第27話 中京競馬場の秋の祭典
十二月に入ると中央競馬もいよいよGIは残り少なくなってくる。チャンピオンズカップ、二つの二歳戦、そして有馬記念。最後にホープフルステークスで一年は終わる。
チャンピオンズカップはここまでかなりの紆余曲折を経ている。
元々は芝の国際招待競争ジャパンカップのダート版という事で、ジャパンカップダートという名であった。その時点では会場は東京競馬場で距離は二千百メートルだった。
前回のJBC競争の説明と同様で、良い馬に来てもらうためにカーニバル方式をと、ジャパンカップダートはジャパンカップの前日に行われていた。ところが、当時の日本の競馬は基本的に芝競争がメインでありダート競争は全く話題にならず、さらにはブリーダーズカップに出走してから来日して出走となると日程がタイトすぎると敬遠される事に。
それを踏まえて開催時期を後ろにずらし、会場も東京二千百メートルから阪神千八百メートルに変更したが状況は変わらず。
結局、国際招待競走は諦め、ジャパンカップという名も辞め、チャンピオンズカップという単なる秋のダート王決定戦となった。春の高松宮記念に次ぐ、中京競馬場二つ目のGIとして開催される事となったのだった。
ジャパンカップが終わり、チャンピオンズカップの事が新聞の記事になり始めると、一つの話題が新聞の記事を賑わせた。今年の地方の三歳世代の質の高さである。
中央競馬の馬が凄いのは当たり前で、その中央競馬の馬が地方に行けば当然のように好走するというのが一般的な見解だろう。仮に地方馬が勝ったとしても、遠征した中央競馬の馬の質が低かったと目される事が多い。ネクストスター競争のような、良い馬には中央競馬への転厩の優遇などという制度があるのだから、地方に残った馬は上澄みを取った出涸らしと思われても仕方ないかもしれない。
今さらなぜ『今年の地方の三歳世代の質の高さ』などという事が記事になったかといえば、JBC競争で地方が沸いていた頃、中央競馬でちょっとした出来事があったからである。
北海道競馬所属のラッキーユニバースがみやこステークスに出走したのだ。
みやこステークスは武蔵野ステークスと並んで、チャンピオンズカップのトライアルに指定されている。中央のダート馬にとっては地方遠征以外の数少ない重賞という事で、毎回選りすぐりのダート巧者が出走している。
今回そのみやこステークスにミルクディッパーという馬が出走していた。八歳と年齢は重ねたが、チャンピオンズカップで二着した事もあり、重賞も五勝しているというダートの古豪である。今年も平安ステークスを勝っており、まだまだ衰え知らずという感じの馬である。
当然のようにミルクディッパーが断トツの一番人気。地方からやってきたラッキーユニバースは全く評価されず十二番人気に甘んじた。
ところがいざ出走したら、果敢に先頭を行ったラッキーユニバースがそのまま先頭を走り続け、直線でもしっかりと伸び、ミルクディッパーを全く寄せ付けずに勝利したのだった。
チャンピオンズカップでは、そのラッキーユニバースをオリュンポス、アウヤンテプイ、スターライラが迎え撃つという形になった。
新聞はそう言って煽ったのだが、観る方は極めて冷静で、いつもの話題作りだと感じたらしい。一番人気はオリュンポス、二番人気がアウヤンテプイ。この二頭で完全に人気を分け合っている。
三番人気は大きく離れてレッドミラージュ、四番人気がパラレルワールド。そこまでが人気所という感じでそこから大きくオッズが上がる。
五番人気はミルクディッパー、六番人気スターライラ、七番人気カルナヴァル。
それ以降はもう大穴扱いというオッズとなる。八番人気にグロッタアズーラ、九番人気パッキャマラード、十番人気ラムセスモカ、十一番人気パッサカリア、十二番人気がライジングイーグル。
ラッキーユニバースは十三番人気。単勝人気は堂々の万馬券。
深雪はこのオッズを見て、ラッキーユニバースは買い時だとはしゃいだ。オリュンポスは確かに強い。だがアウヤンテプイと人気を分けるなら、スターライラとラッキーユニバース、どちらかが割って入るはずと。
俺も同感だった。ただ俺はどっちかというならスターライラだろうと感じていた。
