JKよ、神を助けてくれないか
はるなん
プロローグ
プロローグ
「おかえりなさいませ」
その気高く澄んだ声は、頭に優しく響く女性の声だった。
仰向けに倒れていた男はその声で目を覚まし、そしてゆっくりと口を開く。
「うぅ……ここは……」
「おかえりなさいませ」
「んん? ここはまさか……」
「はい、天界でございますよ。先ほど戻られました」
「戻った……だと?」
すると男は慌てて上半身を起こし、腹に手を当ててなにかを確認している。
それを微笑みながら見る彼女は、その行動の意味を理解しているようだ。
「傷はもうございませんよ。前世のこと、覚えておられるのですね」
「前世? ああ、そうか……。私は突然誰かに後ろから刺されたのだ。剣が腹を貫通したところまでは覚えている」
「ええ。それで絶命されたのです」
「絶命? 私は死んだのか? はは……ははは! やったぞ! やっと天界に戻れたのか! あの退屈な人間社会からやっと解放されたのだな! この四〇年もの間、なんと長く辛い時間だったことか!」
「あの……」
「魔法も使えない退屈な世界など二度とごめんだ! これでやっと――」
「あの、よろしいでしょうか……」
「なんだ!」
「も、申し訳ございません!」
「今はこの喜びを噛みしめているところだというのに、横からごちゃごちゃと――」
「そのお喜びのところ申し訳ございませんが、お伝えしたいことがございます」
「待て。その前に、名を名乗るのが先であろう」
「申し遅れました。わたくしは女神『テミス』と申します。ゼウス様よりこの世界の掟、そして輪廻転生に係わる全てを一任されている者でございます。以後お見知りおきを」
テミスと名乗る女神――彼女は絶世の美女神という言葉が相応しいほどの綺麗な顔立ちで、白銀の長い髪を風に揺らし立っている。
そして細身で高身長かつグラマーな身体には、古代ギリシャ人が着るような一枚布の衣服に白く透き通る衣を羽生っていた。
そんな彼女の名は『不変なる掟』という意味を持ち、『正義』の象徴でもある。そして最高神ゼウスから絶対の信頼を得ている女神であった――。
「貴様がテミスか。私と顔を合わせるのは、これが初めてだったか?」
「はい、お初にお目にかかります。この天界でも最高位といわれる『軍神アレス様』にお会いできるとは、誠に光栄でございます」
軍神アレス――最高神ゼウスの息子でもある彼は『戦いの神アレス』とも言われ、軍事・戦争を司る神であり、彼が消滅すれば世界から全ての争いが無くなると例えられるほどである。また、その狂暴さから彼のことを良く思わない神々も多く、ありもしない噂を流され誤解されることも多々あるようだった。
そして、その二人が天界と話すその場所。そこは天井がない無限に広がる空間で、漆黒の床には青く広がる大空が綺麗に反射している。
なんらかの方法で空間を制御しているのか、空と床以外には二人の姿しか見えない不思議な世界であった――。
「この天界で貴様と私は同格であろうから、へり下る必要はない。それに最高位といっても今はこの有様だ。父上の怒りを買って、訳のわからない異世界に突然放り込まれた。それからここへ戻るまで四〇年もかかったのだ。四〇年だぞ! 魔法も使えない世界でなにをすればよいのかもわからず、ただ生きるだけ……。下界へは二度と戻りたくない!」
「心中お察しいたしますが……。それで、そのゼウス様より伝言がございます」
「父上から伝言? 父上はどこにいるのだ? 伝言などせずともここへ来て直接、私に申せばよいではないか! 四〇年ぶりの再会だというのに!」
「は、はい! しかしゼウス様は、アレス様の顔も見たくないと……」
「なっ! 顔も見たくない……だと?」
「は、はい……」
「そう言いながらも、実はこの会話をどこかで聞いているとか?」
「いえ、声も聞きたくないとのことです」
「ま、まさか、そんなはずは――」
「同じ空気を吸うのも嫌だと申されておりました」
「うっ! ……そ、そんなに怒っておられたのか?」
「お怒りでいらっしゃいましたわ」
「ほ、本気のやつか?」
「本気も本気、いわゆる、まじオコというやつでございます」
