1話 キーホルダー

 天堂瑠璃という少女は、朝人が想像するよりもはるか雲の上の存在だった。

 午前中は休み時間が来るたびに誰かしらに捕まって質問攻めにあっていたのだが、昼休みになった途端にみんな(主に男子)隣の席の瑠璃のことを誘い始めたのだ。

 時期的にはまだ学年が一つ上がってクラス替えされたばかりのはずなのに、瑠璃はすっかりクラスの人気者のようだ。

 もう俺と言う新しいおもちゃに飽きてしまったのかね、と、寂しいような寂しくないような、なんともいえない気持ちになりながら、カバンの中から菓子パンを取り出して封を破ろうとする。


「や、朝人くんだっけ。良かったら一緒にお昼、どう?」

「ん、確か……」


 だがそれを遮るように、前の席に座っていた男子生徒が突如としてこちらに振り返った。

 若干クセのある亜麻色の髪と高い身長が特徴的なイケメンだ。

 確か授業中に彼の苗字が呼ばれていたはずだったのだが、朝人の意識は隣の席の瑠璃に向き続けていたため全く思い出せないでいると、


「西明寺だよ。西明寺遥輝さいみょうじはるき

「西明寺くん、か。ごめん」

「気にしない気にしない。それよりもせっかくだし遥輝って呼び捨ててくれよ。オレも朝人って呼ぶから」

「ん……分かった、遥輝。これでいいか?」

「おう、朝人。よろしくな!」


 どうやら顔が良くて人見知りせず声をかけられるコミュ強のようだ。

 朝人も昔よりはマシになったとはいえ、どうしても初対面の人間に話しかけて仲良くなるは得意ではないので、こうして相手方から声をかけてくれるのはとても助かる。

 そしてイケメンスマイルを引っ込めると、遥輝は手元の鞄から弁当箱のようなものを取り出して立ち上がった。


「おすすめの昼食スポットがあるんだけど、そこ行ってみないか?」

「ああ、ぜひ案内してくれ」

「おっけ! じゃあ行こうぜ!」


 朝人は微妙に切れ目が入った菓子パンに加え、リュックからお茶が入ったペットボトルを取り出して立ち上がった。

 そして瑠璃の周りに群がるクラスメイト達に軽く挨拶しながら後ろを通り抜けた。


「あっ……」

「ん、どうしたの天堂さん?」

「……なんでもない」


 一瞬、瑠璃の視線がこちらへ向いた気がするが、きっと気のせいに違いないと思いそのまま遥輝と共に教室を飛び出した。


「凄い人気だな。天堂さん」

「まぁなー、学校一の美少女って言われてるし、人当たりも良くて誰に対しても優しいからなー。成績優秀品行方正ってことで先生達からの評価も抜群だぜ」

「お、おぅ……」


 遥輝が下した瑠璃の評価をまあ当然だろうなと受け入れている朝人だが、目の前でこうも他人をべた褒めしているところを見ると若干引いてしまう自分もいた。

 しかしそうなるとライバルはこの学校に通うほぼ全ての男子になるわけで、自分なんかじゃ勝てるわけがないなと諦めの感情が湧き出てくる。


「遥輝はその、天堂さんのこと誘おうとかは思わないのか?」

「思わないなぁ」

「そ、そうなのか……」

「だってオレ、彼女いるし。確かに天堂さんは美人だけど、俺にとっては遠子とおこさんの方がずっとキレイだしな!」

「……ちっ、リア充だったか」


 即答した時点である程度察してはいたが、このイケメンには当然のように彼女がいるらしい。

 彼女いない歴=年齢(※16歳)である朝人は、湧き上がる嫉妬で狂いそうになってくる自分を抑えるのに必死になっていた。

 朝人は自身の容姿を中の上と評価しているが、転校を繰り返したことで上手く女子と交流ができず、誰とも親密な関係を築けなかったのだ。

 そう言う言い訳をしても許されるくらい転校を繰り返したはずだ、と朝人は思っている。


(だがそれもこれで終わりだ! 今度こそ俺は彼女を作るんだ! 充実した学園ライフを送るんだ!)


