第23話 大井に女傑が結集
帝王賞で例のフェブラリーステークスの二頭が激突した。
フェブラリーステークスに勝利したオリュンポスはかしわ記念に勝利して帝王賞に挑んだ。一方のクプアはフェブラリーステークス二着の後、川崎記念に勝利して帝王賞に挑んだ。
帝王賞にはドバイ帰りの馬二頭を含む七頭の中央競馬所属の馬が出走していた。ドバイ帰りの二頭は、それぞれ昨年のチャンピオンズカップ、JBCクラシックを勝った馬で、それ以外にも東京大賞典を勝った馬も出走している。そのせいでクプアは四番人気、オリュンポスは五番人気に甘んじた。
新聞の論調などを見ても、クプアにしてもオリュンポスにしても、王者不在のGIを勝ったに過ぎないと言う評価だった。
だが蓋を開けてみれば、クプアとオリュンポス、二頭の壮絶な叩き合いで終わった。
一着はクプア、二着はオリュンポス。三着以下は大きく引き離されていた。
中央で宝塚記念が終わり、大井で帝王賞が終わると春競馬は完全に終わりを告げる。中央競馬では、中山、東京、京都、阪神の四場が芝育成のために開催が無くなり、ローカル競馬と言われる札幌、函館、新潟、福島、中京、小倉による夏競馬となる。秋のGIシーズンの開始は十月のスプリンターズステークスから。
そのスプリンターズステークスの数日後に、大井競馬場ではレディスプレリュード(JpnII)が開催となる。
『大井に三歳の女傑が集結』
そんな記事がネットニュースに流れてきた。スターライラ、ウィンザーローズ、ロマンブライト、話題の牝馬三頭が激突する事になったのだ。
笠松競馬場所属のロマンブライトは春、中央競馬のクラシックで三戦した。結果は桜花賞四着、優駿牝馬八着と健闘という程度で終わってしまった。秋華賞に挑戦という話も出ていたようだが、レディスプレリュードに出走する事にしたらしい。
一方の川崎競馬場所属のウィンザーローズは、昨年末の東京2歳優駿牝馬以降、ここまで南関東で牝馬クラシック路線を走ってきた。
南関東の牝馬クラシックは浦和の桜花賞(SI)、大井の東京プリンセス賞(SI)、川崎の関東オークス(JpnII)の三冠。
桜花賞トライアルであるユングフラウ賞(SII)一着、桜花賞一着、東京プリンセス賞一着。三連勝で二冠を制し、最後の一冠関東オークスに挑んだ。チャームアスリープ以来、史上二頭目の三冠牝馬の誕生かと多くの人が期待していた。
ところがそこに、とんでもない壁が立ちはだかった。中央競馬のスターライラが出走してきたのだ。
スターライラは全日本2歳優駿二着以降、中央競馬のダート路線に使われてきた。昇竜ステークス(リステット)一着、ユニコーンステークス(GIII)一着。二連勝で関東オークスに出走してきた。
どうやら当初は東京ダービーに使う予定だったらしい。東京ダービーにアウヤンテプイが出走すると聞いて、関東オークスに予定変更してきたらしい。
中央競馬の砂の女王スターライラ、地方競馬の砂の女王ウィンザーローズ。どちらが強いのかと新聞も書き立てていた。普段そこまで話題になる事のない地方競馬の重賞だったが、かなり話題性があるニュースとして報じられた。
軍配はスターライラの方に上がった。ウィンザーローズはクビ差の二着に終わってしまったのだった。
記録達成を潰されたウィンザーローズは前回のリベンジをと新聞は盛り上げている。非常に小さくではあるが無敗の挑戦者としてビヴロストの事も記事にはなっている。
仕事終わりに深雪と待ち合わせて大井競馬場に向かう事になった。愛馬を目の前で応援するのは笠松に行った時以来、実に久々の事である。両親も名古屋からわざわざ駆けつけて来て、昨晩からうちに泊まっている。今回は馬主席での観戦という事で全員スーツ姿である。
俺の顔を見るなり深雪は携帯電話を取り出し、これを見てと言ってきた。