係員がスターターに乗り、赤い旗を左右に振る。それに合わせて関西GIのファンファーレが演奏される。
宝塚記念が固有のファンファーレで中京競馬場が関西のファンファーレというのが、未だにどこか違和感が拭い去れない。それを深雪に言うと、ならば私はアイビスサマーダッシュをGIに格上げして欲しいと言い出した。確かに言われてみれば直線千メートルのGIは楽しそうに感じる。
深雪とそんな話で盛り上がっていると、全馬ゲート入りが完了していた。天候晴れ、馬場状態は良。
ゲートが開くと各馬一斉にゲートを飛び出した。
正面直線の坂の途中からのスタートという、中々に奇妙な位置からのスタートである。そのせいでどの馬も行き足が鈍い。そんな中猛然と先頭に立ったのはラッキーユニバースだった。いつもだとカリナンがいて強固に先頭を主張されるため二番手に控えているが、今回は先頭を譲らない。
坂を上り終えるとやっと位置取り調整となる。
ラッキーユニバースを追う形で、パラレルワールド、パッサカリア、パッキャマラードの三頭が続く。その後ろにライジングイーグルとオリュンポス。先頭集団の後方にラムセスモカとスターライラ。
そこから少し離れて後方集団先頭にレッドミラージュとグロッタアズーラ。その後ろがアウヤンテプイ。さらにその後ろ、後方から四、五番手にカルナヴァルとミルクディッパー。
全馬二コーナーから向こう正面へ。
軽快に駆けていくラッキーユニバース。それを追うパラレルワールドたち。いつものように砂を被らない事で、ラッキーユニバースはかなり気分よく走っている。だがラッキーユニバースのペースが早いというわけでは無い。ラッキーユニバースからミルクディッパーまでは一団という感じになっている。
長い向こう正面直線を過ぎ、さらに各馬は差を詰め始める。
先頭のラッキーユニバースにパラレルワールドたち三頭が並びかけ、先頭が四頭横並びという感じになった。そのすぐ後ろにオリュンポスたち四頭。さらにその後ろに後続集団がひと固まりという体制で四コーナーを回った。
最初に抜け出したのはラッキーユニバース。鞍上石狩の手はあまり動いておらず、非常に手応えが良い事が察せられる。スターライラの鞍上元山が前四頭の外に持ち出し、直線追い上げに入る。ラッキーユニバースの抜けた隙間にオリュンポスが入り込む。
上り坂ではラッキーユニバースの馬力がものを言う。直線に入ってからラッキーユニバースは後続を引きはがしにかかっている。だがオリュンポスがすぐ後ろに食らいついて中々離れない。オリュンポスの外にはスターライラがぴたりと合わせている。
残り二百メートル。
坂を上りきると一気にオリュンポスが上がってきた。ラッキーユニバース鞍上の石狩も必死に鞭を入れるが、その差がどんどん詰まってきてしまう。
さらにそこに大外から一気に黄金の馬体が上がって来た。アウヤンテプイが坂を上り切って一気に加速を開始して来たのだ。
残り百メートル。
ついにラッキーユニバースが捕まった。オリュンポスがクビ差前に出る。スターライラもラッキーユニバースに馬体を合わせる。だがラッキーユニバースが根性を見せ、そこからもう一伸びしようとする。
もうゴール板は目の前。
内三頭の叩き合いを嘲笑うかのように大外を一気にアウヤンテプイが追い抜いて行った。ゴール板を先頭で走り抜いたアウヤンテプイ鞍上の河原は、小さく右拳を握りしめた。
一着アウヤンテプイ、二着オリュンポス、三着ラッキーユニバース(北海道)。三着に人気薄のラッキーユニバースが残った事で三連単馬券は中々の配当となった。
四着はスターライラ。ここまで連帯率十割だったこの馬の初のはっきりした敗北だった。
五着はグロッタアズーラ。この馬が掲示板に残った事で、新聞が書いていた今年の三歳世代は質が高いという事が証明できたと思う。
六着以下は以下の通り。
六着パッキャマラード、七着レッドミラージュ、八着ラムセスモカ。九着パラレルワールド、十着ミルクディッパー、十一着カルナヴァル。十二着パッサカリア、十三着ライジングイーグル。
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