第14話 だが雨は止まない

 楓鈴華かえでれいか。この間巧たちがジャックかもしれない男と戦った時に助けてくれた少女だ。身長は高め、目は鋭いほどの切れ長。髪は黒髪ロング。いつもラバースーツ———実際はラバーではなく特殊カーボンを使用した戦闘服なのだが———を身に纏う。スーツが肌に密着しているため、身体の筋肉がうっすらと見え、機能的なシルエットをしている。


 彼女が生まれ育ったのは孤児院だった。なぜそこに来たのか子細はわからないがとにかくそこで育った。小さい頃から運動が得意で、マット運動に長けていた。


 小学校でも体育の成績は抜群で、周りからの評価も高かった。その彼女の能力をかったのが機関だった。機関の正確な名前はわからない。分からないのではなく正式な名前を持たない団体だった。


 その団体はスポーツ教育に熱心だという触れ込みで、養護施設も賛成し、楓自身も喜んでその機関に移った。


 だがその機関には裏の顔があった。傭兵の育成である。機関は表の顔としてスポーツに秀でた子どもを世界各国から集め養護しているが、内実はそのなかから兵士を生むことにあった。


 多国籍傭兵部隊。それが機関。


 そしてそのプログラムに楓は選ばれた。


 今回の浸食を受けて政府はこの機関に出動を依頼した。


 ◆


 深夜スマホが鳴った。


「楓、出動だ。位置はGPS情報をに送ってある。我々もすぐに向かう。到着まで待機せよ」特A班のオペレータ「J」からの電話。楓の補助をしている。


 楓はマンション一階のガレージから KAWASAKI Ninja ZX-6R を出してくる。黒が基調でビビッとなグリーンのアクセントが気に入っている。武器は一式バイクに積んである。


 到達地点は川沿い。これなら被害が抑えられるだろう。ざっと見た感じ、雑魚が10体ほどか。


「こちら楓。現着しました。これから領域に入り、レーザーポインタで指示するので迫撃砲の支援を請います」


「了解」


 範囲は狭いのに密集している。これはラッキーかもしれない。敵中央にレーザーポインタで指示を出す」


 爆煙。


「どうだ?」


「効果あり。突入します」


 相棒のミニミ機関銃をもって突入する。相手は5人ほどか。この距離なら仕留められるか……。相手の速度が速い。なかには銃弾を弾く甲冑を着ているやつもいる。


 苦戦しそうだ。


 距離を取りたいが、敵は執拗に近づいてくる。相手は長物で、こちらは銃だから当然なのだが。いっそ背中に背負っているブレードで切りつけるのもありだが、多勢に無勢だ。


 Jの声が入ってくる。

「まだ接近戦はするな。M61 バルカンの使用を許可する」


 楓は本来はヘリにつけるようなバルカン砲を軽々と持ち上げる。このボディースーツにはパワーアシスト性能がついており、通常ではありえないパワーを生み出す。これも機関が開発したものだ。


 一気に掃射するとかなりダメージが入ったものの、まだ一匹だけ残っている。


「近接戦闘に移行します」


「了解」


 腰から下げている日本刀風の刀を抜く。相手も日本刀のような剣を持っている。お互いに間合いをはかり円運動をする。相手がなにかを踏んだ。


 その瞬間に踏み込むと相手は一瞬だけ反応が遅れる。


 斬首。


 悪くない勝利だ。敵を全て倒せば雨が止むはずだ。だが雨は止まない。空を見上げると1人の男が舞い降りてきた。顔はもやがかかっていて見えないが、紫のジャケットを着ているようだ。


「J。新手です」


「こいつやばいかもしれないぞ。脅威度のメーターが振り切ってる。一気にかたを付けろ」


「了解。このままブレードで押し切ります」


 楓はあっという間に男との距離を詰め、斬りかかるが男はひらりひらりと躱す。劣勢。相手はどこからともなく、手にナイフを持って斬りかかってきた。


 絶妙な間とタイミング。楓の動きを読んでいるようだ。


「長距離攻撃の支援を!」


「了解。足止めしてくれ」


 剣戟を続けるが、押され気味だ。リーチは圧倒的にこちらが有利なのに、男は隙をみて切り込んでくる。そのタイミングが絶妙なのだ。


「離れろ」Jからの無線が入る。


 ダンという地響きのような音がした。たぶん対物ライフルだ。いくらインベーダーといえどこれをくらってただでは済むまい。命中? したのか? 確かにあいつは吹き飛んだ。


 立ち上がってきた。


 どこにも傷はないようだった。嘘だろ。


「小賢しいまねをしたな。死ね」


 そう男は言うと何本かのナイフを取り出し、特A班のワゴンに投げつけると、即座に爆発し炎上した。


「無粋な銃など使うからこうなる。その点、お前は剣で戦える。楽しいよ」


 フフフと狂気を感じさせるような笑い声だ。


 それからも攻防は続いた。じりじりとこちらが削られていく戦いだ。加えて不幸なことに、このパワードスーツは身体能力を向上させる代わりに身体への負担が大きい。骨がぎりぎりと軋む。


 ついに楓が押し負けて倒れた。


「うーん。私と当たったのが運の尽きだね。君は逃げるべきだった。もう逃げられないがな」


 男がとどめを刺そうした瞬間に辺りが一瞬で明るくなった。閃光弾のようだ。


「逃げるでしゅ」


 という言葉とともに、なにか小さい者が楓を掴み上げ、空中に飛んだ。


「逃がすか!」


 と男がナイフを投げるがその小さなものは「ばりあでしゅ!」と言って飛んできたナイフを弾いた。


「大丈夫でしゅか? 家まで運ぶでしゅ」


 2人は闇夜のなかに消えた。

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