第7話 カウントはいらない

 悠は夕練に出ていた。朝の感触を忘れたくなかったからだ。異常な命中率だった。周りは声かけをしなかったが、それでも雰囲気で分かる。


 少し休憩をと思ってスポーツドリンクを飲んだ後、嫌な予感が走る。浸食だ。距離はすぐ近く。道着のまま出ることにした。


 未来が先に来ている。そこは住宅街だった。戦いにくい。巧も遅れてくる。


「こんな場所で戦うのか?」


「私たちには選ぶ権利がありませんから。


 雨と共に家を破壊していく。壊れた瓦礫などで、人が死ぬことはないがその人々は消えていく。早く手を打たねばならないだろう。


「「「領域侵犯」」」未来は眼鏡とイヤーマフを地面に置く。


「トクソ・トゥ・ネルー」

「トクソ・トゥ・ネルー」

「アスピダ・ティス・ギス」


「周囲への損害は無視します」


「おいおい。そんなことをしたら人死にがでるぞ?」


「周囲への配慮をして戦えるのですか?」


「それは……」


「では行きます。作戦通り、私と巧は挟撃をします。ただしやるのは一度きり。なぜなら敵も学ぶからです。真後ろに逃げなかれば、作戦は失敗です。私たちはその準備をします」


 巧はすでに敵の近くに来て、拳を振るっている。最高速度だ。


 僅かだがかすった。


 未来の方を見るとこちらも僅かにダメージを与えていた。


 目が慣れているのだ。


 敵にダメージを入れるまでは行かなくとも、かすれば充分だ。かすって逃げるということは、攻撃を脅威だと感じていると言うこと。


 勝機はある。


 誰かの家の庭に入り込んでしまい、派手な悲鳴が聞こえた。


「おいおい大丈夫なのか?」


「警察が来たら捕まるでしょうね。ただし日本の警察は到着までに平均8分かかると言われています。大丈夫でしょう」


「平均は、だろ?」


 十字架やろうが動き回るせいで、家がどんどん壊される。今までは広い場所だったため、気にならなかったが今回は酷い影響だ。


「これって俺たちが倒せば修復されるが、できなかった場合は消えるんだよな」


「おっしゃる通りです。巧様も屋根に乗った方が戦いやすいですよ?」


「よじ登るのか? というか未来、どうやってそんなところにあがったんだよ」


「軽くジャンプしました。今の巧様ならそれができます」


 普通にジャンプしてみる。異変はない。次に屋根に登るイメージでジャンプする。身体が強靱なバネのようになって、屋根まで飛び上がれた。嘘だろ?


「今の巧様は全身が強化されていますから、イメージさえあればかなりの力を振るうことができます。問題はイメージです」


 そう言って、未来は「トクソ・トゥ・ネルー」と言ってから、十字架野郎に斬りかかった。十字架の腕部分の先端が切り落とされる。ダメージとは言いがたい。


「今のがイメージです。切り落とすというイメージには肉体をより早く正確に動かすイメージが付随しますから」


「ならなんで最初からやらないんだ」


「あの時は敵の速さに追いつけるイメージがなかったからです。ここは狭く敵の動きも緩慢になっています」


 そんなもんかよ、と巧は口ずさんでナックルを打ち込む。


 当たった。十字架やろうは「ヴウ〜」といった声をあげる。敵が声を上げるのは初めてだ。


 と同時に十字架やろうの身体からなにかが飛び出してきた。見た目は矢のようだ。ボッシュという音がして、こちらに飛んでくる。


 巧のシールドで他の2人も助かったが無傷ではないようだ。


「追い詰められると反撃するようですね」


「おいおい。こんなの相手にして大丈夫か? 攻撃はかわされる、遠距離攻撃はもっている。また出直しか?」


「大丈夫です。敵を十字路に誘導してください」


 了解! ここは未来を信じるしかない。巧と未来はうまく連携しながら、十字路まで追いやった。


「悠さん。行きます。3秒カウントしてから攻撃します」


「カウントはいらない」


 気が付けば悠も屋根の上にいる。黒い袴が風になびき、白い道着が眩しい。


「では、どうぞ」


 未来と巧が左右から同時に攻撃を入れる。その刹那に十字架野郎は後ろに動いた。いやその動きの前段階で未来が叫ぶ。


「今!」


 巧は悠の方を見ていた。張り詰めた弓が美しかった。その時のゆがけが兄のものだとも知らず……そこからしゅっと矢が飛ぶ。


 敵の脳天に刺さった。そこが脳なのかは分からないが、頭辺りにささる。するとそこから全身凍り付いて、地上に落下。消え去った。


「やれやれだったな……。


 壊れた周りの世界が修復されてるのを眺めながら巧は言う。


「こうして世界救ってるのに感謝どころか痕跡さえねぇ。やりがいのない仕事だよほんと」


「そうでしょうか? 世界を救うってかっこよくないですか?」


「そりゃ俺だって昔はあこがれたさ。でも世界なんてでかすぎんのさ、俺には。女1人守れれば充分だね」


 そんなもんですか。


 未来をバイクに乗せ、家に送り届けた。

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