第6話 白熱ッ!環状線──ッ!

 鬼ヶ島の連中が現れたのは、西船場JCTを走っていた辺りからです。

 ピンク一色の派手な車は、一般車の目の前に割り込んで急ブレーキを踏ませています。

 黒の車体に赤いネオンを輝かせる車も、あわや衝突事故を引き起こすほどに幅寄せをしています。

 メッキパーツを大量に取り入れ、街の光を乱反射させている車は、合流車の侵入を妨害しています。

 そして、先頭のリーダーと思われる存在の車は、マフラーから青い炎と、強烈な破裂音を出しながら直進していきます。

 そして、そのどれもこれもが鬼キャンで、誰が見てもわかるほどのハの字のホイール、低い車高となっていました。

 まさに、やりたい放題です。

 MOMO太郎の一行は、中之島JCTに向かって直進しています。

 一般車は、自分たちの背後から異常な何かがやってきた事に気がつくと、自らの進路を忘れて道を譲ります。

 ですが、鬼ヶ島の連中は速い速度で走っていたため、一般車が道を譲ろうとした頃には、既に抜き去られた後でした。

「で、出たッ、鬼ヶ島――うおッ!?なんだ!?」

 過激な走行をする鬼ヶ島に、一般車が恐怖を抱く間もなく、すぐ隣をパトカー、覆面、グランドが3台並んで抜き去っていきます。

「パ、パトカーと……走り屋ァ──ッ!?」

 そんな一般車に目もくれず、MOMO太郎はただひたすらに目の前の道路を捉えています。

 そして、中之島JCTを右へ……。四車線あった道が二車線へと変わりました。

 緩いコーナーを二つ抜けた後、すぐにキツめの右コーナーが飛び込んできます。

 僅かな轍を踏むだけで、フロントの接地感が一瞬失われる程の速度域。そんな状況であっても、点在する一般車を避ける為にラインを常に変えなければなりません。

 一歩間違えただけで全てが破綻するギリギリの領域ですが、MOMO太郎の表情にはまだ余裕があります。

 それは、鬼ヶ島連中のコーナリングが、想定していたよりも速くなかったからです。

 一般車があることを考慮しても、もう少し速く走れると思っていたものですから、心にゆとりが生まれるのも当然でした。

 コーナーを越えると、すぐに合流があります。そこから再び四車線へ。

 広くなった車線で、鬼ヶ島達が再び一般車の間を縫うように走ります。

 お巡りさんを振り切ろうと、必要のないスラロームを繰り返します。その無謀すぎる走りに、一般車はブレーキランプを明滅させるなど、混乱を極めていました。

 お巡りさんとMOMO太郎は、流石にこれに追従する事はなく、安全で確実なラインを走り抜けました。

 一息入れる間もなく、天神橋JCTがやって来ました。分岐を右へ向かうと、今度は三車線の右コーナーが現れます。

 コーナリングの途中でも道路の継ぎ目は現れ、操舵を乱します。

 ですが、剛性、足回りを強化したMOMO太郎のグランドは、そんな状況でも確実に路面を捉え、前へ前へと引っ張ってくれます。

 そしてやはり、鬼ヶ島連中の速度は少し落ちています。

「そうか、奴らの弱点は――コーナリングだッ!」

 MOMO太郎は勝機を見出したことで、思わず口角が上がりました。

 しかし、ここで仕掛けることはしません。この場は泳がせて、この先のコーナーで勝負を仕掛ける作戦です。

 天神橋JCTを越えると、再び合流、四車線へ戻ります。

 爆音を奏でる鬼ヶ島連中の4台は、暴れ回ったままです。

 そんな彼らの暴走に怒りを覚えるよりも早く、東船場JCTが見えてきました。

 東船場JCTの緩いコーナーを通過し、そのまま高津JCTへと向かいます。

 鬼ヶ島連中の爆音、パトカーのサイレン、お巡りさんの怒号が鳴り止む事はありません。

 そして、高津JCTを左に直進すると、今度は二車線へと変化しました。

 先ほどから変化し続ける車線の数、合流や急カーブによる減速、そして何より、不規則に現れる一般車の存在……。少し走るだけで道の様子は激変していきます。

 MOMO太郎は、お爺さんが教えてくれた「ラインが目まぐるしく変化する」というのはこういう事かと、額に若干の汗を垂らしながら理解しました。

 そして、えびすJCTを環状方面へ向かうため、二車線の道を右に寄ります。

「この道は確か…………」

 MOMO太郎はステアリングをより強く握りました。鬼ヶ島連中を確実に追い詰められると確信したのです。

 鬼ヶ島連中はキツめのコーナーを避ける傾向にあります。それ故、東船場JCTを右に逸れなかったのです。このままでは、えびすJCTを直進され、そのまま逃亡されてしまうでしょう。

 ですが、そんな事はMOMO太郎が許しません。

 車体を左にグワッと、飛ぶように移動させ、アクセルを床いっぱいに踏み抜きました。

 グランドのB16Bは瞬く間に6,000回転を超え、カムが切り替わりました。

 ンバァアアアアアア!という、異次元の爆音を奏でながら、パトカー2台を抜き去り、一気に鬼ヶ島との距離を詰めました。

「こ、ここで行くかッ!白い幻影――ッ!」

 お巡りさんは、横から唐突に飛び込んできたMOMO太郎に向かって叫びました。

 鬼ヶ島達がえびすJCTを直進しようしましたが、その頃にはすでに手遅れで、左手の進路をMOMO太郎によって塞がれていました。

 右に曲がる事を強いられた鬼ヶ島連中は、逃げるようにコーナーへ侵入します。

 松原、天王寺方面への逃亡を阻止する事に成功しました。

 ですが、MOMO太郎は左側から追い込んだ結果、アウト側のラインしか描けない状況です。

 加えて、減速するポイントは遥か後方にあり、このままコーナーへ突っ込めば壁どころか、分岐に突き刺さるように直撃してしまいます。

 衝突寸前であると察したお巡りさんの二人は、曲がるためではなく、止まるためにより強くブレーキを踏みました。幸い後続車はいませんので、その勢いは凄まじいものでした。

 しかし、MOMO太郎のグランドは、まるで曲芸のように恐ろしく、かつ美しいラインを描きながら、アンダーを出すことなく、見たものを魅了するラインで侵入しました。

 今までの走りで得た左足ブレーキを活用したのです。

 その圧倒的な走りは、お巡りさんに過去の出来事を鮮明に思い返させました。

「こ、これが……ッ!これが“白い幻影”の走り──ッ!」

 赤いブレーキランプが線を描くように伸び、吸い込まれるようにコーナーへ侵入していくその姿……。

 この走りはまさしく、山で見せられたものと同じだったのです。

 通常あり得ないラインを描いている為、タイヤへの負担は凄まじいらしく、ギャギャアアア、と激しく鳴いています。

 そして、アウト側から鬼ヶ島連中を追い詰めた結果、先頭車両と並走するほどにまで前進できました。

 インベタを走っている筈の鬼ヶ島ですが、その速度は想像以上に落ちています。

 そう、彼らの車は派手さを求めた結果鬼キャンとなっており、操舵角が制限されていたのです。故に、車本来が持つ走行性能を存分に発揮できていませんでした。キツいコーナーを避けていた理由はここにあったのです。

 キツめの右コーナーを抜けると、直後に左からの合流がありますが、出口付近にポールが並んで狭くなっており、2台並んで侵入できる程の幅はありません。

 ここで前へ出なければ、MOMO太郎のグランドは再びスクラップになってしまいます。

 絶対に引けない領域へと突入です。

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