第26話 海外に思いを馳せて

 吾妻さんは口取り式の為に馬主室を出て行った。


 鈴鹿さんはレース結果にまだ興奮冷めやらぬといった感じ。

 勝ったスターライラもさることながら、仕掛け遅れから猛然と追い込みスターライラに並びかけるビヴロストの闘志。二頭の健闘を鈴鹿さんは興奮気味に俺たちに語った。鈴鹿さんはさらにヒートアップし、四コーナーでの岩屋の妨害さえなければ結果はわからなかった、もしかしたら突き抜けていたかもしれないと顔を紅潮させる。挙句の果てには、あれならきっとドバイでも通用するなんて言い出した。年明けクプアはドバイに行く予定だから、一緒に行きましょうと誘ってきたのだった。


 すると一人の馬主がずいぶんと面白そうな話をしていると言って近寄ってきた。丸顔で非常に優しそうな目をしているが、眉が吊り上がり、どこか意志の強さのようなものを感じさせる風貌の男性。

 神野かみの歌舞人かぶと

 今回JBCクラシックに出走しているオリュンポスの馬主さんである。ここまで何頭ものGI馬を所有している非常に有名な中央競馬の馬主さんで、羽田盃九着のククルカンも神野オーナーの馬である。


「来年のドバイはなかなか賑やかな事になりそうですな。私もアウヤンテプイの成田オーナーと来年のドバイにという話をしているのですよ。順調に行ったら皆さんで一緒にドバイで食事でもしましょう!」




 JBCスプリントが終わり、いよいよJBCクラシックの出走時刻が近づいて来た。


 今回中央競馬からの参戦は五頭。

 一番人気は帝王賞勝ち馬クプア。

 二番人気はドバイワールドカップ五着のパラレルワールド。

 三番人気が川崎記念、プロキオンステークス、南部杯と三連勝中のレッドミラージュ。

 四番人気にフェブラリーステークス勝ち馬オリュンポス。ここまで人気にあまり差が無く四強といった雰囲気を醸している。最後の一頭はダートクラシックに出走し善戦が続くラムセスモカで七番人気。

 ラムセスモカと死闘を繰り広げてきた地方の三歳勢は、ラッキーユニバースを除く三頭が出走。

 クラシック三冠を三着、二着、三着と成績安定のカリナンが五番人気。

 前走ジャパンダートクラシックでアウヤンテプイに勝利したゴールドラッシュが六番人気。

 ラムセスモカ同様善戦が続くスプリングオペラが八番人気。


 俺の本命はクプア。

 そもそも、純粋に目の前に馬主がいるのにクプア以外を推すというのはちょっと……。

 今回馬券として問題となるのは、レベルが高いと言われている今年の地方三歳勢と中央の古馬勢で、どこまで差があるかだろう。俺は正直そこまで差が無いと考えているが、対抗は帝王賞二着を評価してオリュンポス。それとカリナンたち地方三歳勢三頭に流した三連複馬券となっている。


 深雪の本命もクプア。そこから人気所に手広く流している。二千百メートルという距離を考えるとパラレルワールドは少し厳しいように思うという事で、対抗はレッドミラージュなのだそうだ。クプアとレッドミラージュならばクプアかなという感じらしい。深雪は中央の古馬と地方三歳勢はかなり差があると考えているようで、オリュンポスなど人気の中央勢に流している。


 深雪はジャパンダートクラシックを勝ったゴールドラッシュの名前が気に入っているらしく、今回も地方から唯一馬券に入れている。


 ゴールドラッシュは、父ゴールドドリーム、母レディスパーク、母父カネヒキリという血統。ゴールドドリームの父はサンデーサイレンス産駒の中でも数々のダートの名優を輩出したゴールドアリュール。恐らくゴールドラッシュの名前は父と祖父の名前からの連想と思われる。さらに言えば母の父も『カネ』ヒキリだし。



 ゆっくりと陽が落ちて来て、夕方十六時が近づいて来た。

 ファンファーレが鳴り終わると、向こう正面二コーナーの先に設置されたゲートに各馬が収まっていく。天候は晴れだがやや風が強い、馬場状態は良。


 何頭かゲート入りを嫌がる馬はいるものの、比較的すんなりと枠入りが完了。


 ゲートが開くと真っ先に飛び出したのはカリナンであった。ロケットスタートと言っても良いだろう。クプア、レッドミラージュも比較的スタートは良かった。


 向こう正面を過ぎる頃にはレース展開も少し落ち着いた。

 先頭はカリナン、それにパラレルワールドとゴールドラッシュが続く。その後ろにスプリングオペラとオリュンポス。ラムセスモカが先行集団の後方。少し離れた後方集団の中盤にレッドミラージュ。クプアは後ろから三番手。


