第14話 だが雨は止まない
彼女が生まれ育ったのは孤児院だった。なぜそこに来たのか子細はわからないがとにかくそこで育った。小さい頃から運動が得意で、マット運動に長けていた。
小学校でも体育の成績は抜群で、周りからの評価も高かった。その彼女の能力をかったのが機関だった。機関の正確な名前はわからない。分からないのではなく正式な名前を持たない団体だった。
その団体はスポーツ教育に熱心だという触れ込みで、養護施設も賛成し、楓自身も喜んでその機関に移った。
だがその機関には裏の顔があった。傭兵の育成である。機関は表の顔としてスポーツに秀でた子どもを世界各国から集め養護しているが、内実はそのなかから兵士を生むことにあった。
多国籍傭兵部隊。それが機関。
そしてそのプログラムに楓は選ばれた。
今回の浸食を受けて政府はこの機関に出動を依頼した。
◆
深夜スマホが鳴った。
「楓、出動だ。位置はGPS情報をに送ってある。我々もすぐに向かう。到着まで待機せよ」特A班のオペレータ「J」からの電話。楓の補助をしている。
楓はマンション一階のガレージから KAWASAKI Ninja ZX-6R を出してくる。黒が基調でビビッとなグリーンのアクセントが気に入っている。武器は一式バイクに積んである。
到達地点は川沿い。これなら被害が抑えられるだろう。ざっと見た感じ、雑魚が10体ほどか。
「こちら楓。現着しました。これから領域に入り、レーザーポインタで指示するので迫撃砲の支援を請います」
「了解」
範囲は狭いのに密集している。これはラッキーかもしれない。敵中央にレーザーポインタで指示を出す」
爆煙。
「どうだ?」
「効果あり。突入します」
相棒のミニミ機関銃をもって突入する。相手は5人ほどか。この距離なら仕留められるか……。相手の速度が速い。なかには銃弾を弾く甲冑を着ているやつもいる。
苦戦しそうだ。
距離を取りたいが、敵は執拗に近づいてくる。相手は長物で、こちらは銃だから当然なのだが。いっそ背中に背負っているブレードで切りつけるのもありだが、多勢に無勢だ。
Jの声が入ってくる。
「まだ接近戦はするな。M61 バルカンの使用を許可する」
楓は本来はヘリにつけるようなバルカン砲を軽々と持ち上げる。このボディースーツにはパワーアシスト性能がついており、通常ではありえないパワーを生み出す。これも機関が開発したものだ。
一気に掃射するとかなりダメージが入ったものの、まだ一匹だけ残っている。
「近接戦闘に移行します」
「了解」
腰から下げている日本刀風の刀を抜く。相手も日本刀のような剣を持っている。お互いに間合いをはかり円運動をする。相手がなにかを踏んだ。
その瞬間に踏み込むと相手は一瞬だけ反応が遅れる。
斬首。
悪くない勝利だ。敵を全て倒せば雨が止むはずだ。だが雨は止まない。空を見上げると1人の男が舞い降りてきた。顔はもやがかかっていて見えないが、紫のジャケットを着ているようだ。
「J。新手です」
「こいつやばいかもしれないぞ。脅威度のメーターが振り切ってる。一気にかたを付けろ」
「了解。このままブレードで押し切ります」
楓はあっという間に男との距離を詰め、斬りかかるが男はひらりひらりと躱す。劣勢。相手はどこからともなく、手にナイフを持って斬りかかってきた。
絶妙な間とタイミング。楓の動きを読んでいるようだ。
「長距離攻撃の支援を!」
「了解。足止めしてくれ」
剣戟を続けるが、押され気味だ。リーチは圧倒的にこちらが有利なのに、男は隙をみて切り込んでくる。そのタイミングが絶妙なのだ。
「離れろ」Jからの無線が入る。
ダンという地響きのような音がした。たぶん対物ライフルだ。いくらインベーダーといえどこれをくらってただでは済むまい。命中? したのか? 確かにあいつは吹き飛んだ。
立ち上がってきた。
どこにも傷はないようだった。嘘だろ。
「小賢しいまねをしたな。死ね」
そう男は言うと何本かのナイフを取り出し、特A班のワゴンに投げつけると、即座に爆発し炎上した。
「無粋な銃など使うからこうなる。その点、お前は剣で戦える。楽しいよ」
フフフと狂気を感じさせるような笑い声だ。
それからも攻防は続いた。じりじりとこちらが削られていく戦いだ。加えて不幸なことに、このパワードスーツは身体能力を向上させる代わりに身体への負担が大きい。骨がぎりぎりと軋む。
ついに楓が押し負けて倒れた。
「うーん。私と当たったのが運の尽きだね。君は逃げるべきだった。もう逃げられないがな」
男がとどめを刺そうした瞬間に辺りが一瞬で明るくなった。閃光弾のようだ。
「逃げるでしゅ」
という言葉とともに、なにか小さい者が楓を掴み上げ、空中に飛んだ。
「逃がすか!」
と男がナイフを投げるがその小さなものは「ばりあでしゅ!」と言って飛んできたナイフを弾いた。
「大丈夫でしゅか? 家まで運ぶでしゅ」
2人は闇夜のなかに消えた。
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