第21話 東海優駿に出走

 五月に入ると中央競馬では春のGI戦線も後半戦に突入する。何と言っても春最大の注目レースは東京優駿日本ダービーだろう。

 その東京優駿の前の週に牝馬のダービー、優駿牝馬オークスが行われる。


 日本の芝のクラシック戦線は英国のそれを参考にしており、2000ギニーステークス、ダービーステークス、セントレジャーステークスに倣って、皐月賞、東京優駿、菊花賞が行われている。

 英国は日本と異なりダラダラと長距離を走るのを好まない傾向があるようで、ダービーを好走した馬はキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスや、フランスの凱旋門賞に出走する事が多い。そのため昨今はセントレジャーの質の低下が著しい。


 英国の牝馬のクラシックはそもそも二冠で、1000ギニーステークスとオークスステークス。三冠目はセントレジャーステークスだった。それに倣って日本でも桜花賞と優駿牝馬がおこなわれていた。

 だが、牝馬もクラシックは三冠が良いと言う事になり、三冠目のヴィクトリアカップが創設。それが後にエリザベス女王杯に名称を変更。さらにエリザベス女王杯が古馬に開放になり、それに代わって秋華賞が新設された。



 その牝馬クラシック第二戦、優駿牝馬にロマンブライトが挑戦している。

 桜花賞が四着だった事で優先出走権を得ており、本番までじっくりと鍛え上げられた。


 桜花賞で大穴を開けたエルガファルはNHKマイルカップに出走しここは回避している。二着のカルタニセッタ、三着のハンメルフェスト、五着のダンスポジションは出走。桜花賞大敗だったタルバガタイも出走している。


 一番人気はカルタニセッタ、二番人気はハンメルフェスト。ロマンブライトは三番人気。桜花賞と異なり、ペースが遅くなりやすい優駿牝馬の方がロマンブライトの真価が発揮されるという予想家の意見がかなり多くみられる。


 予想家はそう言うのだが、深雪は今回は駄目だろうと思っているらしい。ロマンブライトは消しと一切馬券を購入していない。おそらく府中の直線を粘り込むのは困難と見ているのだそうだ。このまま雨が降り続け、馬場が渋れば一発あるかも。その程度に見ているらしい。

 俺は応援の意味も込めてロマンブライトを軸にした三連複を少しだけ購入。

 もしこの雨が止むようなら、府中まで行ってみようと深雪は嬉しそうに言った。



 金曜日、土曜日と雨が降り続いた。ロマンブライトにとってはまさに恵の雨だった。相当な量が降っていた事は観客席の至るところにまだ水たまりができている事が証明している。

 土曜日、雨が降りしきる中レースは行われ、朝から馬場発表は不良。

 日付が変わって日曜日、日付が変わった頃に雨が上がり、夜中から大風が吹き始めた。すると第二レース終了時には早くも馬場状態は重に変わった。そして午後、陽が高くなると東京競馬場の驚異的な水はけの良さにより芝コースの状態は稍重まで回復してしまった。


◇◇◇


 ファンファーレが奏でられると、いよいよメインレースの優駿牝馬の出走時刻となる。すでに正面スタンドは端から端まで観客でびっしりである。


 ゴール板の少し手前にゲートが設置され、各馬がゲートに収まっていく。

 ところがうち一頭が中々ゲート入りしない。どうやら本馬場入場の際に落鉄してしまったようで馬体検査が行われる事になった。


 だがゲート位置は正面スタンド前。常時大歓声が轟いている。そんな中で各馬はゲート内で待機させられる事になったのだった。

 ロマンブライトは狭いゲートに入れられ続けた事で興奮してしまい、ゲート内で暴れ出してしまった。このままだと怪我をしそうという事で、一旦ゲートから出される事になった。他にも何頭かが同様にゲートから出された。


