5話 朝の教室
翌朝、朝人が教室に到着すると、既に何人かの生徒が席についていた。
時刻は朝の7時40分。始業まではまだかなりの時間がある。
今日は珍しく早起きしてしまったので、早めに登校して図書室で本でも読もうと考えていたのだが、その考えはすぐに改められた。
「おはよう、瑠璃さん」
「――っ! お、おはよう朝人くん……」
「随分早いね。今日も何か用事あったの?」
「べっ、別に用事があった訳じゃないけど……」
隣の席の美少女に声をかけると、何故か体を震わせて、ややぎこちない挨拶が返ってきた。
心なしか頬が少し赤い気がするが、多分気のせいだと思い、やや雑に机の上にリュックを置いた。
瑠璃がいるのであれば図書室に行くのはやめて、お話をするか、それが無理なら最悪隣で静かに持ってきた本を読んでいよう。
好きな人ならば近くにいるというだけでもきっとそれなりの満足度を得られるだろうと朝人は考えていた。
しかしお話をすると言っても、悲しいことに女の子と話せる
そんなことに頭を悩ませながらリュックの中をごそごそと弄っていると、意外なことに瑠璃の方から話しかけてきた。
「ね、ねぇ、朝人くん」
「えっ、はい! な、何かな?」
「……朝人くんはこのキャラクターのこと、詳しいの?」
「このキャラって……ああ、この子ね。うん、えっと、それなりには知ってるよ」
瑠璃が朝人に見せたのは、昨日のキーホルダーだった。
そこに描かれているのは『究極星間魔法少女-アルティメット・ウィッチーズ4
正直、それなりどころじゃないくらいには詳しいのだが、もしそれを解き放ってしまおうものなら、瑠璃にドン引きされてしまう事間違いなしと判断した朝人は、敢えて”それなり”と答えた。
自分は
「もしよければ、どんなキャラなのか教えてくれないかしら。その、私、
「あっ、なるほど……そういうことなら、簡単に説明するね。まずその子の名前は――」
それから朝人は慎重に言葉を選びながら、その作品とめぐるというキャラクターについて語り聞かせた。
アルウィチとは滅びた
その中でも4のテーマは、魔法によって自分たちの星を自分たちの手で滅ぼしてしまった、という罪を抱えた祖先を持つ魔法少女たちが、すぐにでも魔法による介入を行わなければ霊長が滅びてしまう星を目の前にしてどのような選択をするのか、という内容であり、魔法及び魔法少女たちの本質に迫る極めて人気の高いストーリーとなっている。
もちろんゲーム自体が最高だったのは言うまでもないが、中でも主人公のめぐるが見た目も性格も非常に好みだったことをよく覚えている。
「――って感じかな」
「なるほどね。ありがとう、よく分かったわ」
「う、うん。参考になったら良かったよ……」
朝人の解説を聞いた瑠璃は、まっすぐ朝人の目を見つめていた。
いろいろと掻い摘んで説明したつもりだったのだが、それでも喋りすぎてしまったのだろうか。
朝人は少し不安になるが、瑠璃はどこか穏やかな表情でさらに問うた。
「朝人くんは、今でもその作品のこと、この子のこと、好きなの?」
「えっ、それは……まあ、うん。そうだね。思い出の作品だし」
「思い出?」
「中学の時、さ。仲が良かった女の子の親友がいて、ソイツと二人でこの作品のこと良く語り合ってたんだ。お互いにいろいろ考察してさ、それが楽しくてさ、今でも忘れられないんだ」
「――っ! そ、そうなんだ……」
「ってごめん、ちょっと関係ない話しちゃった」
「ううん、聞いたのは私だから」
何故か、瑠璃の顔には柔和な笑みが宿っていた。
そして、キーホルダーを軽く撫でると、僅かに視線を逸らしてこう言った。
「私もね。このキーホルダーをくれた人のこと、今でも忘れられないんだ」
「――っっ!!」
「その人とは遠く離れ離れになっちゃったけど、その人も昔、朝人くんみたいにその作品のこといろいろと熱く語り聞かせてくれたんだ」
「そう、なんだ……」
「ありがとね。朝人くんのお陰で
「……それなら良かった」
またも”大切な人”と瑠璃は言った。
その言葉が棘のように胸に刺さるのを感じながら、朝人は精いっぱい普通の表情を作り上げて答えた。
大切なものを扱うようにキーホルダーを手のひらに乗せ、包み込んだ瑠璃は、不思議とどこか意地悪そうな表情をしてこちらを見ていた。
「朝人くんもその仲の良かった子とまた会えるといいね」
「えっ、ああ、まあ、ね」
「……多分、そう遠くないうちに会えると思うよ」
「……へ?」
「それじゃ私、ちょっと職員室に用事があるから、またね!」
そう言って笑顔のまま軽く手を振って、瑠璃はそそくさと教室の外へ行ってしまった。
何故瑠璃は朝人がその仲の良かった親友と再会できると断言できたのだろうか。
(……待てよ? 確かあの瑠璃ともアルウィチ4のグッズを買いに行ったことあったような気が……)
朝人の脳裏にその時の光景がぼんやりと浮かび上がってくる。
だが、その記憶にはもやがかかっていて、はっきりとしたことは思い出せない。
もしかするとあの時、朝人は瑠璃に何かのグッズを買ってあげたような気もするのだが……
(いや、まさか、な。そんなはずはない……ないよな?)
己の頭の中に浮かぶ二人の瑠璃の姿。
あまりに似ても似つかないが、よくよく考えたら瑠璃のマスクの下をはっきりと見た事がなかったことを思い出す。
食事の際など、ちょくちょく外しているのは見た事あったが、あまり意識していなかったので記憶に残っていない。
(実は意外と容姿も良かった……のか?)
だとしてもあの変わりようはあり得るのだろうか。
朝人の思考は、二人の瑠璃が結びつくイメージを出力できないでいた。
だがもし、万が一にでも、
その時は、天堂瑠璃という少女は、見た目も中身も朝人の理想そのものと言っていい、朝人にとって完全無欠な美少女となるだろう。
だが、もしそうなったとして、果たして自分という男は、その瑠璃に釣り合う存在と言えるのだろうか。
一瞬にしてそんな思考で瑠璃の姿がかき消されてしまった。
(……考えるのはやめよう。分不相応な夢を見過ぎて痛い目を見るのは、物語の世界ではお約束だしな)
朝人は、一度思考を放棄して、手元のスマホに視線を落とした。
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