第3話 指輪

 その昔、リーデン様はグランフィール家のリーデンではなく、ただの「リーデン・フィール」だった。

 なんだか気の抜けた名前と返すと、あの人は苦笑いしていたっけ。

 フィールというのは、このあたりではありふれた家名だったらしい。

「どうして、がついたの?」

 村のマーサおばちゃんからもらったクッキーを食べながら問う。リーデン様も一緒に味わう。

 美味しいね。はい。

 リーデン様は、紅茶で喉を潤す。指にしていた指輪を外し、私に手渡す。

「ゆびわ……。きれい……」

 窓に近寄り、光の当て方を工夫する。動かす度、色が千変万化する。

「あっ! ねえ、模様がある!」

 振り返ると、リーデン様がその絵を指し示す。

「これは、滅多に使わないけれど、グランフィールの家紋だよ。若い頃、私はこの国の発展のために大変尽くした。そのお礼に、時の王様が『グランフィール』と名乗ってよいと許してくれたのだよ。これは、その証だね」

「グランフィール! すごい!」

 興奮して、両の握り拳をぶんぶん振る。

 後でマーサおばちゃんにこの話をすると、「グランフィール」の名が偉大すぎて、この国から「フィール」姓が消滅してしまったらしい。

 それはそうと、リーデン様は席に戻った。読書に夢中である。指には光がきらめく。

 そこではたと思い至った。

「リーデン様」「うん?」顔を上げる。

「私は? 私はフィール家のアステロッテですらなくて……」

 下を向く。脚が震えている。いつもは忘れているけれど、私は捨て子なのだ。だから、もちろん、リーデン様と血は繋がっていない。

「本当の子供でも、孫でもないのだから、グランフィールの名はふさわしくありませんよね……」

 言っていて、血の気が引く。耳鳴りがする。気持ち悪い。その場にうずくまり、クッキーだったものを吐き出す。

 アステロッテ。アステロッテ。

 リーデン様が背中をさする。咳がおさまり、顔を見上げる。

 立てるかい。頷く。口をすすぐ。

 ソファーで、横になる。

 額に手を置かれ、片手で両手を包まれる。

「君が嫌でなかったらだけど……」

 見上げたリーデン様は、ひどく気まずそうだった。頭がぼうっとする。

「私と結婚して、グランフィールを名乗ってくれませんか」

「はい!」

 私は自分の口元からすっぱい匂いがするのも忘れて、リーデン様に抱きついていた。




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