第3話 西浦愛生(にしうらめい):hand number
私の左の手の平に、突然hand numberが現れた。
期末試験が明日に迫っていた時だった。
その日はとにかく暑くて、学校が終わって家に帰る途中から汗だくになっていたので、家についてすぐにシャワーを浴びた。
のんびりする暇もなく勉強を始めるが、ふぁ、とあくびがとまらない。正直、勉強が苦手な私は集中力が続かないし、眠気に襲われる。眠気を吹き飛ばすために、スースーするガムを噛んでみるけど効果なし。インスタントコーヒーを入れて、コーヒーの香りを楽しみながらグイッと飲むけど効果なし。一番効果があったのは、冷水で顔を洗う、だった。
洗面所へ行き、水道のハンドルを上げた。勢いよく水が出て、あちこち飛び散り、あわてて水量を調整して温度を確かめた。今の季節にしては手を引っ込めたくなるくらい冷たい。よし、これで顔を洗ったら一気に目が覚める。
私は両手で水を受けとめ、顔にかけようとした。その時、手の中で揺れる水面の奥のほうで何かが見えた。
左の手の平に数字が浮かんでいる。急いで水を捨てて、数字を確かめた。
数字は 2 だった。
数字を見た瞬間から、心臓の鼓動が強く早くなって、息苦しくなってきた。
2……
嘘でしょ……
2ってありえないって。だって2って、私はあと二年しか生ることができないってこと?
違うよね? 寝ぼけて手の平に数字書いちゃっただけだ。
そう思って、石鹸で何度もこすって洗った。手が赤くなるほど洗った。でも、数字は全く消えない。
ズボンのポケットに入れてあったスマホを取り出して、手の平の写真を撮ってみても、写真に数字は写っていない。
私にしか見えないんだ。
やっぱり間違いない。
私に残された時間はあと二年なんだ。
やだ。なんであと二年なの? 私、まだ十六歳だよ? なんでなんでなんでなんで……
突然、目の前に手が見えた。驚いた私は、咄嗟に手を握りしめて座り込んだ。
「愛生、大丈夫? お母さん、ただいまって言ったんだけど気づかなかったの? 水も出しっぱなしだし、止めるよ?」
「お、おかえり。ごめん。ぼーっとしてた」
「顔色悪いよ? 体調悪いんじゃないの?」
「大丈夫……」と精一杯の笑顔で答えた。
お母さん。本当は大丈夫じゃない。お母さんに言いたい。私、あと二年しか生きることができないって。でも、数字を言うと五年減るって話があるし、私が数字言っちゃったら、すぐに死んじゃうことになる。
どうやって伝えたらいいの? 今の私にはどうしたらいいのか分からない。
「今日は早く寝るね」
そう言って、真っ暗な自分の部屋に戻って、ベッドの中に潜りこんだ。
全身を脈打つように心臓が激しく動いている。まだ息苦しい。
怖い。怖いよ。死にたくない。
この明かり一つない真っ暗な部屋と同じで、私の心も真っ暗だ。
どうすることもできないの?
私は死をただ待つしかできないの?
そうだ。数字を口に出すと寿命が五年縮まるなら、増えることもあるんじゃないかな。
私はスマホを取り出した。真っ暗な部屋にスマホの画面だけが光って、この光が私には希望の光に見えた。
ネットの検索欄にhand numberと打ち込むと、検索結果がずらりと並んでいた。上から順番にサイトを開いて見ていくと、そこには特別授業で聞いた内容とほとんど一緒のことが書かれていた。
さらにスクロールして、あるサイトの記事を発見した。『数字は増えることはあるのか?』という題名で、読んでいくと、数字が減ったというのは世界各国で報告されているが、増えるということは現在まで確認されていない、と書かれていた。
一筋の光が儚く消えた。
運命は決められているんだ。もう、私に残された時間は二年なんだ。
スマホを床に投げ捨て、ただ真っ暗な部屋で涙を流すことしかできなかった。
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