4話 イメチェンは誰のために

「ただいまー……って、何してるのお姉ちゃん」

「うぅ……琉輝那るきなぁ……」

「うわ、半泣きじゃん……いったい何があったってのよ……」


 艶のある黒髪をツインテールにまとめ、若干の幼さを残した端正な顔立ちの少女、天堂琉輝那てんどうるきなは、ソファの上で猫のように包まりながら、この世の終わりかのような表情で何かを訴えかけてくる姉の姿を見て引き攣った表情をしながら問う。

 姉の瑠璃が、実は非常に繊細で傷つきやすい性格であることをよく知っている琉輝那は、今回もどうせ些細なことで落ち込んでいるのだろうと察していた。

 だが、事情を聴いてみると、どうやら今回は瑠璃にとって非常に重要な案件らしいことが分かった。


「えっ、朝人にいがこっち戻ってきたの!? やったじゃんお姉ちゃん! ずっと会いたかったんでしょ?」

「う、うん。でも、ね……」


 琉輝那にとっても赤嶺朝人という男は浅からぬ関係だ。

 姉の瑠璃と親友だった朝人は、かつて何度も瑠璃の家を訪れたことがあり、その際に2歳年下の妹である瑠璃も一緒になって遊ぶことも少なくなかった。

 琉輝那としても兄のような存在への憧れや大好きな姉の大切な人ということもあり、朝人によく懐いていた。

 

「えーっ!! お姉ちゃん、朝人兄に言えなかったの!? なんでよ!」

「だ、だってぇ……朝人が私のこと忘れてたり、もうどうでも良かったりしたら私耐えられないもん……」

「いやいやいや、朝人兄に限ってそれはないでしょ! あんなに仲良かったんだから……」

「それはそうだけどぉ……もう2年以上も朝人と連絡とり合ってないし……から私、連絡返せてなかったから……」

「それは……仕方ないよ。あの時はそれどころじゃなかったんだし」

「……ごめん、余計なこと言った」


 お互いの表情が暗くなり、一瞬の間沈黙が流れる。

 そう。朝人と瑠璃は数年前までは離れていながらも連絡を取り合っていた。

 だが、最後にその連絡を絶ったのは他でもない、瑠璃だった。

 瑠璃側から、朝人に対してもう一度会えないかと提案したが、朝人は事情によりすぐには難しいと拒否したことで一旦話は流れ、それからすぐに朝人からのメッセージに瑠璃が返信できなくなり、その期間が長引くほど罪悪感が広がってしまい、結局今日にいたるまで返信は出来ていない。

 

「でもさ、朝人兄はそんな事で怒るような人じゃないと思うけどね。お姉ちゃんも分かってるでしょ?」

「……うん」

「だったら正直に言えばいいじゃん。しばらく連絡できなくてごめんなさい、またになってくださいって」

「ふえっ!? ま、またって! こ、ここ、恋人って!! ち、違うから! 朝人とはそういう関係じゃ……」

「でも、好きなんでしょ? わざわざあたしに朝人兄好みの見た目にイメチェンしたいから手伝ってって言ってきたくらいなんだから」

「それはその……うぅ……」

 

 顔が真っ赤に染まり、恥ずかしそうにクッションに顔を埋める瑠璃。

 そう。瑠璃が現在の姿になったのは、ほとんどが琉輝那のお陰である。

 琉輝那は元々おしゃれが好きで、自分をかわいく美しく魅せる術に長けていた。

 その結果読者モデルにスカウトされるくらいの美少女として、今でも周囲から人気の存在となっている。

 もともと琉輝那としても、自分と同じで素材が良いのにわざわざそれを隠すように生きていた瑠璃のことを良く思っていなかったので、イメチェンしたいという提案は願ったり叶ったりだったのだ。


 ダサい眼鏡はコンタクトに変え、マスク等顔を隠すアイテムは基本的に着用禁止。

 乱雑に切りそろえていた黒髪ショートは、朝人の好みである金髪ロングにし、私服は琉輝那が選んだものを着用する。

 その他、美貌を維持するためのあらゆる指導を受け、瑠璃は生まれ変わった。


「はっきり言って昔のお姉ちゃんのことしか知らない朝人兄が、今のお姉ちゃんを見て『あの瑠璃だ!』とは思わないと思うよ? 何なら比較するために昔の写真、持ってきてあげようか?」