 結局、落鉄した馬は故障が見つかり発走除外。再度ゲート入りが行われる事となった。


 鞍上の若竹騎手はその二度目のゲート入りで異変を感じていた。ゲートが開くと若竹の危惧は現実のものとなった。どれだけ押しても加速しようとしないのである。


 正面直線を最後方で進むと若竹は徐々に徐々に前目に付けようとした。だがどうにも行きっぷりが悪い。何とか向こう正面直線で、ある程度までは位置取りを上げた。だが本来若竹が想定していた位置取りからは、かなり後ろになってしまった。


 三コーナーに差し掛かると、ロマンブライトはやっと競馬に集中し始めて、周囲の流れに合わせて先行集団との距離を徐々に詰めていく。

 四コーナーを回って直線に入った時には、大外を回って果敢にも先頭に踊り出たのだった。


 だが、いつものような手応えがない。緩く長い坂道に入ると、徐々に他の馬に追いつかれてしまう。一頭抜かれ、また一頭抜かれ。それでも府中の直線は長く、まだゴール板は遠い。

 最終的に五番手集団の塊の中の一頭としてゴール板を通り抜けた。


 結果は八着であった。

 勝ったのは、桜花賞で良い所無しだったタルバガタイ。カルタニセッタはまたも二着、三着はダンスポジション。


 翌日、ロマンブライト陣営から秋の出走予定は白紙という発表がなされた。


◇◇◇



 翌週、名古屋競馬場で東海優駿が行われた。距離は前回からさらに延長となり二千百メートル。天候は雨、馬場状態は不良。


 ビヴロストは久々に一番人気に推されている。

 二番人気はネクストスター名古屋で激突したヘッドバルカン。ネクストスター名古屋の敗戦の後、重賞を三戦して二勝。前走東海三冠の一冠目駿蹄賞を勝利して二冠目となるこのレースに挑んでいる。

 三番人気はインテリグラス。ネクストスター名古屋でビヴロストに敗北後、重賞を二走して三着、二着。その後出走したネクストスター中日本に勝利。駿蹄賞では最後の直線でヘッドバルカンと叩き合って二着に敗れている。



 夕方十八時五分。


 ファンファーレの演奏が終わると、向こう正面左奥に設置されたゲートに各馬が収まっていく。今回久々にビヴロストは目隠し無しでのゲート入りとなった。だが、以前のように激しくゲート入りを嫌がったり、ゲート内で大暴れするといった事が無い。鞍上の桃ノ木騎手は、それはそれでかなり不安になっていた。


 だがそんな桃ノ木の不安は杞憂でしかなった。

 ゲートが開くとビヴロストは一頭飛び出すように気持ちの良いスタートを切った。逃げ馬が焦って押していくが、中々ビヴロストに追いつけない。向こう正面の半ばでやっと追いつき、ビヴロストはやっと二番手に控えた。


 明らかにビヴロストの気配が良いという事を周囲も感じたのだろう。一周目正面直線に入る少し前にインテリグラスがビヴロストを追い越し二番手に位置取りを上げた。さらにヘッドバルカンもいつもより前目に位置取っている。


 二周目二コーナーを過ぎ向こう正面に入るとインテリグラスは早くも押して行き先頭に躍り出る。さらにはヘッドバルカンもビヴロストのすぐ横に上がってきた。だが桃ノ木は全く焦る事なくビヴロストの気分に任せて走らせている。


 三コーナーを過ぎるとヘッドバルカンはビヴロストを追い越して、先頭のインテリグラスに並びかけて行った。ビヴロストはそんなヘッドバルカンに付いて行くようにすぐ後ろを追走。


 四コーナーを回って最後の直線、残り二百メートルの標識が通り過ぎる。

 桃ノ木は鞭を二回振ってビヴロストに合図。ビヴロストはそれに応えるように一気に加速。あっという間に前二頭を追い越して行った。


 まるで子供扱いである。一馬身、二馬身と差を広げる。一体どこまで差を広げるのか。

 全ての観衆が見守る中、ビヴロストは悠々とゴール板を駆け抜けた。



 これでデビューから七連勝。そろそろ大きいレースに挑戦させても良いだろう。ビヴロストの雄姿を見て結城調教師は大きく頷いた。

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