2 くそ田舎の山にて
そろそろ3月も半ばを過ぎようとしている都内はかなり暖かくなってきたが、地方の山間部となれば、まだまだ寒い。日によってはダウンジャケットなどの防寒具がまだ必要だ。
そんな山道を、ブツブツ文句を言いながら歩く一人の少女。小型のリュックを背負い、黒いダウンジャケットを腰に巻き、白いTシャツ姿で、息を切らせて山を登る。
「マジか……おのれ佐久間……何が簡単な仕事だ」
―――― この“札”を肌身離さず持っていろ……。
数日前に渡されたその“お札”は、見たことがない模様と文字で、何を意味しているのか分からないが、おおよそ魔除けといった類だろうと勝手に解釈した。
だいたいお札なんてそんなもの、他に何があるのかルコは知らない。
そして今日の早朝、佐久間にたたき起こされ、埼玉の山奥に連れてこられたのだが。
―――― おい、肌身離さずとはいったが、パンツに挟めとは言ってないぞ。ストリッパーかお前は……まあいい、これから軽い登山だ、準備しろ。
「で、なんでアタシだけ山登ってんの? アイツまじで帰りやがった」
―――― この山道を登ると途中に神社がある、その中に入って札を貼りかえてこい……あと、少し危ないとか言ってたな……とりあえずこれを持って行け。効果があるかは知らんが、ないよりはマシだろう。
ルコの首にはロザリオが、左腕には数珠が巻かれていた。
「アタシでも罰当りって思うんだけど……これ」
それにしても、とストレッチしながら山道を見渡す。山側は草木が生い茂り、その密度もあって薄暗いが、反対側は遠目に都市部を見ることができる。
さっきまで、あそこにいたんだよなぁと呟いたと同時に冷気をともなった風が吹き、身を震わせダウンジャケットを慌てて着る。
(なーんか、この山、感じ悪いんだよねぇ……)
この山は音が少ない? 道中で聞いた音は、自分の息づかいと独り言、足音、風とそれに揺れる枝葉……もう少し鳥のさえずりとか聞こえてもよさそうなものなのにと。
どうにも生命力というものを感じない。「やあ、こんにちは」と熊が現れても困るのだが……この山の雰囲気が、そういった生命を感じさせない。ただただ自分が雰囲気にのまれて、そういう風に感じているだけかもしれないが。
そして、感じ悪いと思う最大の要素が、先ほどからずっと何かに見られているような気配がするということだった。
真逆だった。生命力を感じないのに、視線を感じる。
嫌な想像をしてしまったので、ルコは佐久間のせいにした。
「うん、だいたいアイツが悪い。クソッ! 佐久間、クソッ! ペッ!」
無愛想な男を思い浮かべ唾を吐く。
唾を吐いたとき、自分の首筋に植物の蔦が絡みついているのに気付いた。おおよそダウンジャケットを腰に巻いていたときに絡みついたのだろうと思い、ルコは蔦を取ろうと手を伸ばした。
(ん? ……うごい……た?)
蔦をつかむと、その蔦がもぞもぞと動く。首筋の蔦の先端をよく見ると、先端はぐるっとルコの眼前まで伸びる。
それは、蔦ではなく、巨大なナナフシのような昆虫だった。昆虫の先端、つまり顔は親指ほどの大きさで、その複眼にルコの顔が映っていた。
巨大ナナフシの口は昆虫のそれではなく、人の口のようで、唇もあった。
その奇妙な口が大きく開かれるのと、ルコの絶叫が放たれるのは、ほぼ同時だった。
『キシャアァァァー!!』
「うっ……ぎゃあぁあぁぁー!!」
ルコは奇妙なナナフシを首筋からもぎ取り、藪の中に放り込み、全力で山を駆けのぼっていった。
ナナフシが放り込まれた藪の中から人影がのそりと立ち上がり、全力疾走するルコの後姿を見送る。
それはお面をつけた男? だった。
そのお面は、“ひょっとこ”だった。
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