反逆のオラトリオ~絶命の歌声が響く戦場で、私は蘇りし灼熱の歌姫との決戦に挑む~

一式鍵

01: 士官学校、入学前夜

01-01: VRゲーム「アルス・パウリナ」にて

 家族を戦争に差し出した人は、その戦争に意味を求めようとする。無駄死にだって思いたくないがために、戦争に価値を持たせようとさえする。


 私は浮かび上がるバーチャルコンソールを両手で叩きながら、どこか集中できずにいた。


 私の視界は青一色。夏の終わり、昼下がりの雲一つない空、その下に広がる一面の海。作られた映像ではあるけれど、それはとても美しかった。


 戦闘開始まであと数分といったところだと、私は経験から知っている。電探レーダーには何も映っていないが、こんなものは最初からアテにしていない。


 息を吐く。VRヘルメットのバイザーがほんの一瞬だけ曇った。


 戦争に家族を殺された人もまた、その戦争に意味を持たせようとする。ただの殺し合い。……そんなものに巻き込まれただけだなんて信じたくないから。


 そして憎しみの炎を燃やす。戦争に意味なんてない。戦争に価値なんてない。そんなこと、本当はちゃんと理解しているからだ。だから憎む。死者を思うからこそ、憎む。憎まずにいられないのは、愛するが故だ。だから、憎む。本能が、そして理性が、憎む。


 私もそうだ。あの八都市空襲で家族も家も、皆焼けた。友達も例外なく全員死んだ。アーシュオン──彼らがやったのだ。基地があったわけでもない私の街は、インスマウスと呼ばれる爆弾一発で蒸発した。私はたまたま助け出されたに過ぎない。


 運が良かっただなんて思わない。私は──。


『マリー、集中!』


 鋭い声で現実に叩き戻された私は、眼前に展開する敵の大艦隊に息を飲んだ。前方約百キロの位置にいるのは三個艦隊規模のアーシュオン連合艦隊。


 今、私のは艦隊上空数百メートルのところにある。そろそろ会敵だと思って偵察用ドローンスカウターを飛ばしてあったのだ。


 本来艦隊の目になってくれるはずの電探レーダーはアーシュオン艦隊が隠蔽ステルスシステムを展開していることもあり、もはやただの飾りだった。


 そしてこれだけ距離があると、水平線に飲まれてしまって艦上からの直接目視確認は不可能だ。結局は偵察用ドローンスカウターを用いた上空からの目視が一番信頼できる確認手段だった。


「アルマ、ありがと」


 呼びかける。声とファーストネームと同学年であることくらいしか知らない友人だ。どこに住んでいるのかとか、何色の髪をしているのかとか、何も知らない。プレイヤーたちはリアルな知り合いを除けばゲームの中以外での接触はできない。


「司令官より全艦。全速前進! アルマ、防御任せる」

了解アイ・コピー。今回はそっちが提督だからね』

『私は? いつも通り対空警戒でOK?』

「それでお願い、レオナ」

はいはいアイ・マム


 アルマもレオナも強力な指揮官級だ。ジュニアハイに入る前から三年以上、何度もこうして戦列を共にしている頼れる相棒たちでもある。指揮官級の下には三級から一級までの歌姫セイレーンたちがいる。


 もちろん三級から指揮官級にのし上がることも可能だが、実際には狭き門だ。だが実際は三級にすらなれないプレイヤーも大勢いる。三級になった時点である意味「選ばれし者」なのだ。


 参加者のうち指揮官級の能力があるプレイヤーの中から一人が提督に任命される。そしてこのゲームのプレイヤーは歌姫セイレーンと呼称されている。提督および指揮官級がヤーグベルテの艦隊を率いてアーシュオンの艦隊を撃滅する、言ってしまえばそれだけのゲーム――アルス・パウリナ、通称AP――だ。


 このゲームを未成年にプレイさせるのは今やとなっている。未成年――特に遺伝子的な意味での女子に、だ。男子でもプレイはできるが最下級の階級である三級になれたプレイヤーすらもほとんどいないとのことだ。