 先頭カリナンは一周目のスタンド前へ。一周が千二百メートルと狭く、二千百メートルを走るにはコースを一周半する事になる。その為あまりペースが早くならず、全馬あまり前後の間を開けずに正面直線を通過。

 各馬が巻き上げた砂が風に乗って舞い散っている。


 一コーナーから二コーナーへ。短い曲線を抜け二周目に突入。

ここまでほぼ順位の入れ替えはなく、ドリームビジョン前を通過。この辺りから一気に流れが早くなる。


 内に駐車場を見ながら三コーナーへ。

 早くもカリナンにパラレルワールドが競りかけて行き、それにゴールドラッシュも続く。さらにスプリングオペラとオリュンポスも外に持ち出して先頭に並びかける。後続も一気に差を詰めて来て、前五頭が並んだ状況で四コーナーへ。


 直線に入ると、いつものようにカリナンが最後の追い上げに入る。そのカリナンをスプリングオペラが追い上げて先頭へ。さらにそのスプリングオペラをゴールドラッシュとオリュンポスが交わして先頭で叩き合いを開始。


 残り百メートル。

 オリュンポスとゴールドラッシュが壮絶に叩き合い、カリナンとスプリングオペラを引き離していく。内ゴールドラッシュか、外オリュンポスか。


 そう思ったところに、大外から豪快に一頭追い上げてくる馬がいた。他のどの馬とも異なる脚でクプアが豪快に追い込んで来る。パラレルワールドが下がっていく。

カリナンとスプリングオペラが下がっていく。ゴールドラッシュとオリュンポスは前で止まっている。クプアを目で追う人々にはそう見えた。


 ゴール板はもう目の前。

 クプアはゴールドラッシュとオリュンポスを悠々と追い越し、先頭でゴール板を駆け抜けた。恐らくは完璧なレース運びだったと感じているのだろう、若き秀才坂本騎手は思わず拳を突き上げた。



 一着クプア、二着ゴールドラッシュ(船橋)、三着オリュンポス。

四着スプリングオペラ(岩手)、五着カリナン(大井)。

六着パラレルワールド、七着ラムセスモカ。レッドミラージュは直線伸びを欠き十着に終わった。



 鈴鹿オーナーが馬主室を出ていくと、神野オーナーがやってきた。敗戦の顔としてはどこか晴れやかなものがある。確かに今のレースは勝った馬が強すぎたという印象だっただろう。


「二千を超えちゃうと完全にあの馬の土俵だな。圧倒的だったわ。今年の地方の三歳はレベルが高いとは聞いてたけど、まさかうちのが叩き合いで負けるとはねえ」


 神野オーナーは悔しさを表に出しながらも、どこか納得の表情をしている。


「ビヴロストは次走は決まってるの? チャンピオンズカップ?」


 確か結城調教師の話だとJBCレディスクラシックに出走させ、それなりに良い着が拾えるようであれば東京大賞典に出そうと言っていた。来年のスケジュールは、その時、結果を見て決めようと。


「そうか。うちのは次走チャンピオンズカップだって聞いてるから、じゃあ順調に行けば次会うのは海外かな?」


 ドバイに行くというのは鈴鹿オーナーと吾妻さんが勝手に言い合っていた事なのに、どうやら神野オーナーの中では規定の話になってしまっているらしい。


「ドバイか……」


 うっとりとした目の深雪が観覧席から遠い空を見つめて呟いた。どうやら既定路線になっているのは、神野オーナーたちだけでは無いらしい。



―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―

【船橋の希望】

ゴールドラッシュ ゴールドドリーム ゴールドアリュール *サンデーサイレンス

                            *ニキーヤ

                  モンヴェール    *フレンチデピュティ

                            *スペシャルジェイド

         レディスパーク  カネヒキリ     フジキセキ

                            *ライフアウトゼア

                  シスターエレキング アグネスデジタル

                            アンバーウェー

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