ニュースサイトの記事である。そこには『スターライラ出走取消』の文字が躍っていた。
どうやら尖った石を踏んだようで挫跖(蹄底の炎症)になってしまったらしい。症状は軽微なのだが、大事をとって回避する事にしたのだそうだ。
当初、スターライラはウィンザーローズと人気を別けあいながらも一番人気となっていた。そのスターライラが回避した事でウィンザーローズが断トツの一番人気となっている。
二番人気にはエルムステークス(GIII)を勝った中央競馬所属のパッキャマラード。三番人気も中央の馬で、前走川崎のエンプレス杯(JpnII)を勝ったカルナヴァル。ロマンブライトは四番人気。五番人気は門別のブリーダーズゴールドカップ(JpnIII)を勝ったカミノキセキ。六番人気には帝王賞の五着のバーバヤーガと中央勢が続く。七番人気がブリーダーズゴールドカップでカミノキセキの二着だった兵庫のエナジーチャージ。
ビヴロストは十四頭立ての八番人気。
さすがにこの面子で一着が取れるとは俺も深雪も思っていない。だが、それでも頑張って欲しいとビヴロストを軸にした馬連や三連複を購入。
俺も父も同様だった。
一人母だけが、うちのビヴロストちゃんならやってくれると信じて単勝馬券を購入している。
東京トゥインクルファンファーレの生演奏が大井競馬場にこだました。
正面スタンド前で行われた枠入りだったが、ビヴロストは非常に落ち着いている。春までのやんちゃっぷりが嘘のようである。
なお、今回から鞍上が桃ノ木騎手から岡崎騎手へと乗り替わっている。もし合わないようならすぐに桃ノ木騎手に戻すと名古屋競馬場から承諾を得ているそうで、今回はお試し騎乗といった感じらしい。
ゲートが開くと、真っ先に飛び出したのはビヴロストだった。そのまま先頭で行くと思いきや、エナジーチャージに先頭は譲り二番手を追走。外にパッキャマラード、後ろにウィンザーローズとカミノキセキ。少し離れてロマンブライトとバーバヤーガ。カルナヴァルは最後方。
向こう正面中間を過ぎると、隣のパッキャマラードが先頭に並びかけた。それでもビヴロストは必死に我慢。
三コーナーを過ぎ、前で九頭ほどが団子になっても、まだ馬群の中で必死に我慢している。すぐ外にはウィンザーローズがいる。
四コーナーを回って直線に入ると真っ先にパッキャマラードが抜けて行った。
すぐに残り四百メートルの標識を迎える。前の九頭がふわりと横に広がっていく。そこでやっと岡崎はビヴロストに鞭を入れた。ウィンザーローズの鞍上紺屋も、ほぼ同時に鞭を入れた。ビヴロストとウィンザーローズ、二頭が前の馬たちの隙間を別々に通り抜けてパッキャマラードを追いかける。
残り二百メートル。
先頭はまだパッキャマラード。だがそのすぐ斜め後ろにウィンザーローズとビヴロストが追いついている。後方から大外を回って一気にロマンブライトが突っ込んで来ている。
残り百メートル。
ウィンザーローズとビヴロストが叩き合いながらパッキャマラードを追い越していく。だがロマンブライトがすぐ後ろに迫っている。
ウィンザーローズかビヴロストか、それともロマンブライトが届くのか。ロマンブライトが前二頭に競りかけたところがゴール板であった。
父も母も俺も深雪も、最後はビヴロストの名を連呼して絶叫であった。そのせいで周囲からビヴロストの馬主だと認知されてしまったのだろうか。ゴール後に拍手が沸き起こった。さらに掲示板に着順が表示されると、他の馬主さんたちがおめでとうと言って握手を求めてきた。
一着ビヴロスト(名古屋)、二着ウィンザーローズ(川崎)、三着ロマンブライト(笠松)。
四着パッキャマラード、五着カミノキセキ、六着カルナヴァル。バーバヤーガが七着、逃げたエナジーチャージは十二着に沈んだ。
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