第3話 コミュ力

「改めて、部員はどうしますか?」


 考えを改めるつもりは無いらしい。

 椿は呑気のんきに壁にもたれかかっている。


「コミュ力だっけ。なんでそこに力をいれる必要がある?」

「俺らのコミュ力じゃ心許こころもとないからに決まってるだろ」

「なんでだ?」

「お前、コミュ障じゃん」

「ぶっ飛ばすぞ」


 僕のことを舐めているのだろうか。

 とてつもない忍耐力で、自分のこぶしが飛び出るのを堪える。

 自分が引っ込み思案なのは認めるが、コミュ障ではない。


「引っ込み思案とコミュ障はイコールだぞ」

「ゔぐっ!」


 こいつ、とことん勘のいいやつだ。

 気づけば僕の胸にナイフが刺さっている。

 痛い。コミュ障と言われたダメージはこんなにも深く刺さるものなのか。


「ってことで、コミュ力の高いやつを探そう。というかもう見当がついているんだよな」


 椿は僕の胸に刺さっているナイフの存在に気付きもせず続ける。

 いつかとことん仕返してやろう。


「お前も誰のことか何となく分かるだろ?」


 覗き込むように僕を見る椿。

 頭に浮かべている人物は僕と同じだろう。

 なんせ、コミュ力を具現化ぐげんかしたような人物が椿との共通の知り合いに居るのだ。


「八木か?」

「That's right ! 」


 そいつの名前は八木やぎ彩芽あやめ

 コミュ力お化けを自負していて、先生ともすぐ仲良くなっちゃうもんだから、今頃新しい友達と一緒に帰っているのではなかろうか。


「それじゃあ明日は、八木のところに行って加入のお願いを、って感じで良いか?」

「明日だなんてじれったいなぁ。何の話?ウチにも聞かせて!」


 いきなり後ろから高い声が聞こえて僕は飛び上がった。

 そして気付いたたときには八木が後ろに居た。


「なになにぃ〜、八木が八木がって、ウチのことがそんなに好きなのかぁ〜?」

「なんで八木がここに居るんだ?」

「居ちゃダメなの?」

「いや、そうじゃなくて……。」

「たまたまプリントを職員室まで運ぶ手伝いをしてただけなのに?」


 身長の低い八木は上目遣いで僕を覗き込んでくる。

 まさにぶりっ子のような行動だが、なぜか憎めない。

 その間も椿は変わらず呑気な顔でこっちを見てくる。


「椿は八木が来るのが見えてただろ。なんで言わなかった?」

「いや、だって、彩芽が『しーっ』ってしてくるから……」


 ガキか、こいつは。

 足音を立てずに廊下の向こうからやってくる八木も凄いが。


「うわっ、久しぶりに椿に『彩芽』って呼ばれたな〜。小六でクラス分かれてからは『八木さん』に戻ってたから。嬉しいかも!」


 それにしても存在感の強いやつだ。

 僕らには無いキラキラオーラを放っている。

 ん?これは自分をコミュ障と言ってるのと同じでは?

 せっかく抜けかけていた胸のナイフが追い打ちをしてくる。


「それでそれで?何のこと話してたの?恋バナ?」


 八木も僕の胸に刺さったナイフの存在には気付いてくれない。


「そうじゃなくて、ちょっと部活の話で……」

「部活ね〜。玲桜たちは何の部活に入るの?」


 八木は僕らの方を見ている。

 僕は椿の方を見ると、椿も八木にどう説明したら良いか分からそうにしている。

 しかし、ここで切り出さないと八木を待たせてしまうと思ったのか「えっと……」と戸惑いながらも八木に言う。


「俺ら、作曲部っていう部活を作ろうと思ってるところで、今、部員集めをしてんだよね……」

「なにそれ面白そう!」


 どうやら伝わったようだ。

 八木の目は、気分が高揚こうようしている時の椿と同じような目をしていた。


「校長に直談判だってさ。馬鹿だと思わないか?」


 僕は同情を求め八木に言ったが、八木が僕のような冷静な人間な訳もなく……。


「なにそれチョー青春じゃん!」


 仲間は居ない。

 直談判、という点で八木に再び同情を求めたが、これは無理そうだ。


「それで、あんた達じゃ校長のもとに直談判するほどのコミュ力が無いから私を誘おうって話をしてたわけね」

「そゆこと」


 僕は思った、これは八木にとって迷惑なのでは、と。

 椿の無茶を数々受けてきた僕にとっては慣れてしまったことだが、一般人にとって中々迷惑なのかもしれない。

 八木は僕らに気を遣ってくれているのかもしれない。

 僕は椿の耳元でささやく。


「椿、お前のやってることは八木にとって迷惑なんじゃ……」

「確かにその辺は……」

「いいじゃん!入る!」


 え?

 八木は椿の言葉をさえぎるように言い放った。

 そして静まり返ったこの場。

 聞こえるのは昇降口に残った人たちの話し声。

 見えるのは八木のニッコニコの笑顔。

 匂うのは窓から入ってくる桜の香り。

 微かに味わうは呼吸と共に口に入った桜味さくらあじ

 そして、僕の両手を強く握りしめる八木の手。

 五感をフル活用しても理解が追いつかない。


「ちょうど帰宅部かなぁって思ってたし!」


 椿はやっと理解が追いついたのか、おどおどさせていた手を降ろした。

 言い出しっぺがそんなに戸惑ってどうする、とは思ったがここは椿に任せる他無い。


「ちょっと待った!後悔するぞ!?俺らがやってることは大分ヤバいことだぞ!」

「言い出しっぺが何いってんのさ!ヤバいことしてこその青春っしょ!」

「お、おぅ」


 椿をも気圧けおす程の八木は、もしかすると椿と同類、もしくは椿よりも波乱万丈を巻き起こす人物になるのかもしれない。

 いや、さすがの八木でも椿に及ぶことは無いだろう、多分。

 そんな不安は置いといて、部員が一人増えた。

 今はこれを素直に喜んでおこう。


「これからもよろしくね! 玲桜!椿!」

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