14.空っぽ

「リオ君は、アザラさんの事は好きなのかい?」


 告白ラッシュに気まずくなり、リオさんと、学者達と宴会をしていると、学者の1人が今の時代にそぐわない言う。

 親戚と集まってると、こういうデリカシーがない発言をする奴が1人は居るのを配信で見たことあるけど、現実でも言う奴がいるのかとうんざりする。


「僕はアザラ様のことは好きですが、恋愛というより人として魔女として尊敬して好きです!

それに僕は、アザラ様とクロウ様に結ばれて欲しいんです!」


「は?」


「素晴らしい身体的能力の強さのクロウ様、魔術で誰よりも素晴らしい力を持つアザラ様。凄くお似合いですよね!

2人が僕を助けてくれた時の連携も素晴らしかったです……!」


 瞳を輝かせるリオさんに、自分の事を好きな者が現れるより、厄介なことがあるとは思いもしなかった。連携もそんなにしてない。


「だから、アザラ様!クロウ様にしてください!

迷われているのでしたらクロウ様を入れて一妻多夫にしてくださいね!」


 思想強〜〜!

 リオさんは酒を呑んでいないからシラフなんだろう。つまり、素でこんなことを言ってるのだ。流石についていけず、適当にあしらい、残りのお酒を流し込むと、私はひと足先に眠りについた。





「おはよ〜〜……。」


「おはよう。」


「アザラ様、おはようございます!」


 翌朝、まるで昨日の事なんか無かったように平然と過ごしている。私だけ意識しているのは癪に触る。こちらも平常心を務めようとするが……。


「……おはようございます。」


 アスタロトが顔を逸らした。

 照れてる!気にしてる!意識している!!顔を赤らめ、眉は8の字に下り、口はキツく一文字に結ばれている。

 これは、なんて貴重な表情だ!あの冷静沈着のアスタロトがこんな風になるなんて!

 ……確かに私と同じ不老不死になる為に、研究を重ねているのよね。アスタロトが研究しだしたのって何年経つっけ……軽く10年ぐらい?


 冷や汗が噴き出る。

 そんな長い年月をかけた恋を背負えるほどの責任は持ち合わせていない。

 私は魔術と、平穏な生活の為に生きてきた人間だから、恋などは考えたことなかった。好かれた事に浮かれはするけれど、じゃあ付き合いますなど、そんな無責任な結論は出せない!

 この中の誰かを選ぶのか、一妻多夫になろうが、全員断ろうが、それを選択する資格は私には無い。

 まずは考えに考えて、ちゃんと全員に向き合わなければならない。そんな最低限のことをしない結論なんて意味がない。


 そのことを皆に告げると、皆は頷いてくれたが……リュカだけは違った。


「何言ってるんだ?」


「そりゃあ、待たせてる身でこんな提案をするなんて不義理かもしれない……。」


「リュカ、お前アザラ様の気遣いを無駄にするのか?!」


「アスタロトも何言ってんだ。俺は、こいつなんて知らねぇ。」


 空気が重く張り詰める。アスタロトは誰よりも早くリュカの動きを止める為、土から植物の蔦を伸ばしリュカに巻き付ける。


「おい!何するんだよ!離せ!」


 親友からの攻撃に戸惑い抗議の声を上げるが、聞き届けることはなく、蔦から蕾が膨らみ、花開くと睡眠薬を吹き付ける。まともに吸い込んだリュカはやがて静かになった。


「攻撃早くない?」


「適切ですよ。リュカがアザラ様の事を忘れるなんて異常事態だ。

リュカ本人ではないか、記憶を操作されているかのどちらかだ。」


 指を動かして、淡い光を浮遊させる。魔術でリュカの体を調べるが、別人ではなく本人だ。記憶を除くと、私の存在がぽっかりと穴が空いていた。


「魔術によるものですかね。」


「相当の腕の持ち主ね。こんなに精巧に私だけの記憶を失くすのは生半可な技術ではないわ。

この中では、リュカが1番魔術の耐性が低いから狙われたのね。」


 そう告げると、クロウさんが短剣を自分の首元に近づけている。皮膚が切れ、ぷつりと血が滲む。


「な、何してるんですか!」


「自害だ。」


「は!?」


 急いで土の腕を作り短剣を取り上げる。クロウさんは首が繋がったばかりなのに、なぜそんな無茶な真似をするのか到底理解できない。


「……俺は昨日の記憶がない。」


「え?」


「リュカのアザラ様の記憶が抜けている事、俺も記憶が抜けている事。

魔術に耐性が低い者から順に、記憶を操作されている。時が進むにつれ、俺の記憶も完全になくなるかもしれない。

お前達に危害を加える可能性が高い。それを回避する為に自害する。」


「だからって……!」


「クロウさん、やめて下さい!」


「決めた事だ。力になれずに悪いが、足を引っ張るよりマシだろう。」


 短剣をどこからかもう一本取り出し、止めるよりも早く自分の首を深く刺した。より、確実になるように、ドアノブを回すように、短剣を捻る。そのまま、クロウさんは地面に倒れ、刃が貫通する。

