第9話 若駒盃に出走
八月になり、連日蒸し暑い日が続いている。
名古屋競馬場では多くの新馬が新馬戦を済ませ、第二戦、第三戦と着々と経験を積んでいる。我が子ビヴロストも、二戦目の若駒盃を目前に控えている。
同じ頃、遠く北の大地、門別競馬場では既にいくつかの重賞が行われている。
その中の一つ、サッポロクラシックカップを勝った『ラッキーユニバース』という馬がかなり強い勝ち方だったと話題になっているという新聞の記事を読んだ。
ラッキーユニバースの父はシニスターミニスター、母はハッピードリーム、母の父マイネルセレクト。
父のシニスターミニスターはインカンテーション、テーオーケインズ、ミックファイアという名だたるダートの名馬を輩出している名種牡馬。血統としては、ナスルーラ、ボールドルーラー、シアトルスルー、エーピーインディというサイアーラインの種牡馬になる。
母ハッピードリームは地方でそれなりに活躍した馬。その父マイネルセレクトはミスタープロスペクター系のフォーティナイナーの産駒。
ハッピードリームの母ブルーハピネスの父エイシンサンディはサンデーサイレンスの産駒。
流行を押えながらも値段の安い、良く言えばコストパフォーマンスに優れた配合を重ねてきた牝系と言えるだろう。
ホッカイドウ競馬はとにかく二歳戦が非常に充実している。
そのせいで、まず門別で走らせてから実力を見て良い馬であれば南関東や中央競馬へ転厩、そうでなければそれなりの競馬場へ転厩という事をしている馬主さんが多く存在している。つまり、この時期の門別の二歳戦は地方競馬では最高峰にレベルが高いという事である。そんな中でのサッポロクラシックカップの圧勝劇はかなり評価できると言えるだろう。
初戦のフレッシュチャレンジ一着。
栄冠賞(H2)一着。
ターフチャレンジ一着。
そしてサッポロクラシックカップ(H3)一着。
ここまでデビューから四戦四勝。気になる次走だが、九月下旬のサンライズカップ(H1)に出走してから、JBC2歳優駿(JpnIII)を目指すのだそうだ。
◇◇◇
いよいよ、ビヴロストの能力を測る試金石となる二戦目、若駒盃当日を迎えた。
ここまで五日以上雨が降っておらず、馬場はカラカラの良馬場。距離は千五百メートルと前回の新馬戦よりも六百メートルも延長となる。
昼十一時の第一レースから順調にレースは進んでいき、十六時半、第十レースの時間となった。
ビヴロストは馬具を装蹄してもらって、厩務員の佐倉さんに引かれパドックへと足を踏み入れたのだった。
ビヴロストは八頭立ての七枠七番で人気は二番人気。
一番人気は三枠三番のインテリグラス。ここまで新馬戦一着、二歳特別一着と二連勝中。
三番人気はお隣六枠六番のライトフック。新馬戦二着、二歳特別一着の二戦一勝。
八頭中五頭が既に二戦以上しており、その中にあって新馬戦しか勝っていないビヴロストが二番人気というのは、中々に評価してもらっていると結城調教師は感じていた。本来であれば四、五番人気でもおかしくないのに。
今日はとりわけ毛艶が良い。引いている佐倉さんはそう感じていた。
夏の暑い時期なので、発汗してゼッケンの下からぽたぽたと雫が流れている。
どうやらパドックでもそう思った人がそれなりにいたらしい。二番人気である事に変わりは無かったのだが、最終的にビヴロストのオッズは少し下がった。
桃ノ木騎手が近寄ると、ビヴロストは甘えて桃ノ木に顔を摺り寄せた。相変わらずの甘えん坊と佐倉さんが言うと、桃ノ木は笑って、まだまだ子供だものと言って首筋を撫でた。
桃ノ木はビヴロストを落ち着かせながら、輪乗りをしてゲート入りを待っていた。
とにかく暑さが尋常ではない。灼熱の太陽によって焼かた砂からの熱が込み上げてくるようである。早く走らせて涼しくさせてあげたい。
そんな事を考えながら桃ノ木は何度もビヴロストの首筋を撫でた。
場内にファンファーレが鳴り響く。本日のメインレース開始の合図である。
