第1章 軍神、JKと出会う
第1話
「あ、あの……。お兄さん、大丈夫ですか?」
暑い日差しが照りつける下、アレスはその声で目が覚める。
それはテミスとは違い、幼く優しい雰囲気の子供の声であった。
「うぅ……ここは……」
「あ、生きてました! 大丈夫ですか? 救急車呼ぶですか?」
アレスがゆっくりと目を開けると、肩まであるぼさぼさの髪に黄色い通学帽を被った一人の少女が、太陽の光を遮るように上から覗き込んでいるの見える。
差し出された小さな手を借り、ぼぉっとする頭を左右に振りながら起き上がるアレス。
彼は、公園脇にある大きな木陰の下で座って倒れていたのだと理解した。
「そ、そうか。ここがスタートということだな……。しかし転移とはやっかいだな。なにも情報が無いまま突然始まるのか? これからいったいどうしろと――」
「あの、救急車を……」
その少女はランドセルを背負っており、今から通学するところだったようだ。
かなりの近眼なのか瓶底のような眼鏡をかけており、アレスにぐっと顔を近づけ心配そうに確認している。
「い、いや、もう大丈夫だ。救援は結構だ」
「それか、私の家そこですから、お母さん呼ぶですか?」
彼女が振り向く先には、白壁の綺麗な戸建てが見えた。
「いや、私は十分に訓練しているし自分で対処できるので結構だ。心遣い感謝する」
「うふふ。面白い話し方です。貴族様みたい」
アレスは、『お前も変わった話し方だが』と言いかけたとき、テミスの言葉を思い出す。
「そうか。そう言えば、この話し方は駄目だとテミスが言っていたような……」
「テミス? 外国人さんですか?」
「い、いやなんでもない。行ってくれてよい……いや行っていいぞ。ありがとう、だ」
「ほんとに大丈夫ですか? それなら私は学校に行くのでさようならです、お兄さん」
そう言って少女はゆっくりと歩き出すが、心配なのか何度も振り返りアレスの様子を確認している。
そして遅刻を気にしてか途中から小走りになり、すぐに見えなくなるのだった――。
「子供と話すなど何年ぶりか。それに、人に優しくされたのも……。さて! これからどうしたものかな。それにしても、この世界はなんて暑さだ! 湿気が多くじめじめして過ごしにくいところだな。空気も濁っているように感じるし」
アレスはそう言いながら、額に流れる汗を拭き周りを見渡してみる。するとそこは下町風の家やアパートが取り囲む中にある狭い公園で、目立った情報がなにも無い。
そのとき彼はふと、着ている服のポケットになにかが入っていることに気づく。
すぐに手を入れて取り出してみると、それは学生証と書かれた手帳であった。
その氏名欄には『黒神(くろがみ) アレス』と書いてある。
そして十七歳の高校二年生であることもわかった。
「黒神だと? 悪意の塊のような名前をつけよって。しかし高等学校とはな。たしか前世でも同じようなものがあったな。あの世界では初等クラスから飛び級で士官学校まで行ったので、いわゆる高校というところに通ったことはなかったが……。ん? これは住所と書いてあるな。とういことはこれが住み家か。とりあえずここまで行ってみて……。いや、だがその前に、まずは全体を把握しておくかな」
アレスは独り言をぶつぶつと呟いた後、無詠唱で浮遊魔法を発動し一気に空へと舞い上がった。そして眼下に広がった景色を見て思わず絶句してしまう。
「な、なんなのだ、この街は!」
アレスが初めて見た日本の街。
多くのビルや車、人々が蟻の大群かのようにひしめき合う――そんな世界に驚愕し圧倒されるのだった。
「石やレンガ造りの家が一軒もない……。あの、高い建物がビルで、一列に走っている鉄の塊が自動車というやつか……。山や緑も少ないし道が狭く川も汚れている。ここはなんと住みにくそうな街なのだ……」
そのとき、彼が見下ろす地上に先ほど声をかけられた少女の姿が目に入った。
かなり急いでいるのか横断歩道の手間で足踏みしながら信号が変わるのを待っている。
そして歩行者側が青になり少女が走り出したそのとき――一台の車が減速せずにその横断歩道へ向かうのが見えた。
同時にアレスはなぜか嫌な予感がし、咄嗟に予知魔法を発動する。
――横断歩道中央の少し手前。
赤いランドセルを揺らし走る少女。
渡った先にある小学校の門が気になり、周りが見えていない。
猛スピードで近づく運送トラック。
そして、携帯電話でなにかを確認し、わき見している運転手。
次の瞬間。少女はそのトラックに衝突され、動かなくなるのだった――。
予知が終わると、貧血になったようにフラフラと上空から落下し始めるアレス。
なぜなら膨大な魔力が必要な予知魔法を使ったため、魔力欠乏症になったからだ。
しかし彼は、なんとか残りわずかの魔力を振り絞り少女の背後へと転移する。
そして即座に、少女の背中に向かって強く突進した。
結果少女の命は救われたが、代わりにアレスが車に強く跳ね飛ばされたのだった――。
「お兄さん! しっかりしてくださいです! 誰か! 救急車を呼んでください! お願いします! お兄さん、死なないでください! お兄さぁぁぁぁん!」
意識が朦朧とする中、ポケットから幸せカウンターを取り出すアレス。
そしてカウンターが0のままであるとわかると、残念そうな表情で目を閉じる。
そして彼は息絶えたのだった。
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