第5話 巧様、私のこと好きですか?

 校門前、3人でじゃあねと分かれた。なんとなく巧は未来と話したくて、バイクを押して歩いた。未来の胴着姿は様になっている、このところ、なんかおかしいのだ。話すときに妙な上目遣いをしてきたりするし……。


「巧様、私のこと好きですか?」


「ああ? 嫌いだよ」


「そうなのですか?」


「冗談だよ。ただな、俺はあまり人を好きにならないことにしてるんだ。重みになるからな」


「お友だちはいないのですか?」


「いや、優乃は……優乃は友人のはずだな」


「はずというのは?」


「この前会ったんだが様子がおかしかったんだ。俺のことを変に意識する感じでさ……好きっていうのか? そういう剥き出しの感情を前にすると拒否感がでちまうんだ」


「巧様は、優乃さんのことを恋人として好きなのですか?」


「うーん。友人としてはいいやつだよ。でもどうだろうな。俺が付き合ってきた奴はもっとバカなやつだったんだよ。その点、優乃は賢すぎるんだよな。俺にとって女は息抜きなんだ」


「私ってバカですか?」


「なんでお前なんだよ? お前はバカの対極だな」


「私も優乃さんと同じように巧様のことが好きなんです!」


 うわ……マジか。いや、なんとなくは察してた。いつもはしない香水の匂いがしたり、髪が嫌に艶やかだったとか、ネイルをし始めていたとか。それがここに帰着するとは。


「お前、付き合ったことあるか?」


「な、ないです……」


「そんなら遊びにもならねぇじゃねぇか。もっと遊んでからこい」


「風俗へ行けばいいのでしょうか?」


「そういう意味じゃね〜よ。なんでそうなるんだよ。もっと男遊びして、慣れてないとこっちとしてはダルいって言ってんだよ」


「ごめんなさい。意味がちょっとその、わからないです」


「俺に必要なのは恋人じゃないんだ。恋人に近いセフレなんだよ。ちょっと恋人ごっこして、あとはやることやる。それでいいんだよ。優乃やお前は重すぎるんだ」


「私だってその、セックスするくらい怖くないです!」


 巧のイラついていた声が穏やかになった。


「あのな。怖い怖くないっていうレベルの女を犯すのは気分が悪いんだよ。もっとお前に相応しいやつがいると思う。一緒に歩いてくれるやつがさ……俺はもうこの人生から抜けられねぇんだよ」


 そう言って、左腕にある大きな切り傷を撫でた。


「この傷はな、ヤクザが強襲してきたときに付けられた傷だ。そしておじきは俺をかばって死んだ。バカなやつだよな。もう俺は抜けられない泥沼にいるんだよ。だから付き合えない」


「そんなことありません! 巧様を見ていればわかります。大雑把なふりをしていますが、本当は心優しいのだと。私が困っている時に助けてくださったり……」


「あーだりーな。お前はなんだ? 菩薩気取りってことか? 底辺にいる俺をすくい上げてあげますってか?」


 うぜーんだよ。と言って未来の顔面を軽く殴ろうとした。するとその手を掴まれてそのまま背負い投げされた。そう、未来は強かったのだ。


「もし今みたいに巧様が暴れても私なら押さえられます」


「そのようだな、で、腕放してほしいんだけど……」


「私、巧様が好きです。契約ではなく、付き合ってください」


「嫌だね。断固断る」


 腕がギリギリと締め上げられる。脱臼しそうだ。


「このままだと腕外れちゃいますよ」


「でも飲めないものは飲めない」


「なんでですか?」


「俺は友人としての未来は好きだが、こんな形で恋人になるなんて嫌だからだ」


 ぼきっ 腕が外れた。


「くっそ〜痛て〜ほんとに関節外しやがった」


 かわって未来は笑っている。


「こうやって脅したらいいと思ったんですが、巧様は強情ですね」


 そう言いながら巧の関節を元に戻す手伝いをする。


「はぁ……なんで恋愛話でこんな重大事件になるんだ。女は意味が分からん。どうだ、未来、後ろに乗らないか?」


 巧はバイクに跨がって誘う。


「もちろん」


 バイクが轟音を上げる。


「どうだ。気持ちいいだろ。俺はこの瞬間に生きてるって感じがする。もしハンドル操作を一瞬でもミスれば死ぬ速度だ」


「心中は嫌ですよ」


「そんなことするかよ」


 あっという間に芝浦まで飛ばした。


「ほら、海だ。まぁまだ入れないがな……」


「黒くて怖いですね」


「そうだな……お前の気持ちはしかと受け取ったよ」


「じゃ、じゃあ付き合ってくださるんですね!」


「いやいやそうじゃない。お前が俺を好きだってことを受け入れたって言ってるんだ。お前にそういう目で見られているってな……」


「それだけですか……」


「優乃のこともあるしな。ちょっと俺なりに考えてみるよ」


 海がゆっくりと波を立てていた。

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