係員の合図で枠入りが開始される。
相変わらずビヴロストは枠入りを非常に嫌がる。枠を見ると後ずさりしてしまうのだ。あまり嫌がると係員に鞭で叩かれたりして興奮してしまう。そうなったらもうレースどころでは無くなってしまう。できればそれは避けたい。
桃ノ木は口笛を吹きながら尻尾を持ち上げ、枠に向かうようにビヴロストを促した。
ゲートに入ったら入ったで今度は暴れ出す。
できればこんな事でスタミナを消費してもらいたくないのに。桃ノ木は少し焦った表情をした。それが見えたのか、急にビヴロストは大人しくなった。
ガポン。
ゲートが開くと一斉に各馬が飛び出して行く。
不思議なもので、ゲート内であれだけ暴れたビヴロストだったが、ゲートが開くと急にレースに集中して走り始めた。
ハナを取ろうとライトフックの鞍上岩井騎手が押していく。ビヴロストはそのライトフックのすぐ後ろを追走。その外少し後方に蔦元騎手のインテリグラス。人気の三頭が固まった状態で先団を形勢していた。
前に馬を置いて、外にも馬を置けたこの状況で落ち着いてレースに集中している。
大収穫だと桃ノ木は感じていた。ビヴロストはちゃんと周囲に合わせて走れるという事を知れたからだ。仮にこのレースに負けたとしても、こういう控える競馬を教える事ができただけでも、この先を考えたら大きなプラスになる。この競馬がやれるのなら今後の距離の延長は十分可能。
前から常時ライトフックの巻き上げる砂が飛んでくるのだが、ビヴロストは全く嫌がる素振りを見せない。
これならいけるかも!
心躍りながら、桃ノ木はじっとビヴロストを二番手で待機させ続けた。
四コーナーが近づくとインテリグラスがするすると上がってき、ビヴロストの進路を塞ごうとした。内を走っているライトフックの蔦元騎手も、それに合わせてインテリグラスに馬体を合わせようとする。
ところが、それを外のインテリグラスが嫌った。インテリグラスはコーナーを少し膨らんで回ってしまい、ビヴロストの前に二頭分くらいの隙間がぽっかりと開いたのだった。
ここだ!
直線に入るとすぐに桃ノ木は鞭を右手に持ち替えて一叩きし、ビヴロストに合図を送った。それに応えるようにビヴロストは開いた隙間に果敢にも突っ込んでいく。ライトフックとインテリグラスは何とか隙間を埋めようとしたのだが、時すでに遅し。その時点でもうビヴロストは半馬身両馬の先を行っていた。
残り二百メートル。
そこからさらにビヴロストはぐんぐんと加速。外からインテリグラス、内からライトフックが追走。だがビヴロストとの差は縮まるどころか逆に開いていく。残りの五頭は遥か後方。
残り一百メートル。
そこからビヴロストはさらにもうひと加速。いったいどこまで加速できるのだろう。そんな桃ノ木の好奇心がビヴロストの首を上げ下げさせる。
インテリグラスもライトフックもまるで力尽きたかのように加速が止まり、ずるずると下がっていくかのようにビヴロストとの差を広げてしまう。
ビヴロストは二着のインテリグラスに大きく差を付けて一着でゴール板を駆け抜けた。とんでもないお手馬が得られたという喜びで、思わず桃ノ木は左手を力強く握りしめた。
レースを終えた桃ノ木は、ビヴロストの首を何度も撫でて頑張ったねと声をかける。ビヴロストもそれに応えるように嘶いた。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
【北海の一番星】
ラッキーユニバース *シニスターミニスター Old Trieste A.P. Indy
Lovlier Linda
Sweet Minister The Prime Minister
Sweet Blue
ハッピードリーム マイネルセレクト *フォーティナイナー
ウメノアスコット
ブルーハピネス エイシンサンディ
イセノトウショウ
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