第6話 バートリアへ

 シルヴィを背に乗せたヴェンは、ネザン大森林のあるアドラ大陸を抜け、目的地であるリディオ大陸へ向かっていた。


 竜となってからは二度目の、人を乗せての飛行。気を遣わなければならないことは増えるものの、呪いが発動することもない状態での優雅な空の旅は、どこか旅行気分を味わえるような感覚にもなる。


「……あそこね」


 魔法を使っているのか、空を飛んでいる最中でもシルヴィの声は鮮明に聞こえる。ヴェンが視線を下ろすと、眼下には海に面した町が広がっていた。魔女が実質的支配を行っているとされる国、バートリア。国とは言いつつも、正式な領地は大きな町一つのみ。面積だけで言えば、ヴェンの故郷であるアルテリスよりも、さらに小さな国だ。


 町から離れた場所に降下して、翼を休める。彼を労るように、シルヴィは彼の身体に微弱な電撃を流した。疲れによく効くのだと言う。


『すぐに乗り込むのか? 俺はこの姿だから、悪目立ちすると思うが……』


 ヴェンは最大限身体を小さくしているものの、やはり、町の中に入るにしては大きすぎる。ましてや、その外見は竜そのもの。『竜は呪いを宿した存在』という常識が人々の中にあるこの世界で、小型とは言えど竜が町に足を踏み入れることは望ましいことではなかった。


 シルヴィは上から下まで、じろじろとヴェンの姿を眺め、顎に手をやった。


「そうね。もう少し小さくなれるなら、ペットと言い張れるけれど」

『お婿さんからペットか。随分とランクが下がるが……』

「冗談よ」


 そう言って、シルヴィは地面から小さな石ころを拾い上げた。何やら念を送り込み、呪文のようなものを唱えると、その石が突如として変形し始め、小さな手足と、翼のようなもの、それから、妙にくりんとした瞳が現れた。


 翼の生えた石ころは、ふよふよと、その場に浮かんでいる。生き物……という見た目ではないが、命のような何かを感じ取ることができる。


『それは?』

「使い魔よ。特に何の力もない子だけれど。制御権はあなたにあげるわ」


 シルヴィがヴェンの頬に触れる。指先から鱗がぴりっとする刺激が流れ、次の瞬間、ヴェンの視界が歪む。


 気づいた時には、シルヴィの顔がすぐ近くにあった。奇妙なことに、視界が。一つは、本来の視点。もう一つは、視界に映る景色から、使い魔の視点だと察した。


 。ヴェンは理解した。試しに意識を集中させてみると、二つに分かれていた視点を拡大し、一つずつ注視することもできる。また、宙に浮かぶ翼の生えた石ころを、意のままに動かすこともできた。


『……なるほど。遠隔で操作ができるのか』

「ええ。戦うこともできないし、私から遠く離れるとただの石に戻るけれど……あなたの思うように動かし、視て、話すことができる」

『これなら、目立つ本体はこの辺りに潜伏したまま、共に町を散策することができる、と。便利だな』


 シルヴィは使い魔を両手で掴み、顔の前に持っていく。竜の視点であればシルヴィは小さな少女だが、使い魔の視点では、巨人とも言えるほど大きく見えた。何だか、新鮮な気分であった。


「今回の魔女は……恐らく、私だけでも大丈夫。だから、あなたはここにいて、その子で見ていてちょうだい」

『分かった。離れないようにするよ』


 とは言ったものの、空を飛んでいてはそれはそれで目立ちすぎる。どうしたものかと悩んでいると、シルヴィはそれに気づき、自らの身体を撫でるように腕を振るった。今まで着ていた白いワンピースを光が纏い、その上に、フードの付いた小洒落たマントが現れた。


 意図しているところを察し、使い魔の状態でフードの中に飛び込む。目立たないようにマントにしがみつき、視界だけを確保すれば、彼女の髪の長さも相まって上手く隠れることができた。



「では……早速、行こうかしら」



 シルヴィが、町へ向かって歩き出す。ここに来るまでとは逆の立ち位置になったようだ、なんてことを考えながら、彼女の髪に隠れながら、ヴェンはその行先を見つめた。

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灰かぶりの竜、恋煩いの魔女 お茶漬け @shiona99

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