#3 探偵の黎明③


 そも、『探偵』とは何か?


 隠された真実を見付ける者?

 謎を暴く者?

 犯人を探し当てる者?

 警察と協力関係にあり、頭脳を提供する者?

 秘密結社の怪人と対峙し、宿命の戦いに身を投じる者?


 答えはいずれもNOである。

 見付けるのは隠された真実ではなく、意図して伏せられた事実関係。

 謎を暴くのはプライバシーの侵害。

 犯人を探すような捜査権は皆無。

 警察からはむしろ鼻摘まみ者であり、場合によっては頭脳提供どころか逮捕される側にある。

 秘密結社云々は、現代社会において論ずるに値しないだろう。


「フィクションと現実の乖離が最も激しい職業だよね」


 玄羽より譲渡された案件についての資料をまとめている最中で、鹿山は雑談として向かいに座る芳乃へそう切り出した。


「なに急に」


 芳乃は不機嫌そうだ。いきなり助手につけられたからだろう。

 ご機嫌を伺うわけではないが、彼女の期限を損ねても得することなど一つもない。 

 鹿山はなるべく穏やかな声音で話を続ける。


「いや、『探偵』について考えてたのさ。今から短期間だけ、僕はそう名乗るからね」

「ふーん。じゃあどう名乗るか考えとけば? じっちゃんが名探偵だったからその孫とか、噂の高校生探偵だけど今はワケあって小学生だとか、ベイカー街221B在住だとか」

「ははっ。極めて痛々しいヤツ、という印象以外は与えられなさそうだ。フィクションと現実の区別がついていない者に対し、現代社会人はやたら厳しいからね」


 そして、芳乃が示唆した三人の名探偵は、いずれも創作物の中で活躍するタイプの、いわゆる『フィクションの探偵』である。


「探偵業法――正式には『探偵業の業務の適正化に関する法律』によると、探偵とは『人(法人又は個人)からの依頼を受けて、対価を受け取り、面接による聞込み、尾行、張込み、その他これらに類する方法により、特定人の所在又は行動についての情報を収集し、その結果を依頼者に報告するもの』と定義されているよね。言ってしまえば、金で動くストーカーみたいなものだと僕は思うよ。派手どころかむしろ地味で、華々しさと対極の、陰湿で地道な日陰職」


 それこそが、『現実の探偵』である。

 自由で広大な印象のある『フィクションの探偵』とは違って、『現実の探偵』はどこまでも国の法律やルールに雁字搦めだ。


「逆じゃね。フィクションの探偵がド派手で面白すぎんの。別に探偵に限らず、ほとんどの職業って現実的には地味でつまんないじゃん。でもフィクションに限定すれば、医者だって弁護士だって何だって、やたらと派手で面白い職業に見えるっしょ」

「それもそうか。流石は狐里ちゃん、いい指摘だね」


 あらゆるフィクションがそう見えてしまうだけで、現実においてはほとんど全ての職業が地味でつまらない――芳乃の考え方は、確かにその通りだと鹿山は納得した。


「オイ」


 が、一方で芳乃は射殺すような瞳で鹿山の方へ凄んでいた。


「ん? どうしたの?」



「狐里『ちゃん』だぁ……? 業務中は狐里『先輩』だろうが……!!」



「ははっ。細かいね。これは申し訳ない、狐里パイセン」

「次業務中にアタシをちゃん付けしたら、お前のPCのUSBポートに噛み尽くしたキシリトールガム詰めんぞ……!!」

「非常に現実的で、非常に大迷惑な嫌がらせだ」


 上下関係にうるさいのが芳乃のポリシーだった。

 最近の若者にしては、そういう所内序列に厳しいのか、もしくは相手が鹿山だからこそなのか。


「っつーか、資料まとめ終わったけど。はいこれな」

「手際がいいなあ。ありがとう」


 いずれにせよ、芳乃の事務能力は優秀だった。鹿山が『探偵』について由無し事を考えられるくらいには、スムーズに今回の案件の資料が彼女によって手渡される。


「……浮気調査か。ありがちな案件だね」

「サイゼでドリアぐらい定番じゃん。探偵事務所で浮気調査なんて」

「まあね。てっきりボスは無理難題な案件でも僕に押し付けるのかと思ってたけど、意外とそうでもないらしい。あの人なりの優しさかな?」

「さあ。知らね。普通にアンタがミスったら、ウチの沽券に関わるからじゃないの?」


 成果報酬や成功報酬を謳う業態は、結果だけが全てを肯定する。

どれだけ弱小の探偵事務所でも、依頼人が求めるものを全て提示すれば優秀で、大手だろうと求めるものを与えられなければ卑下される。

 故に探偵として一切キャリアのない鹿山に、そう難しい案件をいきなり玄羽が回すはずもない。

 これは彼の優しさではなく、純粋な打算だ。

 鹿山は資料を束ね、己をそよそよと煽った。

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