 現に私は今、、こうして筺体きょうたいに乗せられている。筐体は黒く巨大なはこのようなもので、中はほとんど暗黒だ。小さなランプが明滅している他は、モニタの類もない。VRヘルメットをかぶることで視覚と聴覚をカバーする。もはや手慣れたものだ。


 この国策は、歌姫セイレーンを集結させた艦隊、通称を組織するための選抜と訓練を兼ねている。ゲームで優秀だと判断されれば、士官学校の歌姫養成科に入ることができる。そして、憧れの歌姫セイレーン、ヴェーラ・グリエールやレベッカ・アーメリングと共に、アーシュオンと戦えるという特典付きだった。


 私は今や、ヤーグベルテ全土でも指折りの歌姫セイレーンだった。こと同学年、ジュニアハイ三年の中では、私とアルマの戦績は控えめに見ても群を抜いていた。このゲームにおける殿堂入りを果たしているエディタ・レスコやレネ・グリーグすら凌ぐ能力だなんて、ネットでは言われているらしい。


 このゲームはどちらかというと集団戦の能力が重視されているが、歌姫セイレーンとしての能力による個人技も無視できない。戦績によって開放させられてきた「モジュール」というものの組み合わせで各種のスキルを発動させるのだ。使い所を間違えなければ、状況を一変させることすらできる。


 レオナが声を張る。


『敵攻撃機アタッカー、確認! 対空戦闘用意!』


 レオナが操作しているのは対艦能力を捨て対空AA戦闘に特化した防空重巡洋艦ペガサスだ。彼女は歌姫セイレーンとしてのスコアは私たちほどではないが、多対多の駆け引きが最高に上手い。


「全艦隊、砲撃戦、開始!」


 私は乗艦である戦艦ネプチューンを先頭に押し出した。が、すぐにアルマの戦艦ヤマタノオロチが私を追い越した。


『前に出過ぎ! 守れないぞ』


 戦績評価マイナス1――判断ミスがシステムによってチェックされる。これらの合計点が最終的なスコアになる。これがかなりシビアで、プラスよりもマイナスになることの方がむしろ多い。


 アルマが私の艦の前で砲撃態勢に入った。


『マリー、敵の砲撃を凌いだらカウンター!』

「あ、うん」

『頼むよ、提督っ!』


 アルマはそう言うと戦艦ヤマタノオロチを発光させた。それに伴ってアルマの指揮下にある駆逐級以下の艦艇も薄緑色オーロラグリーンに輝き始める。歌姫セイレーンは皆、このような現象を発生させられる。この薄緑色の輝きは、「セイレネス」と呼ばれるシステムの出力が、ある一定のラインを超えると発生する。そもそもこれができないと三級にもなれない。できるようになるかならないかが、何を基準に判断されているのかは公式には明らかではなかった。


 その薄緑色オーロラグリーンの輝きが海域を覆った直後に、アーシュオンの艦艇による怒涛どとうの砲撃が襲ってきた。


「アルマ、守れる? レオナは、どう?」

『誰に言ってるんだい。インスマウスでも持って来いってんだ!』

『対空戦闘はいまいち。新型の動きにみんな追いつけてない』


 レオナの声には少し焦りがある。重巡ペガサスはともかく、防空駆逐艦たちを操っている歌姫セイレーンたちが完全に手玉に取られている。


「ナイトゴーント、かな?」


 敵の新型兵器なことは間違いないが、見たことがない攻撃機が飛んでいる。機動性が化け物だ。対空砲がことごとく回避されてしまっている。


『マリー、こっちの防空網に穴が空き始めた』

「増援のカードを切る!」


 私はすぐに決断した。増援ゲージも溜まってきた。私が今まで蓄積してきたポイントを乗せれば、最大級の支援を召喚することができる。どうせ溜めておいても無駄になるポイントだ。使うなら今だ。


『このフェイズでの増援要請って、戦績評価に影響出るんじゃ?』

「プラスになるかもしれないし」


 レオナの心配はもっともだ。だが、ここで航空攻撃による被害が拡大するほうが大きなマイナス評価になるだろう。


「カードを切るよ。増援要請!」


 私はバーチャルコンソールを操作し、エウロス飛行隊を選択して増援要請コマンドを実行した。

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