第7話 先行ッ!白い幻影──ッ!

 外側いっぱいを弧を描くように曲がるMOMO太郎と、インベタで曲がる鬼ヶ島連中。その後を追おうにも、一般車を巻き込む恐れから、減速を強いられるお巡りさん。

 MOMO太郎のグランドは、まもなくコーナーの終盤へと差し掛かります。

 アウトインアウトのラインは、一般車が間に数台いた事で描くことができません。アウトだけを使って曲がる必要があり、立ち上がりの時間を確保できませんでした。

 左足ブレーキによって、なんとかアンダーを殺しながら走りますが、立ち上がりで前へ出なければ勝機はありません。

 対して鬼ヶ島連中はインベタで曲がっています。これは単に最短というだけでなく、MOMO太郎よりも早く加速できる状況となっていたのです。

 走行性能の悪化した鬼ヶ島連中の車ですが、立ち上がりで遅れをとる可能性は十分にあったのです。

 焦燥により額に汗を浮かべたMOMO太郎の脳裏に、ふとお爺さんのある言葉が蘇ってきました。

『MOMO太郎、B16BにはVTECという機構が備わっている。聞いた事はあるか?』

『いいえ、ありません』

『VTECとは、一定の回転数を超えた時、出力が上がる仕組みだ。詳しい内容は省くが、B16Bだと、6,000回転でVTECが発動する』

『出力が……。それはすごい仕組みです』

『ただし、一度でも回転数を落とすと、立て直すのに時間がかかるデメリットもある』

『それは困ります。どうすれば良いのでしょうか』

『MOMO太郎、お前は昔、カート大会で優勝を重ねた時のことを覚えているか』

『ええ、しっかりと覚えています』

『その時に使った“左足ブレーキ”を活かすのだ』

『左足ブレーキを?あれはただ、姿勢を制御する為に使ったものですよ』

『そうだ。だが、あの技術には“回転数を落とさない”という側面もある。コーナーを抜けた後でも、スムーズな加速が可能となるのだ。B16Bを積んだグランドをしばく時、この技術は必ずお前を助けてくれる。努努忘れるな』

 MOMO太郎はお爺さんとの会話を鮮明に思い出しました。ほとんど無意識に行っている左足ブレーキでしたが、タコメーターを見ると、確かに6,000回転以上を維持していました。

「これなら、立ち上がりで前へ出られる……!」

 鬼ヶ島連中はアクセルを踏み抜いたのか、けたたましい音を立てながら加速を始めました。

 MOMO太郎は加速のタイミングを見極めます。

 まだ、まだ早い。あとコンマ2秒耐えるんだ――

 このコンマ2秒が、MOMO太郎にとっては数十秒に感じられました。

 そして、グランドが出口に向かって真っ直ぐ向いた頃、床を突き破る勢いでアクセルを踏みました。

 鬼ヶ島連中など目じゃない程の、最早爆発音とも言えるような音をかき鳴らしながら、ワープするように加速しました。

 そして、目の前に迫るポールに沿うように出口を抜けた頃――鬼ヶ島連中の先頭車両、そのフロントを掠るようにして、MOMO太郎は先頭へと躍り出たのです。

 バックミラーを見ると、挙動を見出した車と、驚愕の表情をした、“鬼”の姿が目に映りました。

「やっと顔を見せてくれたな、鬼。環状――いや、公道を荒らした落とし前、つけてもらおう」

 MOMO太郎は湊町JCTに向かって走りますが、先ほどよりも明らかに遅いペースになりました。

 わざと減速したのは、彼らに暴れ回る隙を与えない為です。

 この道は今までと違い、二車線区間が長く続きます。鬼ヶ島連中は、車線の真ん中を走るMOMO太郎や、ところどころにいる一般車によりルートを極端に制限されました。結果、自由が効かなくなり、速度を落とさざるを得なくなっていたのです。

 しばらくして、遅れをとったお巡りさんが追いつく事にも繋がりました。

 先頭に“白い幻影”がいることで、右車線を走るように制限されていることを理解したお巡りさんは、同時にMOMO太郎の意図を理解しました。

「白い幻影……。まさか、いや、間違いないッ!鬼ヶ島の進路を制限し、誘導する気だッ!俺を撒き、伝説を生んだあの山へ――ッ!」

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