「い、いい! いらない! 見たくないっ!!」

「まぁ、あの時はハッキリ言って酷かったからね……で、どうするの? お姉ちゃんが言えないならあたしが言ってあげようか?」

「そ、それは……」

「どっちにしろ、朝人兄が返ってきたなら挨拶しておきたいし、また仲良くしたいしね」

「も、もうちょっと、待って欲しい、かな……」


 クッションを抱き枕のように抱え込みながら、恥ずかしそうに指をこすり合わせて瑠璃は言った。

 

「ちょっとずつ、ヒント出して、朝人が私のことちゃんと覚えてるか確かめたい……それに、できれば朝人の方から気づいて欲しいなって……」

「そんな回りくどいことしなくても素直に言っちゃえば簡単に解決すると思うんだけどなぁ……」

「うぅ、でも今日緊張しちゃって朝人に冷たい態度とっちゃったかも……うぅぅ……」

 

(まったく、我が姉ながらなかなかに面倒くさい性格してるなぁ……)


 琉輝那はソファの上で悶える姉の姿に小さくため息を吐きながらも、こんなことで悩めるようになったのもきっと成長なのだろうと思い、温かく見守ってあげることにした。

 ひと通り言いたいことも吐き出しただろうと思い、一度部屋に戻ろうとしたその瞬間、不意に瑠璃のスマホから着信音が鳴った。


「ん……だれ……って、ひあああっ!!?」

「なになに? もしかして朝人兄からメッセージでも来た?」

「な、なんでわかったのっ!?」

「そりゃこの状況でメッセージ一つ受け取って慌てる相手なんて一人しかいないじゃん……」

「うっ、それは……」


 スマホを放り投げてしまいそうなほど驚いていた瑠璃だが、慌ててキャッチして、再度その画面を見た。

 内容が気になった琉輝那もその後ろから身を乗り出すようにして覗き込んだ。

 メッセージの送り主は他でもない、朝人だった。


 ”久しぶり! 元気にしてたか?”

 ”俺また転校で叶枝町かなえまちに戻ってきたんだけど、今でもそっち住んでたりする?”

 ”もし近くにいるんなら、今度こそ会おうぜ!”


「ほらぁ! やっぱりちゃんと覚えてるじゃんお姉ちゃんのこと!」

「あぅ……よ、良かったぁ……あ、でも、どうやって返信しよう……なんて言えばいいか分からない……」

「素直にまだいるって言って、会う日程決めればいいじゃん。そんなに難しい事?」

「そうなんだけど……そうなんだけどぉ……」


 またも指をもじもじさせながら、スマホと指を交互に見ながら悶える瑠璃。

 だがその表情は明らかに嬉しそうだ。

 だからこそ、どんな文字を打つべきか悩んでいるのだろう。

 しばらくしてようやく内容が決まったのか、震える指を無理矢理動かしてスマホに滑らせた。


 ”お久しぶりです! 長い事返信できてなくてごめんなさい。今も叶枝町に住んでます。今度時間があったら一緒に遊びに行きたいです!”


「……何で敬語なの?」

「だ、だって! しばらくぶりの返信だから……」

「お姉ちゃんって変なところ気にするよねほんと。ほら、朝人兄も『なんで敬語?』って言ってるじゃん」

「うぅぅ……だってぇ……」


 クッションを強く強く抱きしめながら何かを訴える視線を向けてくるが、その表情は先ほどと比べて明らかに緩んでいる。

 あとは当人同士で楽しくやればいいと断じた琉輝那は、荷物を片手に部屋へと戻っていった。


(しっかし朝人兄が戻ってきたのかぁ……ふふっ、あたしも早く会いたいなぁ)


 だが、機嫌が良いのは瑠璃だけではなかった。

 琉輝那もまた、姉に見つからぬよう静かに頬を緩めていた。


(お姉ちゃんの恋はできれば応援してあげたいけど、あんまりモタモタしてたらあたしが貰っちゃうからね!)


 姉には言えない、そんな想いを秘めながら、琉輝那の姿は奥へと消えていった。



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