笑って、アステロッテ

神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ)

第1話 旅立ち

 愛しのアステロッテ。

 残念ながら、私に残された時はそう長くはない。

 だから、どうか、その愛らしい顔を私に見せてはくれないか。

 そうとびきりの笑顔で私を冥府へ送っておくれ。

 言われて、私はベッドに伏していた顔を上げる。

 今にも絶叫してしまいそう。必死に唇に力を込める。全身が震える。

 愛する人は、もはや二度と目覚めないだろう。今一度、強く手を握り締める。

 アステロッテ。はい。

 君には悪いことをしたな。いいえ。首を振る。

 ゆっくりと、瞬く。

 ああ、アステロッテ。叶うことなら、次はー……。

 リーデン様。私、アステロッテの運命の人。

 ちりん。鈴の音。ああ、そうか。逝ってしまわれたのね。

 そこは、深い森の中。小さな庵の、小さな寝台の上。ここに、もうあの方はいない。私は、立ち上がった。

 さめざめと泣く妖精や動物たち。今更ながら、存在を認識する。

 あとは、よろしく。

 自室に戻って、出かける準備をする。

 肩掛けカバンに食糧をつめる。いつも嫌がったゲートルもしっかり巻く。ワンピースの上からローブを羽織る。

 庵の前で、振り返る。

 ああ、終わってしまったー……。私たち二人の日常。

 さっきからうっとおしい塩水を拭う。覚悟を決めるために頷く。

 私は、ほうきにまたがる。

 大賢者リーデン百十二歳、その弟子アステロッテ十二歳の春の出来事だった。

 私たちは、魂で愛し合っていた。それは、決して許される恋ではなかったけれど。



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