第29話 一年の総決算!

「ふざけてる! 良い馬みたいだからよこせだなんて、そんなの盗賊のやる事じゃない! 第一、あれじゃあ結城先生が可哀そうよ。ここまで調教したのは結城先生なのに」


 東京大賞典の日を迎えても、まだ深雪は怒り心頭であった。

 ビヴロストちゃんは私たちの可愛い愛娘なんだから、人にくれてやるなんてもっての外。話を聞いた母も激怒している。


 馬主席でそんな話をしていたせいで、クプアの鈴鹿オーナーが何だか穏やかじゃないと言って寄ってきた。かくかくしかじかと事情を説明すると、鈴鹿オーナーも激怒。そんな馬鹿な話はありえないと大声を張り上げた。


 その声にロマンブライトの若尾オーナーが何事かと寄ってきた。さらに、カリナンの馬主、ゴールドラッシュの馬主、スプリングオペラの馬主、ラッキーユニバースの馬主、ウィンザーローズの馬主が集まってきてしまった。鈴鹿オーナーから事情を聞くと、中央競馬の馬主資格を持っている名古屋競馬場らしい申し出だと口を揃えて言った。


「だが名古屋競馬場の言う『繫殖入り後の事を考えろ』というのはわかるなあ。ロマンブライトもオグリローマンの血だが、もしオグリローマンが一地方馬主の所持であったらこの馬は誕生していなかっただろうからね」


 若尾オーナーの発言に、カリナンの馬主たちはぐうの音も出なかった。

 確かに牡馬なら種牡馬という道はある。そうなれば母系の一部に名前が残るということもある。だが牝馬では良い種が付けられなければ血は絶えてしまうのだ。逆にただ珍しい白毛だからといって良い種牡馬を付けまくった事でGI馬を出すまでに至ったという例もある。それだけ巨大牧場に引き取られるというのは、血の保全という点では巨大なメリットなのだ。

 そこからレースそっちのけで、喧々諤々の議論が巻き起こってしまった。


 だが、若尾オーナーが名古屋競馬場の人たちに賛同した事で、深雪は怒りながらも納得はしたらしい。父もあの馬の子供がどんな馬かが気になると言っている。そもそも競馬というのは『ブラッドスポーツ』と言われていて、そういうものだからと。

 そうなってくると、うちで納得していないのは熱烈なファンの母くらいとなる。


 ビヴロストの事でここまで真剣に意見をぶつけてくれる人たちを目にし、俺は一つの決断をした。


「鈴鹿さん、ちょっとお名前をお借りしますね。名古屋競馬場ともう一度交渉をしてみます。最前線のビジネスマンを舐めた報いを受けさせてやろうと思いますよ」




 いよいよ十五時四十分、東京大賞典の発走時刻が近づいて来た。昼を過ぎたあたりで空から少し白い物が舞ってきているが、馬場状態は良のままである。


 一番人気は断トツでクプア。一強という感じのオッズである。

 ブリーダーズカップクラシックに出走し四着と健闘し、前走浦和記念を勝ったグラデュエイターが二番人気。

 フェブラリーステークス三着、前走シリウスステークスを勝ったライジングバーストが三番人気。

 コリアカップに出走し勝利したニューマーケットと、エルムステーク勝ち馬のモンアウトローが四番人気、五番人気と続く。

 さらにあまり差が無く六番人気にラッキーユニバース、七番人気ゴールドラッシュ。

 そこからオッズは大きく離れて、昨年のJBCレディスクラシック勝ち馬で、今年エンプレス杯を勝ったタイシアサガオが八番人気。

 さらにオッズが離れ九番人気カリナン、十番人気スプリングオペラ。

 もはや大穴と言って良いオッズで、十一番人気ウィンザーローズ、十二番人気ビヴロスト、十三番人気ロマンブライト。十四番人気以下は単勝万馬券となっている。


 母は応援だと言って、クプアとビヴロストから流した三連複馬券を買いこんでいる。少し前まではよくわからないと言って単勝馬券しか買わなかったのに、いつの間に三連複馬券やコンビ馬券を覚えたのやら。

