2話 再会

「なぁなぁ! 見た? アルウィチの新作告知!」

「うん、見た見た! 今回のも面白そうだよね!」

「ああ! 何より主人公がさいこーに可愛いんだよなっ! なんというか癖に刺さるっていうか、そんな感じ!」

「――っ! 朝人、ああいう女の子、好きなの?」

「ん、まあね。瑠璃もあの子可愛いと思わないか?」

「う、うん。思う、かな……」

 

 中学生の頃、きっかけはもう覚えていないが、ある時を境にお互いの趣味が共通していることに気づき、親しくなった。

 地味で人見知りでいつも教室の隅で読書をしているタイプだった瑠璃。

 オタク趣味を隠しながらそれなりに人付き合いはできていたものの、ちゃんと友人と呼べるほど親しい存在がいなかった朝人。

 そんな二人の相性は抜群で、お互い気兼ねなく話したい話で盛り上がることができる貴重な親友となることができたのだ。


「……そっか、朝人はこういうタイプが好きなんだ」

「ん? 何か言った?」

「う、ううんっ! なんでもないっ! それよりもさ、今度アルウィチのグッズ買いに行こうよ!」

「おっ、いいね! 今週末とかどう?」

「いいね! 行こう!」


 黒髪で、いつも眼鏡とマスクを付けていて、正直どんな顔だったかは全然覚えていない。

 だけど自分と話している時だけは、普段よりいくばくか表情が明るく感じたし、笑っている時の顔は可愛らしいと感じることもあった。

 だけど、それが恋愛感情に発展することはなく、気のおけぬ友人関係に留まることを朝人は望んだ。

 あの時はきっと瑠璃もそうであると確信していた。


 ♢♢♢


「朝人くん。ねえ、朝人くんってば」

「――っ! 瑠璃……さん?」

「この授業の先生、居眠りには厳しいから寝ないほうがいいわよ。転入早々怒られたくないでしょ?」

「あ、あぁ、ごめん意識飛んでたみたい。ありがとう」

「どういたしまして。あとよだれ、これで拭いたら?」

「あっ……ご、ごめん……」


 どうやら昼食をとり腹が満たされ、窓から漏れ出る温かい太陽光に包まれた結果、ついつい寝落ちしてしまいそうになっていたらしい。

 席は自由だったので、案内されたついでに隣の席に座っていた瑠璃が、朝人の肩を軽く揺らして起こしてくれた。

 そして差し出されたティッシュペーパーを受け取った朝人は、少し恥ずかしそうに口元を拭った。

 ほんのりいい香りがする肌に優しいタイプのティッシュだ。


「授業、分からないところあるなら教えてあげるから、もし困ってるなら言って」

「う、うん。ありがとう……」


 彼女がこんなにも優しく接してくれるのは、自分が転入生だからなのか、あるいは誰に対してもこうなのか。

 自分が女の子にちょっと優しくされただけで勘違いしてしまう系のチョロ男の一人かもしれないという事実にちょっとへこむ朝人であったが、それでもいいやと思えるくらい瑠璃という美少女の存在は眩しすぎた。

 それこそ思わず心の中で『天使だ……』と言ってしまいそうなくらいには浮かれている。

 だが、あまりじろじろ見すぎると、瑠璃は恥ずかしそうに顔を背けてしまうので、拝むのはほどほどにしなければならない。

 

(もし瑠璃さんがあの瑠璃と同じくらいアルウィチ好きだったら、それを口実にもっと話せそうなんだけどなぁ……)


 残念ながら先ほどの反応を見る限り、貰い物のキーホルダーをかわいくて気に入ったから付けているだけのようなので、そのルートはあまり期待できない。

 実は瑠璃が持っているキーホルダーのキャラクターは、朝人がアルウィチで最も推しているキャラクターなので、ついついオタク魂ほんしょうが出てしまいそうで抑えるのに必死だった。

 もしあそこで火がついて早口で語り始めていたらきっとドン引きされていただろうから、そうならなくてよかったと改めて安堵した。


(そういえば瑠璃さんってあの子に結構似てるよな……って、それは流石に妄想が過ぎるか。我ながらキモ過ぎた。反省反省)


