01-02: トライデントとクサナギ

 アルマとレオナが口々に言った。


『エウロス呼ぶのか!』

『そんなカードいつの間に』


 無理もない。エウロス飛行隊といえば、ヤーグベルテの誇る最強の航空戦闘部隊だ。指揮官である「空の女帝」カティ・メラルティン大佐は、史上最強の戦闘機乗りとさえ言われている。このゲームでもエウロス飛行隊は最強の増援カードとして君臨していた。


 しかし、今まで誰も使用したことがない、はずだ。なぜなら動員コストが高すぎるからだ。ゲームを通じて少しずつ溜めていったポイント。三年かけて溜めたポイントを使ってようやく召喚できるレベルだった。


「エウロス飛行隊は航空戦力駆逐後、敵艦隊への攻撃を実施!」


 二十四機のエウロス飛行隊。その先頭にいる赤い戦闘機。それがカティ・メラルティン大佐の機体だ。大佐は現実リアルの戦場でも、全ての敗北をひっくり返してきた。エウロスが間に合った戦場では、その全てにおいて最終的には逆転勝ちを収めているのだ。


 まして、我が国の国防の双璧、ヴェーラ・グリエールとレベッカ・アーメリングの二人とこの空の女帝が組み合わさった時には、アーシュオンの数個艦隊であろうと鎧袖一触がいしゅういっしょくだった。


 そしてそこに、まもなく士官学校を卒業する「92年カルテット」と呼ばれる四名のメンバー以下、第一期歌姫養成科卒業生が加わることになる。歌姫艦隊の誕生まで、現在すでに秒読み段階にある。


 かくいう私も、秋には士官学校に入る。このゲームは歌姫セイレーンとしてのを兼ねている……なんて噂もあったりする。


『エウロス現着、航空戦を開始する』


 メラルティン大佐の声が響いてくる。すごい臨場感だ。


「レオナ、対空戦闘中止。空はエウロスに任せて。対艦戦闘に入るよ」

『了解、マリー提督。レオナ班、全艦、対艦戦闘用意!』


 現在確認できる敵は、航空母艦を中心とした通常艦隊だ。だが、このゲームがそんな易しい戦場を用意してくれるはずがない。何しろここは最高ランク「S」の戦場だ。エントリーが許可された歌姫セイレーンも一級以上の者しかいない。


「絶対何かある。アルマ、警戒を強めて」

『はいよ、提督。ナイアーラトテップあたりが潜んでるな』

「うん。アルマは水上艦を。私の班が対潜戦闘を担当する」

了解アイ・コピー


 ナイアーラトテップ、一般的には「クラゲ」と呼ばれる強襲潜水艦は、高度な隠蔽ステルスシステムを有している。並の電探レーダーでは探知できた時には極至近距離。そうなると対応は不可能だ。