 クロウさんの身体から血が滲み出し、床に染みを広げていく。私は慌てて魔術で傷口を塞ぎ、生命を繋ぎとめようとするが、アスタロトに制止される。


「ここで彼を蘇生したら、彼の行動が無になります。アザラ様、ここは堪えてください……まずは、犯人を探しましょう。」


 何も言えず、流れゆく血から目を逸らす。リオさんは嗚咽を漏らし、涙を流して蘇生を行わないように耐えている。

 暗殺者ゆえに自身の命さえも軽視してしまうクロウさんの考えを変えさせるには、どうすればいいのか――。

 いや……今は、犯人を探すのが先だ。


 誰かが忍び込んだ形跡もない。きっと、リュカが見張りの時を見計らって魔術を使い、記憶操作を行ったのだろう。内部決裂が目的なのは明白だ。

 深く息を吐き出し、冷静さを取り戻す。手早く魔術で周囲の状況を探り始めた。

 魔力の跡が僅かに感じる……この魔力は……。


「レーテーだわ。」


「レーテーか、厄介ですね。」


 近くの人間の記憶を吸い込み、記憶を奪われた人間は記憶喪失になる。それに加えて、レーテーに対して好意的な記憶を植え付けられる。『自分は、レーテーの友達だ。』と錯覚して、逃した例も存在する。

 クロウさんがレーテーを友人だと錯覚して、こちらに攻撃する可能性もあったのだ。自害は認めたくないが、最善策でもあった。認めたくないけど!


「犯人が分かったら、やる事は一つね。」


「はい……。」


 リオさんは涙を拭うと、女性の体を持ちながらも鳥の翼を生やし、鋭い鉤爪を輝かせたハーピーを召喚した。ハーピーたちは空を飛び回り、互いに頷き合うと、美しい歌声を響かせ始める。

 ハーピーは、ただの探知能力だけでなく、その魅力的な歌声で敵を誘い込むことができる。姿が見えないなら、むしろ来てもらえばいい。


 アスタロトは、リュカとクロウさんの周囲に防御壁を張る。これで記憶だけでなく、肉体にも傷を負わせることはできなくなる。


 背後から泥をかき分けて移動する鈍い音が聞こえた。レーテーは水でできたモンスターだ。泥の中を這い進んできたのだろう。ハーピーの誘いに引き寄せられたことに気づいたその瞬間、私はすぐに魔術を発動させる。


 大地から湧き上がる見えない力が、まるで全身を引き裂くかのように、圧倒的な力で押しつける。カエルが潰れるような音が鳴り響き、全てを飲み込む圧力が続く。水でできたモンスターを捕えるのは難しい。

 なら、移動すらも許さず、重力で完全に押し潰せばいい。

 岩が地面に落ち、重力の奔流がモンスターを飲み込んでいく。

 自分でも恐ろしく冷たい目をしていることが分かる。重力で自身さえも動かすことが出来ないレーテーを見下ろす。


「返しない。」


 圧力をかける。


「早く。」


 更に圧力をかける。


「返せッ!!!」


 軋む音が頭蓋に響き、世界が一瞬で反転したような感覚が広がる。次の瞬間、耐えきれず泥は崩れ落ち、水は地面に染み込むことなく、圧縮されて飛散する。


 我に返り、リュカに駆け寄る。

 大丈夫、戻ってはず……記憶操作したモンスターを直接倒せば治るはず……治らなかった……その時は……。

 緊張と不安で震える手で、睡眠を解除しリュカを叩き起こす。

 お願い……お願い……!


「あ、あれ?アザラ、どうした?」


 その能天気な声に、思わず体が脱力する。アスタロトもいつもの調子で喧嘩を吹っ掛ける。見慣れたやり取りに安心して、涙が滲む。

 無事が確認できたので、すぐにクロウさんを蘇生させ、危機を脱出したことに安堵する。

 しかし、クロウさんにはしばらく私とリオさんで命の大切さを懇々と説いておいた。

 クロウさんは最初ことの重大さを理解していないが、泣き出した私達を見てバツが悪そうにしていたので、今日はこの辺にしておこう。


「さて、禁書は移動していないといいけど……。」


 道徳の授業を終え、一息ついた私は、魔術を発動させ禁書の位置を確認する。


「あれ?」


「どうしたんですか?」


 見間違いかと思い、再度確認するが変わらなかった。


「禁書が、ない。」

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