2.罠

「それではルールを説明しよう!」


「このダンジョンの階層は999階!

ダンジョン挑戦者のアザラは魔術しか取り柄がないのに、魔力0の役立たず!

その役立たずがやることは1つ!

このダンジョンに隠されている禁書を6冊見つけること!

俺は優しいから、禁書1冊獲得するごとに魔力が戻ってくるシステムだ!」


「期間は1年間。

タイムリミットを過ぎたら全種族、皆殺し。

ただし、我々が飽きたら期限を持たない。

のんびりしていたら、お前のせいで生物図鑑が白紙になるぞ。」


「また、配信のシステムもついてる!

通常の配信と変わらないが、いくつか特殊な設定もある。

全部明かしてもつまらないから、禁書を一冊手に入れたらこちらも発表しよう!」


「モンスターも襲ってくるからリアルタイムで犯され殺される様が見られるぞ!

無料のポルノ配信を見られてよかったな。バンなしだ!

勿論死んだら私が蘇らせるのでご安心を、その時はスタート地点で禁書は全てリセットさせるやり直し仕様です」


「「それでは、魔女裁判スタート!」」


 気色の悪い笑い声に神経を逆撫でにされる。

 ファンファーレとともにビビットカラーで彩れた「魔女裁判」のロゴが表示されて、弾けて消える。

 気分を落ち着けようと、息を思いっきり吸い込み深呼吸する。

 カビの臭いが肺に充満して、咳き込む。


 さて、今の状況だと勝ち目がないことは明確だ。

 ワンピースのポケットに入っていたのは回復用の薬草一つだけ。無いよりはマシだろう。

 暗闇で何も見えないが、唯一の灯りは私のことを撮るために背後に浮かぶコウモリだ。

 改造されてカメラが埋め込まれている。フラッシュもついているが、これを頼りにするのは心許ない。何より敵からのものを頼りにするのは愚かだ。


 火を起こすため、木の枝や石を集める。

 ダンジョンは素材集めには適任だ。

 いつもなら魔法ですぐなのだが、魔力0には難しい話だ。


 10分ほど格闘したころだろうか。

 もう1匹のコウモリが現れ壁に光を放つ。それはコメントだ。

 配信のコメントに「つまらない」「早く動け」などが流れる。

 いわゆるアンチコメントだ。

 全種族の命がかかってるのに何で物言いだよ。

 いや、悪魔とか天使がやっているのかもしれない。しょうもない。


 それから更に10分ほど格闘して、火がついた。その火を頼りに慎重に下層まで進む。

 火がなければ目をつけられなかったのだろう。でも、火がなければ先に進むことが出来ない。

 地鳴りのような足音とともに、そいつは現れた。

 

 ゴーレムだ。


 序盤では到底出てこない強いモンスター。調整間違いで文句がくるレベル。装甲が硬く、力も強い。


 なにより、攻撃無効。

 魔術のみダメージが通る。


 他の手段は、体のどこかに刻まれている『EMETH』の文字から『E』を消し『METH』にすることだが、とてもじゃないが探してる隙に潰されてしまう。


 今の私には到底太刀打ちできない敵だ。

 唯一の救いはスピードが遅いこと。

 戻っても行き止まりのため、私は駆け抜ける。

 地響きがなり、もつれそうになる足を必死に動かし、ひたすら下層に走る。


 途中大きな扉と、宝箱が横目につくが、立ち止まる余裕はなく、息を切らしながら走る。

 私は、後のゴーレムに夢中になり過ぎていた。


 獣の唸り声が聞こえ、立ち止まると、狼モンスターのワーウルフ。

 大型鼠のラットが口を開けて待ち構えていた。


「ひっ!」


 振り向き逃げようとするが、大きな地響きによって阻まれた。


「あ」


 鼓膜が破れそうな音とともに、私は潰された。


 一瞬だけで痛みを感じるまもなく死んだのだけが救いだ。

 意識を取り戻すと、宣言通りスタート地点に戻されていた。

 早速かよ……!