 深雪もクプアから流した馬連馬券にしっかりとビヴロストを入れている。

 俺と父もビヴロストの馬券を購入はしたが、クプアを軸で流した三連複の一目という感じである。



 東京トゥインクルファンファーレの生演奏が終わると、第四コーナーに設置されたゲートに各馬が次々に収まっていく。


 大外タイシアサガオが収まって、ゲートが開く。


 横一線という感じの綺麗なスタートだった。

 やはりというか、カリナンが先頭を主張。それにモンアウトロー、ラッキーユニバースが競りかけていく。

 正面直線の中頃にはモンアウトローとラッキーユニバースは二番手に下がった。その外にはゴールドラッシュが進出。スプリングオペラ、ビヴロスト、ウィンザーローズの三頭がそのすぐ後ろ。その後ろにニューマーケット。あまり間を開けずにロマンブライトとグラデュエイター。その後ろにライジングバーストとタイシアサガオ。そこから少し離れてクプアという隊列。


 一コーナーを回って二コーナーへ。

 今回カリナンの逃げは平均よりやや遅めで、全馬が少し詰まり気味で追走している感じとなっている。そこに少し強い風が吹いて各馬が巻き上げた砂煙が大きく舞った。


 向こう正面直線に入ると徐々にカリナンはペースアップしていく。もしかしたら前で追走している馬たちには気付かなかったかもしれない。だが、後方に待機しているクプア鞍上坂本は気が付いた。それに付いて行く事無く、少し前の馬から離される形となった。


 向こう正面直線を過ぎ三コーナーへ。ここからが長いスパートとなる。

 カリナン鞍上宮本はカリナンを押して一気にペースを上げさせた。それにモンアウトローとラッキーユニバースが並びかけて行き、前三頭が横並びとなった。開いた二列目にスプリングオペラとビヴロストが入り込み、その外にウィンザーローズが並びかけ、二列目は四頭が並んだ。その後ろニューマーケットにもロマンブライトとグラデュエイターが並びかけ三列目も三頭が並んでいる。


 十三頭が団子状態となって四コーナーを回った。残り四百メートルの標識を通過。

 最初に前に飛び出したのは逃げたカリナン。坂本の鞭に答えてカリナンが他馬を引き離しにかかった。モンアウトローの出足が遅く、それに巻き込まれるようにウィンザーローズの仕掛けが遅れる。ビヴロストはゴールドラッシュの内に馬体を合わせて、二頭揃って上がっていく。更に内からはスプリングオペラ、外からロマンブライトとグラデュエイターが追い上げを開始。


 残り二百メートル。

 先頭は未だにカリナン。逃げ切り体勢に入りたいところだろうが、すぐ外二番手に差が無くビヴロストが馬体を合わせに来ている。その外ゴールドラッシュは若干遅れ気味。最内スプリングオペラもかなりの手応えで追い上げて来ている。徐々に着に動きが無くなって来て、このままゴール板まで行くのかと思われた。


 そんな雰囲気を打ち破り、大外から芦毛の馬体が弾丸のように駆け上がって来た。広いコースの中央を、後背に夕日を浴びて、まるで青毛馬のような不気味な影となってクプアが上がって来る。一頭、また一頭とまるで内の馬が下がって行くかのように見える。


 残り百メートル。

 先頭はビヴロストに変わっている。観客席から大声援が轟き響き渡る。大外一気にクプアが襲い掛かる。ウィンザーローズを抜き、スプリングオペラを抜き、ゴールドラッシュに馬体を合わせる。


 ゴール板は目の前。

 先頭はまだビヴロスト。差が無く内でカリナンが粘る。岡崎と宮本が叩き合っている。

 クプアが上がってくる。坂本は人馬一体となって一完歩ごとにビヴロストを追い詰めていく。カリナンを抜き、ついにビヴロストに並びかけた所でゴール板を迎えた。



 正面の大画面にゴール映像が映し出される。


 ……届いていた。


 着順掲示板にも一着にクプアが表示されている。ハナ差の二着ビヴロスト、クビ差で三着カリナン。一着が断トツ一番人気にも関わらず、連勝式、三連勝式の馬券はかなりの高配当となった。


 四着はゴールドラッシュ(船橋)、五着スプリングオペラ(岩手)、六着ラッキーユニバース(北海道)。七着ウインザーローズ(川崎)、八着モンアウトロー、九着グラデュエイター。十着ニューマーケット、十一着ライジングバースト。十三着ロマンブライト(笠松)、十四着タイシアサガオという結果に終わった。

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