第20話 クラシック初戦の羽田盃
四月下旬、いよいよダートクラシックの一冠目羽田盃の日を迎えた。舞台は大井競馬場ダート千八百メートル。
一番人気は全日本2歳優駿の再先着馬である船橋のゴールドラッシュ。ブルーバードカップとスターバーストカップ、トライアルを二連勝してここに挑んでいる。
二番人気は中央勢で雲取賞二着のクロストゥーユー。
三番人気が雲取賞を勝った大井のカリナン。
四番人気が京浜盃を制した岩手のスプリングオペラ。
混戦と見られているようで四番人気までは一桁オッズになっている。五番人気から八番人気まで二桁のオッズではあるのだが、それでも八番人気が二十倍台なので、大混戦と言っても良いだろう。
その五番人気はブルーバードカップでゴールドラッシュの三着だった中央勢のモディリアーニ。京浜盃二着のラムセスモカが六番人気、前走一勝クラスを快勝したククルカンが七番人気と中央勢が続く。八番人気が北海道のラッキーユニバース。
九番人気以降は単勝万馬券となっている為、実質八頭立てと観客は考えているらしい。
俺の本命はカリナン。
これだけ混戦になれば、やはりここは輸送の少ない地元勢が強いのではないかと考えている。ただ本番当日は雨予想であり、馬場が渋ればスピード豊富な中央勢が有利じゃないかと思い、対抗は中央勢四頭。そこから七頭に流した三連複馬券となっている。
深雪の本命はスプリングオペラ。
雲取賞四着、京浜盃一着と着を上げているのが評価できると思うと主張している。そこから残り七頭へ流した馬連馬券なのだそうだ。
新聞の情報によるとスプリングオペラは、父パイロ、母はレチタティーヴォ、母の父はテイエムオペラオーという血統らしい。
その血統からするに、名前は恐らく母父のテイエムオペラオーからといったところだろうか。
父のパイロは地方のダートに特化したような種牡馬らしく、中央競馬のダート重賞の成績はいまいちである。
その父プルピットは、トニービン、サクラバクシンオー以降日本では少し元気の無かったナスルーラ系に再び活気を取り戻させた馬。ナスルーラ、ボールドルーラー系のサイアーラインで、祖父はアメリカ三冠馬シアトルスルー、父はBCクラシック勝ち馬のエーピーインディ。
このエーピーインディという名前を見て昔エーピーなんとかという馬を見かけたなと感じていた。調べてみるとやはりエーピーは冠名らしく、馬主は日本人なのだそうだ。
母のレスタティーヴォを見てみると、父はテイエムオペラオーで母の父はトニービン産駒のミラクルアドマイヤとなっている。祖母のメイセイオペレッタの父はリボー系のタイトスポット。
驚いた事にこのスプリングオペラという馬、サンデーサイレンスの血が一滴も入っていない。輸入馬なら全く驚く事ではないのだが、国内生産馬としては近年では極めて珍しい。
当初は大井競馬に観戦に行こうなんて二人で話していた。ところが前日夜から天候が崩れ出し、昼過ぎには嵐のような大雨となってしまった。雨は一向に止む気配無く振り続け、深雪から大井での観戦は中止というメールが届いた。今回は大人しく二人で晩酌をしながらテレビの中継を観戦しようという事になったのだった。
今度は大井に足を運ぼうねなんて言い合っていると、発走時刻である夜の二十時十分が近づいて来た。
大井競馬場といえばやはり東京トゥインクルファンファーレによる生演奏だろう。中央競馬のように、自衛隊や近隣の大学生など一般の団体が演奏しにきてくれているのと異なり、専属の演奏者なので音が外れたりリズムがぐちゃぐちゃという事が無い。
しかも全員若い女性。服装も鼓笛隊のようで非情に凛々しい。何と言っても、あの演奏前に足でトントンと合図するのが可愛い。
天候は雨、馬場状態は不良の発表。テレビ画面でもはっきりとわかるほど雨足が強い。
天候が悪化すると、芝のコースではいつもよりぬかるんで足を取られてしまい走りづらくなる。そのため、いつもは主にスピードが求められるのに、そこにパワーも求められる事になって成績を落とす馬が出る。
逆にダートの場合、ふかふかの砂が水分で固まり足があまり潜らなくなる。そのため、芝コースとは逆に、いつもは主にパワーを求められるのにスピードも求められる事になる。