 コメントは応援とアンチの羅列が爆速で流れている。

 髪を無造作にかき乱し、再出発を決め込む。


 体が自分の意思とは無関係に揺れる。

 地響きにより体が揺れているのだ。


 真後ろには、ゴーレムが待ち構えてる。


「げぇ!?」


 ふりかざした拳をなんとか避ける。風圧で転びそうになるが、遅いおかげで股下を潜り先程と同じように走り抜ける。

 暗闇だが火をつける暇はない、見えないが道を進むのは危険だ。そのせいで先ほどと同じ道を走るしかない。


 性格悪い2人が作ったダンジョンなのだろう。

 モンスターも元いた場所に居るわけではなく、私というターゲットを追ってくるシステムにしたのだ。

 悪趣味にも程がある!


 先程、横目にはいった宝箱を見つけ、悪趣味な2人を思い出しそれを抱えて逃げる。

 数分もしないうちにワーウルフとラットが待ち構えていた。

 後ろにはまたゴーレム。

 無限に私を殺し続ける算段なのだろう。そうはいくか!


 ゴーレムが腕を振り上げた瞬間、宝箱を投げつける。


 振り上げた拳は止めることが出来ず、宝箱に激突する。

 瞬間、爆発音がし、私は近くの岩に素早く隠れた。


 つんざくような悲鳴が響き渡り、耳をふさぐ。


 音はすぐに止んだ。恐る恐る岩陰から顔を覗かせると、大量の矢に打たれたワーウルフとラットの死体。

 ゴーレムは爆発により動きが止まっている。

 予想が当たった。


 こんな序盤にある宝箱なんて、誰だって手が出るほど喜ぶべきものだ。

 しかし、性格悪い2人のこと。私がいかに無惨に死ぬのを見たいことだろう。罠が仕掛けてあるに違いないと利用させてもらった。

 死体を眺めて自分がこんな目に会わずに良かったと胸を撫で下ろした。


 体が震える。

 武者振いじゃない、恐怖じゃない。

 まただ。


 ゴーレムは矢も爆発も効かなかった。


「っざけんな!」


 怒りの声をあげ、再び鬼ごっこが始まる。

 しかし、いつまでもこんなことを続ける体力もない。

 先程通った扉を思いだし、息を切らしながら傾れ込むように部屋に入る。

 中には死体があった。

 扉を閉め、なんとか這いずり込み、息を整える。

 しかし、ゴーレムは扉を破壊しようと何度も攻撃を繰り返す。

 一体どうしたら……。


「……あ」


「っ!あ、アンデット!?」


 最悪だ。死体は生きる屍となって口を動かす。

 しかし、一向に私を襲いにくる気配はない。よくよく見ると、足には鎖が巻きいている。

 足は血まみれで痩せ細っている。

 この人も同じ目にあって元はただの人間だったのだろうか。

 そう思うと自分が今も死にそうな目にあって、唯一の回復手段の薬草をその人に使った。


「こんなの私の偽善かもしれない。2人ともあのゴーレムに殺されるかもしれない。

それでも少しは痛みをなくしたいの……自己満足でごめんなさい。」


 私がやっているのは優しさじゃない。そんなことぐらい分かってる。

 でも、自分を重ねてやってしまった。

 本来なら身代わり人形や、死者蘇生、ダンジョンからの脱出などの道具は全て身につけていたし、魔術も使えたのたが、全部盗られてしまった。


 さて、次の手段を考えるか。この部屋に何か罠があればさっきみたいに利用できるのだがと辺りを見回した時だ。


 破片が飛び散り、ゴーレムがドアを破壊して侵入を試みる。

 時間がない。


「借りは返す」


「え?」


 返事をする間もなく、ゴーレムはバラバラにされた。

 砂と土と石が流れ落ち、形作られたものが崩れる。

 一体全体何が起こったのだ?

 

 ゴーレムの傍には青年が立っていた。

 彼が倒したの?


 よく見ると、私がアンデットだと勘違いしていた青年だ。

 薬草のおかげで傷が癒ているが、痩せているのには変わりはない。

 ここに閉じ込められている間食料がなかったのだろう。

 なのに、なんでゴーレムなんて強敵を彼は倒せているの?


「俺の名前はクロウ。」


 そう告げると、彼は跪いた。

 クロウは包帯に巻かれ、そこから覗く瞳は鋭かった。


「命の恩人だ。俺がお前を守る」


まるで騎士のように告げられ、私は戸惑うことしかできなかった。

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