第2話 ブラン

 私ことアステロッテ・グランフィールはひどく恥じていた。

 常々、我が師から忠告されていたのだ。

「確かに、ほうきは空高く飛ぶための道具でもある。なるほど遥か高みから見慣れた景色を見下ろすのはそれは愉快に違いないからね」

 私は、木にひっかかっていた。ちゃんとふわふわした髪の毛もひっつめたし、可愛くないゲートルだって脚に巻いていたのに。

 私は自戒のため、声に出して言った。

「だから、ほうきで飛び上がるなら、それはようく開けた場所にしなさい」

 はあ、私ってば本当にバカね。空いた手で額を打つ。

 すると、聞き慣れた声がする。ほっほー、ほっほー……。

「ブラン!」

 思わず顔を上げる。白いふくろうが滑空してくる。背景は森に佇む庵。っていうか、近いな……。さっと頬に朱が差す。

 左手に持ったほうきをぶんぶん振る。

『降ろしますよ』

「うん」

 とんと地面に立つ。くるりと周囲を見回す。いつもの森だけど……。

「森がなんだか騒がしいね……」

『皆、あの方の死を悼んでいるのですよ。それは、たとえば、あなたがひっかかったこの木もね』

 木に手をつく。……。泣いている。

『アステロッテ。あなただって、心を解放してよいのですよ』

 もう一度、庵を見遣る。

「我が師はおっしゃったわ。たとえ人々から大賢者と崇められようとも、その実、中身はただのジジイ。死んだら腐って朽ちるだけだと。だからこそ、お葬式は迅速になさいと」

『……』

 ブランは、首を振った。

「同じく、私は命じられたの。王都に行って、王様に大賢者の死を伝えてきなさいと」

『それは、結構。しかし、これを忘れています』

 ブランは、私のてのひらに指輪を置いた。

「……。穴があったら入りたい」

『でしょうね』

 私は、三度、赤面した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る