7.笑顔

 この不気味な機械人形が、なぜ私だけを生かしたのかは分からない。自動防御のせいで仕留め損なったのか? いや、アスタロトも使えるはずだから、それは考えにくい。簡単に殺されるような相手ではなかったはずだ。


 ……これは夢か幻覚か?

 自然と後ろに下がる。壁に背を預けた瞬間、冷たい石壁の感触が現実だと意識させた。それが夢でも幻覚でもないと知ると、さらに焦りが溢れる。


「どうする……」


 動揺を抑えつつ、機械人形から目を逸らさないようにしながら、策を巡らせる。

 魔力はほとんど残っていない。自動防御で手一杯だ。

 倒れた仲間たちを見て、一瞬目の前が真っ暗になりかけたが、数々のダンジョンを踏破してきた経験が冷静さを取り戻させた。

 必死に拳を握り締め、辺りを探る。

 すると、画面にコメントが流れているのが目に入った。


「仲間になって早々やられるとか雑魚過ぎwww」


「魔女も雑魚だから仲間も雑魚www」


「俺なら秒で倒せるわ」


「禁書目の前にあるだろ。早く取れカス」


「イライラ動画」


 いつも通りの悪口ばかり。だが、その中に妙な違和感が引っかかる。思考が動き始めたその瞬間、触手が音を立てて襲いかかってきた。自動防御が弾き、私は機械人形に向かって突っ込む。攻撃は通らないのだから近づくのは容易だ。


 今度は、足の鋭い歯車が襲いかかる。なんとか避けるが、皮膚を掠め、血が流れる。

  機械人形は、この歯車が自動防御に有効なことが分かり、更なる追撃を繰り出す。

 鋭利な歯車が回転するたび、耳をつんざくような音が響き、電流が走ったような錯覚を覚えた。

 しかし、私は怯まずに突き進む。


 機械人形が胸部を開き、禁書を見せつけて挑発する。これさえ奪えば私の勝ちだ。

手を伸ばすと、瞬間的に腕が飛んだ。

 弧を描き、鈍い音を立てて地面に落ちる。


「ぁぁぁああぁぁーーー!!!!!」


 痛い痛い痛い痛い痛い。苦悶の表情の私を見て,また笑った気がした。

 でも、それでいい。


 私は腕も抑えず、膝もつかず、許しも請わない。切断された腕からは血が吹き出す。肉と骨が血に濡れて見える。

 その腕でぶん殴るーーーー!!


「っ!?」


 流石の機械人形も驚くが、すぐに体制を整える。でも、無駄だ。

 私の腕は禁書に触れている。1冊目を殴り、そのまま2冊目に血をつける。この為に腕を犠牲にした!


 機械人形の胸部にヒビが走る。首を絞めようとするが、その手は届かない。腐食の魔法を使い、鋼鉄の身体が錆びて動きを止めた。

 視界に映るのは、死んだように動かなくなった機械人形。


 だが、その顔はどこか笑っているようにも見えた。


 4人を倒せたのは、機械人形は生命も魔力もないから反応も出来なかったのだろう。盲点だった。上手いこと考える。

 作ったのが神と魔王だ。私を1人残したのは快楽主義のためだろう。それが仇となって壊されるのは因果応報というものだ。

 深いため息を吐き、周りを見渡す。これからこんなことは起こさない。戻った魔力で全員蘇生できるだろう。


 ファンファーレが、けたたましく鳴り響く。


「ついに禁書2冊目と、3冊目獲得おめでとう!」


「それでは、次の発表だ!」


 禁書を1冊獲得するごとに、隠された配信機能が解禁されるのだ。画面には冷酷な笑顔が浮かぶ2人が映る。


「コメントで出たことは絶対服従!」


「&対象者は魔女!」


 対象者を告げるためだけに、二冊もだしたのか……!


「それでは、行動方針のコメントは!?」


 軽快なドラム音が響き、コメントが一斉に流れる。


「自殺」


「自殺」


「自殺」


 冷酷なコメントが画面を埋め尽くす中、私は自分の息遣いさえも聞こえなくなった。視聴者達は、私の苦しみを娯楽として消費しているのだと、嫌というほど分かった。

 手には、クロウさんの短剣がいつの間にか握られていた。


「こんな、こんなことって……」


「それでは、やり直し!」


「いや、いや……」


 震える手で、短剣を喉元に突きつける。


「やめろ、やめ、やめてぇ!」


 馬鹿笑いが響き渡り、私の喉は切り裂かれた。吹き出した血は雨のようで私を、みんなを真っ赤に染める。

 ヒューヒューと空気が漏れる音を立てて、私は……。


 コメントに流れる自殺のコールと、手を叩いて喜ぶ2人を呆然と見る私の視界は赤に染まり、世界が遠のいていった。






 ……という幻覚を、撮影蝙蝠を通じて神と魔王、視聴者に見せたのだ。禁書3冊の獲得で魔力を半分取り戻した。

 半分の時点で私は世界最強になったのをこいつらは知らない。

 最強の力を手にした私は、これから最悪を見せてやる。快楽主義者どもには、自らの行いの報いをたっぷりと味わわせることになるだろう。


 これから、どうするか楽しみで自然と笑みが溢れた。

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