもしれない。そういう邪念もなくはなかった。


 つまり、何がどう転んだとしても、私は士官学校に行きたいと思っていた。


「それでは」

「はい! お気をつけて!」


 エディタの敬礼に、私は見様見真似で応じた。


 エディタは「ふっ」と笑うと、きびすを返して颯爽さっそうと教室を出ていった。


 私は教室に鎮座しているAPの筐体きょうたいを軽く撫で、ふぅと息を吐いた。


 これは私と士官学校を繋げてくれた大切なマシンだ。


 何もできないと日々泣いていた私に、力と希望を与えてくれたマシンだ。


 士官学校に入学するその日が、待ち遠しくて仕方がなかった。


 しかし、その矢先――国家を揺るがす大事件が起こったのだ。

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