 そこで使われるのが「セイレネス」だ。さしものクラゲナイアーラトテップといえど、セイレネスの薄緑色オーロラグリーンの輝きから逃れることはできない。


「不意さえ打たれなければ大丈夫!」


 私は意識を集中して海域を探る。


 アルマの部隊と敵艦隊が熾烈な砲撃戦を開始する。航空攻撃はエウロスによって完封状態だったが、敵艦隊は数が多い。彼我の戦力差はざっくり三倍だ。


 探せ、探せ……。


 私は意識を集中する。海の中に潜り、海面の戦闘を感じながら目を見開く。今の私はアクティヴソナーだ。戻って来るを冷静に感じ取る。


 ひずみがある。かなり微細なものだったが、私はそれをとして認識した。


M量産型ナイアーラトテップ、五! 一時の方向にニ、および九時の方向に三! 座標を送る!」

『クラゲが五隻か! こりゃきつい』

『水上戦闘もなかなか苦戦中。マリー提督、どうする』


 レオナの問いかけに、私は一瞬考える。


「クラゲが五隻ということは、おそらく通常艦隊全体がデコイだと思う。クラゲは味方殺しも平気で行うユニットだから、乱戦を維持するのはよくない」

『後退?』

「ううん。中央突破」


 私の言葉にアルマが反応する。


『マジかよ! この分厚い防衛ラインをクラゲ到達前に抜けろって?』

「後退する方がリスクがあるよ。こっちの歌姫セイレーンたちの損耗も大きい。私とアルマが前に立つ。レオナは最後尾しんがりを!」

『リスキー!』


 アルマが口笛を吹いた。どこか楽しそうだ。


了解コピーだよ、マリー。私はマリーとアルマの砲撃戦を支援する』

「敵の旗艦を一撃で落とす。アルマ!」


 私は戦艦ネプチューンに搭載された砲撃システム・トライデントを起動させる。これは、ヴェーラ・グリエールの戦艦、セイレーンEMイーエム-AZエイズィに搭載され、世界を震撼させた武装・雷霆ケラウノスのレプリカだ。私はヴェーラほどの歌姫セイレーンではないから艦隊を吹き飛ばすほどの威力は出せまい。だが、旗艦を狙うくらいならわけはない、はずだ。


『アルマより提督。システム・クサナギ、準備完了レディ。……初使用だけど大丈夫かな、これ』

「信じるしかないでしょ、アルマ。同時使用で一気に活路を開く!」

『レオナ班、陽動用の砲戦ドローンガンナー射出。エウロス飛行隊と共同で立体戦闘に持ち込め』


 エウロス飛行隊は半数がまだ制空戦闘を行っているが、どう見ても圧倒していた。空の女帝も含めた残り半数はありったけの武器を敵艦隊に叩きつけていってくれる。そこにレオナの展開した砲戦ドローンガンナーがパルスレーザーや小型ミサイルを打ち込んで行く。敵の艦隊の足が乱れる。


 そこに私のトライデントと、アルマのクサナギが、超高出力エネルギーを撃ち放った。視界を白く塗りつぶすほどの輝きが艦首から放たれると同時に、敵の護衛駆逐艦もろともに旗艦が消し飛んだ。


 その威力はかつて見た、ヴェーラとレベッカので使われた雷霆ケラウノスアダマスの鎌ハルパーにも匹敵した。


『この威力……!』


 アルマの声が上ずっていた。無理もない。私は言葉も出ない。二隻の戦艦から放たれたエネルギーは、敵の艦隊の八割を飲み込んだ。画面の端に敵の損害状況がずらりと表示されるが、もはや見るまでもなかった。


『マリー、クラゲはどうなった?』

「ちょっと待って、レオナ」


 クラゲの接近が二十キロの地点で止まっていた。


 そこでピコンという音と共に、戦績評価がプラス1された。迅速な敵艦隊の撃破によって、ナイアーラトテップが撤退した――と書かれている。


 そして「ミッション完了」と表示され、戦績評価の内訳がずらりと表示されていた。今回が差し引きプラス2。エウロスを召喚したことと、トライデントとクサナギを使う決定をしたことが特に大きく評価されていた。


『おつかれっした、マリー提督』

『おつかれさま。マリーの指揮はヒヤヒヤするけど、いつも結果オーライなんだよね』


 アルマとレオンがねぎらってくれる。


「二人がいてくれるからできることって沢山あるんだよ」


 いつもこの二人が一緒というわけではない。マッチングの関係もある。ただ、私たちは数少ない上位の歌姫セイレーンだったから、タイミングさえ合えばマッチングの確率はかなり高かった。


「次はまだ授業があるからそろそろ行かないと」

『午後授業だりぃ』

『了解。私は今日はここまで。勉強しなきゃ』


 レオナが言うと、アルマが「勉強?」と不思議そうな声を出す。


『あたしたち士官学校行きでしょ。あのエディタと同じような進路決定だよね』

『そうは言うけど、アルマ。知識は武器にもなれば鎧にもなるんだよ。しっかりやらないと』

『はいはい、真面目真面目。ま、そういうところ嫌いじゃないけどさ』

「ごめん、時間だから行くね」

『うぃっす』

『あ、もう五分か』


 私ももうちょっと会話を楽しみたかったが、このゲーム、システムの仕様で、戦闘終了から五分間しか通話ができない。私は「じゃあね」と告げて、巨大な黒い筐体きょうたいから出た。

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