 心の中で強く拳を握り、改めて決意した。

 そう。何度も父親に連れられて転校を繰り返してきた朝とだが、今度は父親がしばらくの間海外で仕事をしなければならなくなったので、地元に戻って一人暮らしすることが認められたのだ。

 つまりはこれ以上、交友関係に気を遣わなくて良くなったと言うことに他ならない。

 

 そんなことを考えながら朝人に案内されたのは学校の屋上だった。

 学生用に屋上が開放されているのは今時珍しいな、と思いつつ設置されたベンチの一つに座った。


「朝人は弁当は持って来なかったのか?」

「ああ、昼はいつもだいたいこれだ」

「そっか、オレはいつも作ってもらってるけどたまにコンビニのパンとか食べたくなるんだよなー」

「まあ最近のは美味いのが多いからな。でも作ってもらってるだけいいと思うぞ。俺が弁当食いたいと思ったら朝早起きして作らなきゃいけないし」

「へぇ、朝人料理できるんだ。凄いね」

「まあできなきゃ毎日コンビニ弁当になるからな。それだとお金がいくらあっても足りなくなる」

「一人暮らしでもしてるのか?」

「最近始めた。それ以前も親父の帰りが遅いから自分で作ってたって感じだな」

「そ、そうか。悪いな変なこと聞いて」

「ん、気にしないでくれ。とまあそんな訳で朝と昼くらいは手を抜いてるって感じだな」


 遥輝はこの会話の中で朝人に母親がいないということを悟ったのだろう。

 少しバツが悪そうに頭をかきながら謝ってきた。

 確かに朝人は幼い頃に母親が亡くなって以来、父親と二人で生活してきたが、変に気遣われる方が嫌なので同情を誘うような言い方はしない。

 それからは他愛もない話で交流を深め、次の授業が始まる前に教室へと戻ると、囲いから解放されて一人で授業の準備をしていた瑠璃がこちらに振り向いた。


「さて次の時限はっと……」

「移動教室よ」

「っと、そうなのか。ありがとう、教えてくれて」

「どういたしまして。でも場所わからないでしょ。一緒に行ってあげる」

「えっ、いいの? 助かるよ!」

「べ、別に、どうせ一緒の教室で授業受けるんだからそれくらい……」


 若干上ずった声で朝人が礼を言うと、バツが悪そうに顔を背ける瑠璃だったが、それでもこちらの準備が終わるまでちゃんと待っていてくれた。

 座っているだけでも十分に美しかったのだが、立ち上がった姿を見るとそのスタイルの良さも相まってより完璧に映る。

 だが、彼女が抱えている教科書の上に乗っかっていたペンケースを見て、朝人はあることに気づいてしまった。


「ん……それって」

「な、なに?」

「いや、そのキーホルダー。もしかしてアルウィチのかなって」

「――っ!! そ、そうだけど、悪い?」

「いや全然! でもちょっと意外だったなって思って」


 瑠璃のペンケースについていたのは、創作世界の魔女にありがちな巨大な紫の三角帽子を被り、箒に乗って星を纏った金髪の魔法少女――の姿を模して造られたキーホルダーだ。

 その正体はアルウィチ――正式名称を究極星間魔法少女-アルティメット・ウィッチーズという名の作品に登場する主人公の一人、輝羅星きらぼしめぐるというキャラクターである。

 これは滅亡したとある星から脱出した、都市を内蔵した巨大な宇宙戦艦で生まれた魔法使いの少女たちが、次なる故郷を探すべくチームを組んで様々な星を巡るという内容のストーリーであり、魅力的なキャラクターと訪れた星ごとの重厚なストーリーが評価され、絶大な人気を誇ったゲーム作品だ。

 アニメ化もしており、朝人も中学生の頃相当ハマっていたのを思い出す。

 

「――貰ったの。大切な人から」

「えっ……そっ、そうなんだ……」

「それで可愛かったからずっと付けてるの」

「ふっ、ふーん……」


 若干頬を赤らめながらどこか遠くを見るようにそう語った瑠璃だが、朝人は心中穏やかではなかった。

 瑠璃の口から漏れた大切な人。そこから連想されるものが彼氏以外思い浮かばなかった朝人は、バレないように表情を維持したまま内心落ち込んでいた。

 もっともこれだけの美少女に彼氏がいないことを期待していたこと自体、考えが甘かったのだが。

 せめて今はいないことを願うというあまり良くない思考に至る朝人。


「――その人がアルウィチ好きなんだね。俺も昔好きだったなぁ……」

「…………」

「あっ、ちょ、待って!」


 苦し紛れにそんな言葉を発した朝人だったが、何故か瑠璃はその言葉を聞いて少し悲しそうな表情をした。

 そして歩くスピードを上げてさっさと行ってしまおうとしたので慌てて朝人がそれを追いかける。


「……ばか」


 不意に瑠璃が漏らした言葉は、朝人の耳には届かなかった。

 

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