「くっ! なぜだぁぁぁぁ! あれだけ我慢して、父上の言う通り異世界の生活を終わらせたというのに! いったいなにが不満なんだぁぁぁぁ!」
「その生活の仕方に問題があるのです!」
テミスは突如、両手拳を握りしめて大きな声を出した。
「も、問題だと?! あの生活になんの問題があったというのだ!」
「問題だらけでございますわ! なにをどうすれば、あのようなことになるのでしょうか?!」
「いや、なんのことだかさっぱり――」
「ご説明しなければなりませんか? わかりました。ご説明いたしましょう! 転生後、十五歳となるまでにあらゆる武術、格闘技、学問を習得され最年少で軍に入隊――」
「よい経歴ではないか。まったく問題ないであろう」
「ここからです! 邪魔者を全て暗殺し二〇歳で将軍に。そして革命を起こし、近隣諸国を滅亡させ帝国をつくり初代皇帝となられましたね!」
「うむ。素晴らしい!」
「そして、最後には世界大戦勃発の原因をつくり、このまま大戦が続けば人類滅亡は免れないとまで言われました。これがどういうことかご理解されていますか?!」
「なにをそんなに怒っているのだ。戦いの神としては最高の経歴ではないか」
「なにが『戦いの神』ですか! あの世界の民衆がアレス様のことをなんと呼んでいたかご存知ですか!」
「私のことを? それは……『軍神』とかではないのか?」
「違います! 『魔王』ですわ! ま・お・う!」
テミスはアレスを指さし、神にとって屈辱的な二つ名を口にした。
「ま、魔王だと?!」
「そうです。魔王です! アレス様はあの世界で、神ではなく魔王と呼ばれ恐れられていたのですよ。そしてあなた様の背中を刺したのは、異世界から召喚された勇者です!」
「な、なんだと? あれは勇者だったのか?! 突然後ろから刺されて、顔を見る暇もなかったぞ……なんて卑怯な勇者だ!」
「その発言が正に、魔王そのものではないですか! 今、あの世界では魔王討伐の祝賀パレードが行われておりますよ。それはもう、世界中が大騒ぎです!」
「わ、私はそんなに嫌われていたのか……」
「あそこは過去に転生、転移した神たちが時間をかけて創り上げたユートピアのような場所だったのです。あの世界であればアレス様も優しい御心を取り戻されるかと思い、ゼウス様は転生を指示されました。しかしこのような結果となってしまって……」
「だから父上は怒っているのか……」
「その通りです! で! それを踏まえた上で、ゼウス様より伝言がございます」
「嫌な予感しかしないのだが……。聞こうじゃないか」
「伝言。『もう一度、別の異世界で一からやり直せ』、以上」
「なんだとぉぉぉぉ! それだけは勘弁してくれぇぇぇぇ!」
「わたくしに言われても知りません! ちょっと! 足に抱きつくのはおやめください!」
「絶対に嫌だぁぁぁぁ! また赤子から始まって、数十年の退屈な日々を過ごせというのか! それならまだ地獄に行く方がましだ!」
「まあまあ落ち着いてくださいませ、アレス様。話は最後までお聞きくださいますか。実は今の伝言とは別で、いくつかの条件もご提示されておりますわ」
「そ、そうなのか?」
「はい。前回は記憶を消した状態で人族に転生し、赤子から始めていただきました。まあ、それなのにあれだけの悪行を繰り返したのは信じられませんが」
「それは、私をそんな風に育てた人族の親に言ってくれないか」
「で! 今回は赤子に転生ではなく、青年の姿で転移していただきます」
「青年の姿で転移?」
「はい、そうです。アレス様の見た目を青年の姿まで若返らせ、今の記憶もあるままで転移していただきますわ」
「おお、それはありがたい!」
「なぜ、転生ではなく転移とし記憶がある状態にするのかと申しますと、ゼウス様が決めた条件をクリアしていただくためです」
「……その条件とは?」
唾をゴクリと飲み込むアレス。
すると、テミスは一本指を立てて、アレスの顔の前に出した。
「一千万人を幸せにしてください」
「は? 一千万の人を幸せにする?」
「そうです」
「しかし、『幸せに』とは具体的になにをすればよいのだ?」
「そんなの、ご自分で考えてくださいな」
「つ、冷たいな……。それでは、なぜ一千万人なのだ」