 過度に幻想を抱きすぎるのは良くない。

 自戒の意味を込めて、一度頭をクリアにして開いた教科書に意識を集中させることにした。


 ♢♢♢


 授業終了のチャイムが鳴り、クラスメイト達が一斉に立ち上がって教室を跡にする。

 朝人も遅れて立ち上がったのだが、一足先に席を立っていた瑠璃がこちらを見ながら待っているのに気付いた朝人は、またも勘違いしてしまいそうな衝動を抑えながら瑠璃に声をかけ、一緒に教室に戻ることになった。

 ここは別棟の4階であり、朝人たちの教室は本棟の2階にあるため結構な距離がある。

 その間何を話そうか考えている間に別棟と本棟をつなぐ通路まで無言で来てしまった。

 さすがに何か話題を出そうと思い、意を決して声を出してみたのだが、

 

「あの……」

「――あれっ!! もしかして!」

「ん……?」

「あっ、やっぱり赤嶺くんだ! 久しぶり! こっちに戻ってきたんだ!」


 こちらに向かってやや小走りでやってくるオレンジ色の髪が特徴的な女子生徒。

 どうやら向こうはこちらのことを知っているらしいが、朝人は彼女のような知り合いに心当たりはなく、困惑していた。

 そしてすぐ目の前で立ち止まると、こちらの懐かしむように見渡してから、にっこりと笑顔を浮かべてこちらを見上げた。


「えっと……」

「小学校の時同じクラスだった野々咲希海ののさきのぞみだよ! 覚えてる?」

「――あ、ああ。もちろん。久しぶり、野々咲さん」

「こっちに帰ってきてたんだね! 知らなかったよ!」

「えっと、ちょうど今日こっちに転校してきたばかりでさ……」

「へぇー! そうなんだ! うーん、ほんとはもうちょっとゆっくり話したいところなんだけど、ちょっと用事があるからさー……」


 そう言って希海は手に持った何かしらの資料を持ち上げて朝人に見せた。

 おそらく先生か誰かに頼まれて運んでいる最中だったのだろう。

 ちなみに、つい反射的に「もちろん覚えている」と返してしまったのだが、実際のところは名前を聞いてようやくぼんやりと昔の姿が思い浮かんだくらいだった。

 これは朝人の悪い癖の一つなのだが、ここで覚えていないというのはあまり良い選択肢とは言えなかったのでこれはこれでよかったのだろう。

 

 それにしても小学校のころと比べたら少しは顔つきや体つきが変わっていると思っていたのだが、実はそうでもないのだろうか。

 別に隠したいわけではないのだが、こんなにもあっさりと昔の知り合いに見つかってしまい朝人は少し自信を無くしてしまいそうになった。

 一方で希海はというと、昔の面影こそ残っているものの、すっかり大人の女性に近づいており、もともと可愛らしかった顔立ちは成長して美しさをも兼ね備えつつある。

 瑠璃とは別系統ではあるが、彼女も美少女としてカウントされるのは間違いないだろうと感じた。


「――ところでそれそれ、重そうだけど良かったら運ぶの手伝おうか?」

「ううん、すぐそこまでだから大丈夫! ありがと!」

「そっか、それなら気を付けてね」

「……やっぱり、変わってないなぁ」

「えっ、何か言った?」

「なんでもない! ってなわけで、また今度ね!」

「あ、あぁ、またね」


 ぎこちない返事をした朝人だが、希海は満足そうに頷いて、どこか上機嫌そうに去っていった。

 思わぬ再会だったが、自分のことを覚えていてくれた人がいるというのは、転校生としては心強い。

 記憶が曖昧なのでうっかりぼろが出てしまわないよう気を付けながらも、またいい関係を築けたらいいなと思った。


 そして同行者の存在を思い出した朝人が、瑠璃のほうへと振り返ってみると、なぜか彼女は少し朝人と離れた場所に立っていた。

 待っていてくれたことを感謝しつつ教室に戻ろうと声をかけると、何故か瑠璃はどこか不機嫌そうにそっぽを向いてしまった。


(あれっ、俺もしかして瑠璃さんのこと怒らせちゃった……? うーん、でもこの短時間でなんでだろう。何か失礼なこと言っちゃったっけ……)


 朝人は瑠璃の機嫌の変化に疑問符を浮かべながらも、怒った顔もかわいいななどと悠長なことを考えつつ教室へと戻っていった。

 ちなみに先ほどまでよりどこか冷たい態度だったが、瑠璃も一緒についてきてくれた。

 

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