第二章

第1話 私の思い。わかってくれた?

 授業中に巧のスマホが振動した。見ると優乃からだ。こんな授業中になんだよ。


「一緒に抜けよう」


 それだけが書いてあった。


 追伸が来る「今すぐ」


 優乃が手を上げて言う「せんせーウチちょっと体調が悪いので抜けます〜」


 見るからに怪しい抜け方だ。だが巧の場合はもっとひどい。無言で荷物をまとめて抜けるだけ。狂犬と恐れられるだけあって、教師もなにも言わなかった。腰抜け。


 教室の外にでると優乃が待っていた。「うぃーす。とりまスタバ3丁目でOK?」


「あーいや、クロスタワー行きたいかも。あるか分からないけど、三間飛車の戦法書が欲しくて」


「なら啓文堂書店のほうがよくない?」


「助かる」


 優乃の棋力は巧より2級上。時々勝てる程度で、ほとんど相手にならない。そんな優乃と本を選べるなんて、授業を抜けてきて良かった。


 書店で戦法書を探す。優乃が本を持ってきた。


「これとかよくない? 藤井システムの応用だってよ。巧は攻撃力あるけど、防戦が苦手なんだよね。それが三間飛車でもあるんだけど……あとは詰め将棋! 巧は詰めが読み切れないで攻撃するから逃がすんだよ」


 説教がはじまった。こんなギャルなのに……。まぁ将棋会館あたりに行けば小学生にぼろくそ負けるので、ギャルとか関係ないんだが……。


 いくつか良さそうな戦法書と詰め将棋の本を買って外に出る。すると優乃が突然手を繋いできた。


「どうかしたか?」


「未来ちゃんに先を越されないようにと思ってね」


「はぁ?」


「未来ちゃんああ見えて押しがつよいから巧も屈するかと思って。キープキープ。いいじゃん手繋ぐぐらい」


「俺はいやだね。カップルみたいだからだよ。離せ!」


 そういえばこの辺りにもスタバが……渋谷マークシティ店があった。ここでいいか? と訊くと優乃はむくれていた。

 巧はコーヒー、優乃はなんかよくわからないやつを頼んだ。


「手を繋がないくらいでむくれるなよ」


「ウチはさ、あんま器用じゃないんだよ……巧の心の機微とかわかんないし。確かに短くない関係かもだけど……」


 珍しくしおらしい。


「まぁまぁそんな難しい顔すんなよ」


「難しい問題を出しているのはそっちでしょ?」


「はぁ? 俺が? いつなんで?」


「朴念仁!」


 そういうと優乃はまるでアニメキャラのようにくちをぷっくりとむくれさせた。こうなったら仕方がないので、さっき買ってきた本を読み始める。なるほど独創的で面白い。ついつい読んでしまった。


 そしたら優乃が突然切れた。


「ねぇなんで私のことほっておくの! 気分を害してるんだよ。どうしたの? とか、どうしてほしいの? とかないわけ??」


「いや、だってそれは逆効果だと思ったから……」


「そういうのは声をかけるのが正解なの。成功失敗じゃないんだよ!」


 ぷんすか怒っている。今日の優乃はちょっとおかしい。


「カラオケいこ、カラオケ! 料金は巧持ちで!」


 そう言って早足にずんずん進んでいく。嫌な予感しかしない。カラオケ室に入っても予感は的中した。巧はもともと歌わないとはいえ、巧をガン無視して歌いまくってる。


 汗をふいて椅子に座る優乃に巧が声をかける。


「さっきは悪かったよ。俺、彼女以外と手を繋いだことないんだ。友人とはさ、そういう関係にならないだろ」


「そっか。ウチは友人止まり?」


「急にどうした?」


「ウチが訊いているの!」


「友達どまりもなにも、友達だろ?」


「こういうことしても?」


 優乃は股をひらいて、巧の足の上に座る。股間と股間が当たる位置だ。それから腕を肩に回して肩甲骨あたりを押さえる。唇を重ねる。優乃がさっきまで飲んでいたメロンソーダの香りがした。


 おいおい、と言いたかったがそれを言えない雰囲気だった。彼女は本気だということがわかったから。座興なんかではない、恋人が恋人にする動作。


 ゆっくりと優乃が離れた。


「私の思い。わかってくれた?」


 呆然として言葉が出ない。友人だったはずの少女は目の前で女へと変身した。見る目が変わる。


「私はさ、いままで巧の友人でいたし、いたかった。でも未来ちゃんが出てきて敵わないなって思ったの。世界を救う仲間なんでしょ。だから私も変わったの……」


 そんな急なこと言われてもどうしたらいいのか分からない。好きだとでも言えばいいのか。心も定まらないうちに……そんな無責任な言葉を許すような接吻ではなかった。


「私さ、今日とっても可愛いパンツ履いているの。見られてもいいように」


 優乃はそう言ってスカートをまくり上げた。黒のレースがふんだんに使われたパンツだ。


「待て待て待て! 流石にそれはなしだ」


「なんで、気持ちいいことしようよ」


「そういう問題じゃないんだ。分かってくれ。俺はお前が好きだ。友人として好きだ。だが恋人かって聞かれるとこまる。それはわからないからだ。今まで恋人として見てこなかったから戸惑っているんだよ。こっちの事情も察してくれ……」


「そうだよね。急にごめん」


 優乃は泣き出した。


「実はさ未来ちゃんとキスしてるの見ちゃったんだよ。で焦ったのかな。ほんとごめんね。今日はありがとう。解散にしよ」


 カラオケ代は2人で割り勘をして店を出た。

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