破滅の引力
「どこまでも落ちていきたいと思ったことはないか。落ちていきたい、というほど積極的でなくてもいい。落ちていっても構わない、そのくらいの気分ならお前にもあるだろう。そういう気分はたいてい幸福の後にやって来る。正月にあげる凧のように空高く舞っていると、ときどき子供が糸を手放したり、糸そのものが切れてしまうことがある。そうして俺たちは青空に放り出される。風に流されても、ほとんどの凧はいつかどこかに着陸できるが、稀に空の高いところまで昇っていき、やがて星の重力から解き放たれる凧もいる。この凧がまさに俺たちだ。いまの俺と、いつかのお前だ。幸福に裏切られ、なおかつ誰も引き止めてくれるものがいないとき、風にすら見放されたとき、初めて破滅の引力が作用する。この引力に捉えられると、俺たちは宇宙空間をどこまでも落ちていく。闇の果て──光すら呑み込む暗黒の底に向かって、文字通り落ちていく。もちろん、宇宙にはたくさんの星があるから、運のいい奴はそうした星々に不時着できるだろう。元の星には帰れなくとも、案外その星で他の凧と上手くやっていけるかもしれない。多くの凧は、破滅の引力に引かれるよりも、そうした星々の引力に引かれる方が遥かにマシだと考えて、どうにかこうにか無重力の海を泳いでいく。そうして不時着に成功する。だが俺たちは、──破滅の引力に惹かれている凧たちは、どういうわけかこの努力を怠る。偶然、近くを通りかかった星の引力に捕捉されかけても、自分からその星に降り立とうとは思わない。このまま落ちていっても碌なことにならないと薄々わかっているのに、なるようになる、あるいは「なるようになって、それで構わない」と考える。破滅の引力が勝るなら、それこそが自分の運命だと思っている。そんな煮え切らない態度のせいで、親切な星さえ俺たちを見放す。破滅の引力に抵抗しないでいるのに、明確な理由はない。俺たちはただ漠然と、落ちるなら落ちていけばいいと、本気でそう思っている。他の星に捕まるのも悪くないが、破滅の引力を発する星を目にできるのなら、それはそれで悪くないと思っている。その星にはどんな植物が生えているのか、どんな動物が住んでいるのか、そこから見上げる宇宙はどんな姿をしているのか……そんな益体もないことをぼんやりと想像して、その星の地表に降り立つのを一つの契機と捉えている。やり直す契機。人生を歩み直す契機。お前もそうだったろう? だが、ご存じの通りこれはとんだ勘違いだ。破滅の星に地表なんてない。そもそもそれは星ですらない。破滅の引力を発しているのはただのブラックホールで、そのことに気がつくときにはすでに手遅れになっている。引力から逃れられなくなっている。この身を滅ぼす破滅の引力から。
さん文 熊猫ルフォン @pankumaneko
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