第13話 病院を紹介されそうだがな

 巧はバイクを走らせている。免許は16歳になってすぐに取り、バイクは前々から目を付けていた、Honda CB400 SUPER FOURの中古にした。どこかクラシカルでワイルドなデザインが気に入っている。カラーはブラック。フォルムとしては大型二輪に見えるが、総排気量は399cm³なので普通二輪で乗れる。


 バイクは馬のいななきのような轟音をたてる。行き先は南下して、川崎の方を目指す。日の当たりも良好で運転しやすい。


 今日はおじきの命日だ。


 おじきと初めて会ったのは中学生の頃、やくざに追われていた時だ。「こっちへ来い」と言って家に匿ってもらった。紺色の和服を着ていて、髪は白髪。眼光が鋭い。


「で、どうしたんでぇ」江戸っ子のイントネーションがある。


「えと。やくざ殴っちゃって……」


「ただ殴ったのか?」


「いや……レンガで……かなり強く殴った感じです。歯とか鼻とかおれっちゃってるかもです」


「なんでそんな真似を?」


「喧嘩です。ガキだからって殴られたんで、やり返しました」


「お前、家は?」


「色々事情があって、だいぶ帰ってません。居場所なくて……」


「決めた。お前うちの子になれ。俺が面倒みてやるよ。どこの組のやつかわからないが、一緒にわびに行こう。金出せば手打ちだ」


 そんなやりとだったと記憶している。おじきは巧のことを無条件に受け入れてくれた。掃除洗濯料理……なんでもやった。自分のことをかってくれる存在に会えて嬉しかった。時間があると格闘技の基本や将棋を習った。


 楽しかった思い出……。


 だがそれは抗争によって破られた———。


 そろそろ目的地が近い。内海とはいえ、海が見えるのはいい。おじきも喜んでくれるだろうか。霊園は少し高台にあるので、バイクを置いて上まであがる。


 そこにあった掃除道具で掃除し、最後に好きだったニッカウイスキーをかけた。以前、バイト代を貯めて高級なものをプレゼントしたが「まずいまずい」と言われてしまったからだ。


 タバコを吸っていると、霊園の下から声がする。巧を呼んでいるようだ。


 下に行くと山口が立っていた。


「やっぱり来てたんだな。俺も花を持ってきたんだ」


 山口は墓前に手を合わせたあと「飯でもいこう」と誘ってきた。


「なにか食いてえものあるか? 俺が出すよ」


「じゃあうなぎ」


「うなぎ。ここに来ると食いたくなるよなぁ……」


 霊園近くのうなぎやまで2人で歩いた。途中、山口は歩きタバコをする。巧がたしなめるとこう返された。


「ルールってのはな、元々の理由があるんだよ。で、歩きタバコがだめなのは子どもにとって危なかったり、他の人に害を成すからなんだよな。ここには誰もいない。だからオッケーってわけだ」


「とても警察とは思えんな」


 うなぎ屋はこぢんまりしている。畳の席と椅子の席があって、20人くらい収容できそうだ。飲食店としては狭い方か。


 山口の嫁と娘に関する惚気を聞いていると、うなぎが出てきた。特上うな重だ。


「うめぇなぁ……」巧が舌つづみをうつ。


「最近、どうなんだよ?」


「ぼちぼちだな。おっさんに聞きたいんだが、おっさんたちはなんで公務についてるんだ?」


「急な話題だな。俺たちは市民を守っている」


「市民って具体的には?」


「俺の嫁と娘。そこから関係する人たちだな」


「個人的な動機だな」


「そうだな。なかには困っている人を全員救おうみたいな考えの奴もいるが、大半は俺みたいな動機だろうな。ただし、嫁や娘に限定しているわけじゃない」


「限定していない?」


「あくまでそこが出発点ってだけで、グラデーションがあるってだけだ」


「グラデーションか……いい言葉だな」


 そう言ってからなにか話そうとして、嫌な気配を感じた。浸食だ。傘は忘れてしまった。


「おっさん、逃げるぞ!」


「どうした急に。まだ食い終えていねぇぞ」


「命とうな重、どっちが大切なんだよ」


 急いで外へ出ると、雨雲が浮かび、雑魚が湧いていた。山口はそれを見て動けなくなった。


「おい、おっさんぼやぼやしてると殺されるぞ」


「あ、ああ」と2人で逃げた。武器もないから逃げるしかない。あのうなぎ屋、美味かったのになぁ……。


 雨雲から少し距離を置いてから山口が聴く。


「なんだあいつら」


「おっさんには見えるんだな……俺たちはインベーダーと呼んでる。で世界を侵食している」


「なんなんだ。わけがわからん」


「俺もよくわかってない。だがあいつらは敵だ。この前、未来が刺されただろ。香川だ。あれはインベーダーの仕業だ」


「そうだったのか……もしかするとジャックもインベーダーかもしれないということか」


「俺たちはそう考えている」


「すまん。捜査本部に掛け合ってくる。病院を紹介されそうだがな」


「ああ。またな」

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