第6話 肌は陶器のようにきめ細かく
朝6時。目覚ましを止めるまでもなく目が覚める。しっかり疲れはとれているからだ。悠は睡眠にも気を配る。その日の睡眠で一日のパフォーマンスも変わるからだ。
弓道というのは、肉体的パフォーマンスはもちろんだが精神的な要素も大きい。
だから起きてすぐに瞑想をする。5分間の沈黙が支配した。5分間の間、呼吸は規則正しく、腹部がゆっくり膨らんだり、凹んだりを繰り返す。やっていることはただそれなのに、部屋の空気までキリッ引き締まるようだ。
それからしっかりとストレッチをし、スポーツウェアに着替えて軽くランニングする。ここでは少し息があがるくらい。朝からハードなメニューはこなさない。
帰ってきてからスクワットメインのルーティンをこなす。ここまでが1時間。シャワーを浴びるために服を脱ぐ。
裸体。肌は陶器のようにきめ細かく白く滑らかだ。それが火照ってうっすらとピンクに染まっている。これだけのトレーニングをしているにも関わらず、身体は筋肉質ではない。むしろうっすらと贅肉がついている。
正確には贅肉をつけているというのが正しい。寒暖差があった場合、あまりに筋肉質だと筋肉がこわばるからだ。食事はたんぱく質メインだが、それ以外の脂質も制限しながら摂取している。
腹部は割れているが、それもうっすらとわかる程度。そのくびれからヒップにかけてのカーブは、シルクのドレープのようななめらかさがある。そこに一筋の汗が光る。
ヒップは引き締まり、少し上を向いている。汗で湿ったCalvin Kleinのパンツがぴったりと張り付き、太ももとは別の器官だと主張しているようだ。
太ももは太くも細くもない。全身を支えるのにちょうどいい。汗が吹き出している。ふくらはぎにはいくつかの筋肉があるが、それぞれの筋肉の名称が辛うじてそれとわかるくらいに隆起している。足の爪は桜色をしていた。
汗の染みたスポーツブラを脱ぐと二つの胸が見える。シンデレラバストかそれよりもう少し上か。ブラを外しても形は崩れない。しっかりと弾力がある。それぞれの突起の上に桜の花弁が一枚ずつついている。
これほどの肉体美を誇りながら昔は、病弱で引っ込み思案だった。それを兄の勧めで弓道をしたところ、センスがよかったのかあっという間に上達した。一緒に弓を引いたのを思い出してナーバスになった。
兄はもういない。痕跡すら残っていない。この世界から消え去ってしまったのだから……だから、だからこそ兄との思い出である弓道に打ち込みたかった。
なんとなしに部屋を見ると棚の上にゆがけという弓道で使うグローブのようなが置いてあった。悠のゆがけは1つで、スポーツ鞄に入れてある。サイズを確かめる。悠にぴったりだ……。ここから推測されるのは、これが兄のものだということ。
兄が消えて世界が辻褄を合わせるために、悠のものとして残したのだろう。兄のゆがけ……それもバックに入れた。
朝食を取り家を出る。まだ夏ではないがムシムシとしている。
部室について、着替え、ストレッチをする。
花音が話しかけてきた。
「悠さん、なんか今日ちょっと違いますね」
「どう違う?」
弓道はメンタルの要素が大きい。あまりにおかしかったら休むのが普通だ。
「うーん。なんていうんですかね? ぽわんとしてる? うーん。ぽけっとしてる? ゆるゆるしている?」
要領を得ない。
「ちょっと射法八節してみてください」
悠は言われたとおりにする。
「いつもの悠さんらしい大変美しい所作ですね」
「じゃあ弓を射ってください」
そこからはダメだった。一本も当たらない。
「ね。おかしかったでしょ?」
「自覚はないんだけどなぁ……」
「ここ数日を振り返ってもですか?」
「そう言われると少しあるかも」
「私、弓って好きです。なんていうのかな、心が現れるんですよね。心からのサインが届く競技だと思います。弓が心の状態を教えてくれるんですよ。で、今の悠さんはちょっとうまく行ってない」
「どうしようかなぁ……」
「あれ、悠さんゆがけもう一つ持っているんですか?」
「ああ、それは兄貴ので」
「お兄様いらっしゃいましたっけ?」
「あーいや。言葉違い。それもウチのだよ」
「これに変えてみたらどうですか?」
ゆがけを変えてみる。全身が引き締まるのを感じた。今までより背筋が伸びて、身体も脱力している。
「お! 良さそうじゃないですか」と花音。
矢を射る。
命中。
矢を射る。
命中。
「あと二本持ってきますね!」
命中。
命中。
「皆中ですよ! 悠さん」
「うん。ありがとう。なんか吹っ切れた気がするよ」
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