「それは、アレス様が前世で不幸にした人の数です!」
「んなっ! そういうことか……」
「間接的なのも含めると、その数十倍ですが……、さすがにそれは無理だろうということで今回はアレス様が直接関わった一千万人ということにされたようです。戦時下のこととはいえ、この人数は考えられません! ですから此度の責務にて『自分で苦しめた数と同じだけの人を幸せにし、そして自身が犯した罪の重さを己の身をもって感じてみよ』とのことですわ」
「しかし、幸せにした人の数はどうやって数えるのだ? 自己申告か?」
「そんな訳はございません。これをお渡しします」
そう言って、テミスは手のひらに収まる万歩計のような黒い個体を手渡した。
その表面には、ゼロの数字が八つ横に並んでいる。
「なんだこれは」
「幸せカウンターですわ」
「……はい? 幸せ……なんだって?」
「幸せカウンターですわ。これは、アレス様が幸せにした人を自動でカウントする、そんな超便利で素敵な魔法が付与された『幸せカウンター』ですわ」
「そんな都合のよい魔法があったのか?」
「おほほほ。このわたくしが開発いたしました」
「で、では、この数字が一千万になるようにしろ、ということか」
「そうです。一千万を達成すればアレス様は晴れて天界に戻ることができ解放されます。しかしながら達成前に死亡された場合は、また別の異世界でゼロから始めていただきますからね」
「なに? 死んだら再びゼロから始める異世界生活を――」
「と、とにかくそういうことです! お願いですから、死に戻りなど繰り返さないようにしてくださいませ。死亡したら時間は戻りませんがカウンターはゼロに戻りますからね。死なないようにご注意くださいよ」
「し、しかし人間界で生ある内に一千万人達成するなどできるのか? いったいどれだけの日数がかかるのか見当もつかんぞ」
「そうですねぇ。次に転移していただく異世界は前の世界とほぼ同じで一年が三百六十五日ですから……。一日あたり三五〇人、一年で十三万人ほど幸せにすれば、八〇年くらいで戻れますわねぇ。平均寿命が八〇歳程度の人族ですから長生きすれば大丈夫ですわ。おほほほほ」
「いや、それ無理だろ」
「しかぁし! そう言われると思いまして、今回の転移ではなんと! 魔法は使えるようにさせていただきましたわ!」
「おぉ! 次の世界は魔法が使えるのか?! それはありがたい!」
「ただぁし! その世界で魔法が使えるのはアレス様だけですからね。他の人族は誰も使えませんので、間違っても人前で魔法を使ったりしないようにご注意くださいませ。それと! 直接または間接的にでも、人の殺害のみならず重大な犯罪行為をした場合は強制的に死亡させられ、ゼロからリスタートとなりますからね」
「それでは、なにもできないではないか!」
「できるっちゅうねん!」
テミスはそう言った後、呆れた様子でなにかの魔法を詠唱し、アレスの足元に大きな魔法陣を浮かび上がらせた。
「それでは早速行ってきてください。頑張ってくださいませ」
「お、おい! これだけの情報でもう行くのか?! 他にもなにか情報をくれ!」
身体が徐々に足元から消えて行くが、止められないアレス。
「後はご自身でいろいろと考えてみてください。あ、ちなみにこれから行く異世界は地球という星の『日本』という国です。戦争が無く平和で安全、四季があり食べ物もおいしいお勧めの国でございますよ。わたくしが行きたいくらいです……」
アレスの身体は頭だけとなり意識が遠のき、次第に声も遠くなってくる。
「戦争がないだと?! なんて退屈な世界なのだ! くそっ! この屈辱忘れまいぞ! 貴様のことも覚えておくからな!」
「あ、最後にもう一つですが。その世界の一般常識は一式、記憶領域に付与しています。言葉は通じますし読み書きもできる状態なのですが……。日本ではその話し方、できれば変えてくださいね。厨二病みたいで、みんな引いちゃいますよぉ…………」
その言葉を最後にアレスの身体は天界から消えてなくなるのだった。
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