スタート位置は四コーナー過ぎの正面直線コースに入ってすぐの場所。順調に枠入りが進んでいき大外枠ククルカンがゲートに収まりゲートが開く。
いつにもまして発走が良かったのは最内のラッキーユニバースだった。そのラッキーユニバースをカリナンが追い越していく。それにククルカンとゴールドラッシュが続く。ラッキーユニバースが四番手。その後ろにスプリングオペラとラムセスモカ。ラムセスモカの後ろにクロストゥーユー。モディリアーニは後ろから二頭目。
一周目のゴール板を過ぎる辺りではカリナンを二頭が追っている感じとなり、三頭固まっているようにも見えた。
一コーナーを回る頃にはゴールドラッシュが控え、さらに曲線でククルカンも下がってカリナンが単独で逃げる形になった。だが、ここまで少し時間がかかりすぎ、展開はかなり縦長となってしまっている。
向こう正面直線に入ると、各馬最内の水たまりを避けて少し外目を走り始める。だが一頭カリナンはそれを気にせず最内を水を跳ねさせながらひた走った。
向こう正面半分を過ぎても、まだ十二頭は縦長の状態であった。
三コーナーを過ぎると、前七頭が差を詰め一団となり始める。跳ねた水滴が靄となって七頭の後ろに漂う。
四コーナーを過ぎ残り四ハロン。大井の直線はここからが長い。
先頭は変わらずカリナン。そのすぐ外からゴールドラッシュが馬体を合わせてくる。後続も離されずにカリナンとの差を詰める。
残り二百メートル。
カリナンの脚色が鈍り、ゴールドラッシュが一馬身前に出る。そこに大外から一気にラッキーユニバースが上がってきた。だがゴールドラッシュの脚色も良い。
ここでやっとラムセスモカとクロストゥーユーが一団となった後続から抜け出てきた。
残り百メートル。
カリナンは完全に一杯になり、ずるずると下がっていく。ラムセスモカとクロストゥーユーも伸びているが、明らかに追い出しが遅く、ちょっと届きそうな気配を感じない。
ラッキーユニバースがじりじりと伸び、ゴールドラッシュの前に出る。ところが前に出たラッキーユニバースは安心しきったかのように加速を緩めてしまう。そこにゴールドラッシュが食らいついた。
二頭は並んでゴール板を通り過ぎた。
内ラッキーユニバースか、外ゴールドラッシュか。着順掲示板は写真判定となっている。
テレビの中継番組ではスタートから再度レース映像が流れている。ゴール前の静止映像が映ったが正直テレビで見ていてもどちらか判別が付かない。いずれにしても三着にはカリナンが表示されており、中央勢が全滅という事だけはわかっている。
深雪はラッキーユニバースが粘ったっぽいと言うのだが、俺にはゴールドラッシュが差したように見える。
最後の攻防が流れるのはもう五回目だろうか?スタジオの解説者もどちらかわからないと連呼している。
その五回目のゴール映像が流れた時であった。スタジオの女性アナウンサーが歓声をあげた。
一着ラッキーユニバース(北海道)、二着ゴールドラッシュ(船橋)、着差はハナ差。
三着カリナン(大井)、四着ラムセスモカ(JRA)、五着クロストゥーユー(JRA)。深雪期待のスプリングオペラ(岩手)は六着。先行しながら直線すぐに力尽きたククルカン(JRA)は九着、モディリアーニ(JRA)は下がってきたククルカンを捌ききれず十一着に終わった。
昨年九月のサンライズカップ以来、四戦ぶりの勝利であった。ラッキーユニバースの石狩騎手は、勝利騎手インタビューで、ここまで惜敗が続いてしまい、関係者が少しギクシャクしてしまっていたが、そんな人たちが抱き合って喜ぶのを見て涙が溢れたとコメントした。
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【盛岡の夢】
スプリングオペラ *パイロ Pulpit A.P. Indy
Preach
Wild Vision Wild Again
Carol's Wonder
レチタティーヴォ テイエムオペラオー *オペラハウス
*ワンスウエド
スターリブレット ミラクルアドマイヤ
メイセイオペレッタ
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